Vi et animo

あるかもしれなかった未来の話

 毎年訪れるエッグハントの季節。大人は隣人の幸福を願い、子どもは卵の中のお菓子を楽しみにする。グリダニアではジリちゃんやノノットちゃん達がお祭りを盛り上げる為に奮闘しているのだろうなと思いながら、色とりどりの卵の入れ物に焼き菓子を詰めた。その数は四つ。ちょうど、わたしと彼―――ゼノスとの間に出来た子どもの数と一緒だ。
「ママー、お菓子はー?」
 後方から双子の姉・アリスの声がする。今日が毎年卵をもらえる15日だと覚えているため、期待に満ちた声色だった。
「もう少しだから待っててね」
 そう答えて、卵に蓋をしてリボンを飾り付け、バスケットにしまった。
 今か今かと待ち侘びている子ども達がいるリビングに向かうと、彼女達は父親の腕にぶら下がって遊んでいた。アリスと次女のエマだ。双子の弟のニアと長男のアッシュは一緒に木のおもちゃを楽しんでいる。
「ヒナナ。皆、待っているぞ」
「子どもたちのこと、見ててくれてありがとう」
 にっこりと微笑んでゼノスに礼を言うと、彼は少し恥ずかしそうな表情を見せた。
「……父親なのだから当然であろう。こうあるべきだと教えたのはお前ではないか」
「あ、うん……そうだね。そうだけど、嬉しいの」
 『幸せな家族』としてともに生きていけることにわたしは喜びを覚えている。だからこそ、感謝の言葉が生まれたのだ。
 すると。
「ママー、お菓子ー」
 ゼノスの腕からひょこっと降りたアリスが不服そうな声を零す。子ども達が待っていることを思い出し、ごめんねと謝りながら、焼き菓子の入った卵を渡した。子ども達は受け取った卵を早速開き、中にあるレモンマドレーヌを見て目を輝かせる。どのお菓子も喜んで食べるのだが、彼女達はこれが一番のお気に入りだ。
 早く食べようと話し合う双子達に、一番年上のアッシュが声を掛けた。
「それじゃあお兄ちゃんの部屋で食べよう。ママとパパは忙しいから」
「はーい」
 素直な下の子達は、彼の言葉に頷いて、とてとてと階段を上っていく。その時、アッシュはわたしとゼノスを見て片目を瞑った。
 嵐のように去っていく子ども達を見送り、ゼノスを見る。彼は苦笑し、子どもに気を遣われるとはな、と言った。
「うう……恥ずかしい……」
「あやつももう九つになるのだ。それ以上に賢いと思ってはいたが、あのような振る舞いが出来るとはな」
 苦笑いは感心した表情になる。確かにあの子は賢いのだけれど、わたしとゼノスのあれそれを察しているのだと思うといたたまれない気持ちになる。ゼノスは気にするなと言い、わたしを抱き寄せた。
「きゃっ」
「お前のことだ。俺にも贈り物を用意しているのだろう?」
 あの子が察しが良いのは、彼の血を多く引いているからではないかと思いつつ、頷く。フリルエプロンのポケットにしまっていた、黄色の卵を取り出して、ゼノスに渡した。
「わたしを愛して、子ども達のことを守ってくれてありがとう。これからもたくさんの幸せがありますように」
「ああ、お前の気持ち、ありがたく頂くぞ」
 そう言って彼は額にキスを落とし、卵を開ける為に体を離した。大きな手で優しく開いて、中身を取り出す。子ども達とは違う……二人の思い出のお菓子が指に摘ままれていた。
「これは……バブルチョコだな」
「うん、ゼノスがわたしと一緒に暮らして、初めて食べた手作りのお菓子……甘ったるいけれどわたしが作ったものだからおいしいって言ってくれたよね」
 数年前の思い出を振り返りながら話す。ゼノスは頷き、あの頃は平和な世でお前と生きることに半信半疑な部分もあったなと答えた。
「だが、今はその選択が正しかったと思っている。愛しきお前と命を紡ぎ、育むのも面白い」
「良かった、そう思ってくれて」
「子と触れ合うことで、知ることも多い。それに、幸福そうなお前を見ていると俺も胸の内が温かくなる。このような気持ち、抱いたことなかった。お前がいたからこそだ、ヒナナ」
 柔らかく微笑んで、彼はチョコを口に含む。そしてわたしを抱き締め、深く口付けた。
「んっ……」
 口内のチョコをわたしの口内に転がして、舌を絡める。お菓子の甘さとキスの甘さが混ざり合って、体の奥が熱くなる。ゼノスにぎゅっと抱き付いて、甘く啼いた。
「っあ……ゼノス……だめ、子ども達を寝かせないといけないから……」
 一番下の双子は、まだ大人がいないと眠れない。掘り起こされる熱を我慢しながら、続きを拒否した。
「俺も学んだ。少しくらい我慢出来る。子らが寝た後に……楽しませてくれよ?」
「えぇ……」
 同意すると、ゼノスは頬に口付けて頭を撫でてくれる。優しい旦那様にありがたさと喜びを感じつつ、二人きりの時間にときめきを芽生えさせた。