戦場(いくさば)とは常に命のやり取りが存在するもの、そこに情けなど必要ない。在るのは、勝利の快楽か敗北の絶望か、どちらかしかないと幼い頃から教えられてきた。だから、俺はあいつの考えが理解出来なかった。何故、あの女を救えなかったと後悔するのか……聞いた話によれば、あの女―――ヨツユは自ら望んで蛮神となり、倒されたという。自ら望んだことの結果なら、あいつが後悔する必要などどこにもないのに。あいつはその悔しさを時々思い出し、涙を流していた。俺といる時間でも。
「……また、泣いているのか?」
窓際の椅子に腰掛け、静かに雫を零しているあいつに問うた。
「っ……ごめん、なさい……夢に、彼女が、出てきて……」
あいつは嗚咽を堪えながら言葉を紡ぐ。彼女、というのは一時あいつと行動を共にした、記憶を失ったヨツユのことだ。童子のように純朴だった女のことが、記憶の片隅から蘇ることがあるらしい。それも俺には理解に及ばぬことだ。何故、弱者のことをずっと覚え続けるのだろうか。俺は、生き残った強者のことしか記憶にないのに。
「分からんな。どうしてお前が倒した相手の事を覚え続けている? ヨツユはお前達にとって敵であったのに」
眉を顰め、あいつを見下ろす。あいつは涙を拭い、助けられたかもしれないから、と答えた。
「初めはわたし達の敵だった。でも、記憶を失った時の彼女がヨツユの本心なら、こちらの動き次第で救えたはずだわ。もっと彼女のことを分かってあげられていたら……或いは」
「ふん。幻想だな。あの女と『俺』が直接言葉を交わしたのは数えるほどだが、奴の中に潜む闇は相当深きものだったぞ。お前が救えるとは思えないくらいにな」
「それでもわたしは、もっとそばに居てあげれば良かったって思ってる……後悔、してるの」
言葉と共に透明の雫が零れた。どこまでも優しいあいつに苛立ちを感じる。手首を掴んで引き寄せ、首筋に噛み付いた。
「いっ……たっ……!」
赤い華が咲く。白い肌に目立つそれを舐め、肌を震わせるあいつの耳元に唇を寄せた。
「お前の力では無理だ。闇に落ちた人間の心を救いあげることなど出来ぬ。現に、俺のことだって止められないではないか……翻弄され、与えられる快楽を受け入れされるがままになっている」
あいつの頬が赤く染まる。表情は悲哀に溢れ、拒否の色を示していた。
「やだ……やめて……」
俺の中の苛立ちは強くなる。乱暴に口付けて、涙に濡れたあいつを見下ろした。
「悲しみを忘れるくらいに抱いてやる。俺の与える快楽に狂え……」
あいつの衣服に手を伸ばし、荒々しく肌を顕にさせる。嫌だと泣き叫ぶあいつの声は、俺の中の闇を満たす材料にしかならなかった。