誰かがわたしを呼ぶ声がする。聞き覚えのある声……サンクレッド?ラハ?……ううん、違う、この声は……
「んっ……ぜの、す……?」
ゆっくりと目を開くと、そこには綺麗な金髪の悪魔がいた。わたしとの命のやり取りを望む、わたしを愛する人……どうして、傍に……わたしは、レヴナンツトールの石の家にいたはずなのに。彼はどうやって侵入したの、みんなは……? 数々の不安を抱えながら、はっきりと視界に光景を捉えると……
わたしは何故か、紅蓮祭真っ只中のコスタ・デル・ソルにいた。
「えっ……!?」
驚いて、目を大きく見開く。周囲では、様々な種族の人々が紅蓮祭の屋台やアトラクションを楽しみ、わたしは何故か白いフリルの付いた可愛い水着(自分で買った覚えはない)を着ていて、ゼノスは黒のシャツを羽織り、膝上丈のリーフ柄の水着を身に付けていた。彼は心配そうにわたしを見つめている。
「疲れているのか? うたた寝などして」
「え、いや……ううん、大丈夫」
なんで自分はここにいるのかとか、どうしてゼノスはこの環境に馴染んでるのかとか、色々疑問はあったけれど、この雰囲気には既視感があった。以前にもこのように、彼と平和に過ごす夢を見たことがあるのだ。 あの時もゼノスは普通にエオルゼアの土地に溶け込んでいて、みんな彼を受け入れていた。きっとこれも夢なのだろう……何かがわたしにひと時の甘さを見せてくれているのだろうか。それなら、姿の分からない何かの優しさに甘えたい。わたしは彼と……ゼノスと笑い合いたい。
自分を案じてくれるゼノスに笑顔を見せて、座っていた椅子から立ち上がる。触れたい、と思って手を握れば、彼は嬉しそうな表情をして引き寄せた。すかさず腰に手を回されて、体を密着させられる。露出している肌が触れ合い、じんと熱くなった。
「我が妻はそういうことが望みか? ならば、コテージに戻って可愛がってやるぞ」
「ふ、ふえっ!?」
情報量が多すぎて、思わず変な声が出る。今この人はなんて言った? 我が妻? そういうこと? 可愛がる? 予想してなかった彼の言葉に、顔を真っ赤にして戸惑っていると、別の懐かしい声が聞こえてきた。
「おやおや、曾孫殿と英雄殿はお熱いね」
「エメトセルク……!」
声がした方を見れば、にやにやとわたし達を見つめるエメトセルクがいた。いつもの衣装ではなく、アロハシャツにシンプルな膝上丈の水着を着ている。からかって楽しんでいる様子の彼に対し、ゼノスは動じることなく言葉を返した。
「曾祖父様、俺とこいつは夫婦なのですから当然です。それともあれですか? 年寄りの妬みというやつでしょうか」
自分のひいおじいさん、そして国を築いた国父によくそんな言い方出来るなとある意味感心してしまう。ゼノスは本当にブレないな……。
「妬み? はっ、そういうものではないよ。人前で見せつけるようにいちゃつく君達に対して、教育上、人目を考えろと常識の面で思っただけさ。若者から見たら妬みかもしれんが……」
エメトセルクは、やれやれと言った様子で言葉のボールを投げ返す。確かに彼の言う通りでもある。ここは公共の場だ。小さな子どももいるし、あまり教育上良くないことは控えないと……と考えていると、ゼノスはいきなり口付けてきた。
「んっ……!」
唇を重ねて、ちゅっと吸われる。突然のキスに戸惑うわたしを楽しそうに見てから、もう一度エメトセルクに視線を向けた。
「俺のものなのだから、見せつけるのは当然です。それに……人目があった方がこいつも喜ぶので」
「ちょ、ちょっと! わたしはそんな変な性癖ないから!」
自然とわたしを見られると興奮する女みたいに言うゼノスにツッコミを入れる。彼は、そうだったか?とでも言うような顔して、わたしを解放した。
「これ以上、曾祖父様の機嫌を損ねるわけにもいかぬからな。祭りを見に行くか」
「う、うん」
あまり良い空気じゃないここを離れたくて、わたしはゼノスの意見に同意する。彼はわたしの手を握って、祭り会場の方へ歩き出した。
「あ、エメトセルク、またね!」
一応ここでは、義理のひいおじいさんなのだからとわたしは別れの挨拶をする。それに対して彼は、無理しない程度に楽しんで来いと言って、ひらひらと手を振った。
紅蓮祭のメイン会場には、たくさんの屋台が並んでいた。ミニオンを模したヨーヨー釣り、七色のわたあめ、電球型の入れ物に入ったジュース……などなど、色々な種類のお店がならんでいる。わたしは興味津々に屋台を眺めながら歩いた。
「何か欲しいものはあるか?」
「買ってくれるの?」
「ああ、愛しいお前に与えてやる」
そう言ってゼノスは優しく微笑む。前の時と同じように、胸に切ない痛みを感じた。いつも勝手に会いに来る彼も、こんな風に穏やかであれば……有り得ない願いをまた抱いてしまう。
「……どうした?」
「あ、ううん、ありがとう。そしたら……あれ、飲んでみたい」
わたしが見つけたのは、ハート型のビンに入っている、青と紫の二層のジュースだ。ご丁寧にリボンまで付いていて、いかにも女子向け、といった雰囲気を出している。
「お前は本当にロマンチストだな」
それを見て、ゼノスは苦笑いする。
「い、いいじゃない。可愛いものが好きなの……」
なんだか恥ずかしくなって、顔を俯かせる。頬は熱くて、胸はドキドキしていた。
そんなわたしの手を引いて、ゼノスは屋台に向かって歩いていく。彼がドリンクを買い終わるまで、わたしはまともに前が向けなかった。
その後、わたしは「ついてこい」というゼノスに従って、メイン会場とはまた別の島にマウントで移動した。彼が扱うのはまるで神竜をイメージしたかのようなドラゴン型のマウントで、余裕で二人で乗ることが出来た。こんなマウント初めて見たな……と驚いたけれど、夢の世界だからなんでもありなのかもしれない。
ゼノスとともにやって来たのは、自分達以外誰もいない島で、二人きりという状況に緊張と期待を抱いた。静かに波が打ち付ける砂浜に座り、わたしは先程のドリンクを飲む。甘過ぎず、爽やかな味に心を落ち着かせると、ゼノスが耳に口付けてきた。
「ひゃっ……」
「こっちに……俺の膝の上に来い」
「まだ飲み始めたばかりなのに……」
「蓋を閉めておけばあとでも楽しめるだろう。俺は今、お前に触れたい」
我儘極まりないゼノスの願いに、わたしは溜息を吐きながら従う。ジュースのビンの蓋を閉めて砂浜に置き、彼の膝に跨った。端正な顔が視界に広がる。甘くも挑発するような顔でわたしを見て、「良い眺めだな」とつぶやいた。
わたしはどちらかというと胸が大きい。そのことを言っていると察し、体が熱くなった。
「ば、馬鹿……変態……」
「くくっ。それでも俺が好きだろう?」
わたしに顔を近付けて、そっと頬を撫でる。上昇していく胸の熱さに、彼には逆らえないと気付かされた。
「……好き……」
口から発せられた二文字の言葉を聞いて、彼は口元を緩める。恋の熱に浮かされて何も出来ないわたしを抱き締めて、愛おしむように深く口付けた。