Vi et animo

彼女の魂が覚えている恋の記憶

 時々、誰かの夢を見る。それが自分の魂の記憶なのか、別の誰かのものなのか分からない。けれど、懐かしくて温かい。大好きな人が、優しい世界。

 金糸を風に靡かせて、彼は手元の本に視線を向ける。その表情は穏やかで、絵画のように美しい。わたしは胸に小さな灯火を生み、じっと見つめた。
「どうした? 俺に何か用か?」
 あまりにじっくり見過ぎたらしく、彼は苦笑する。なんだか恥ずかしくなって俯くと、彼の手が頬に触れた。そして、ゆっくりと顔の向きを変えられる。視界に彼を捉える形となり、灯火が大きくなった。頬が熱を持つ。恥ずかしくて唇が震えた。
「よ、用ってわけじゃ……ただ、見ていただけ」
「そうか。なら、何故そんなに顔を赤くしている?」
 試すように彼は尋ねる。その行動はわたしの羞恥を刺激し、答えにくくなった。
「えっと……それは……」
 心臓がばくばくと鼓動を伝える。苦しくて、泣きそうになった。目を潤ませるわたしを見て、彼は困惑し、息を吐く。
「泣くな。俺がいじめているようではないか」
「ごめん、なさい……」
 伝う滴を舌で掬い、そのまま頬に口付ける。柔らかな唇が触れて、胸の灯火がゆらゆら揺れた。
「あっ……」
「お前の気持ちはすぐに見て取れる。俺に見惚れていたのだろう?」
 彼の指摘にこくりと頷く。言葉にしなくても、全て見透かされていることを知り、どきりとした。まるで、わたしの隅々まで暴かれているようで。本来であれば、恥ずかしいとか怖いとか思うべきことなのだろうけれど、わたしは嬉しいと感じた。彼のものになっているようで、幸福だった。
「何をニヤついている?」
「えっ……ううん、何でもない」
「そんなわけないだろう」
 彼はそう言って、読みかけの本を置いてわたしを抱きしめる。彼の腕に包まれて、胸の灯火は大きさを増し、体全体に恋の熱となって流れた。ドキドキが止まらない。感情の起伏に戸惑うわたしを愛おしそうに見つめて、彼は唇を重ねてきた。
「んっ……」
 そっと包まれて、すぐに離れる。啄むような戯れを何度も繰り返し、酸素を少しずつ奪っていく。キスによる興奮と酸素不足で息苦しくなったわたしが口を開くと、彼はすかさず舌を挿入し、上顎を舐めた。
「んっ……!」
 穏やかな快感が流れ、わたしは声を漏らす。思わず、彼のローブを掴むと、小さな笑い声が聞こえた気がした。彼は舌同士を絡めて、わたしを味わうことを楽しむ。優しくも積極的に刺激を与えられ、恋の熱はわたしの体を飲み込んでいった。
「っぁ、ん……」
 長い間口内を堪能され、解放された時には、甘い痺れでふらふらになっていた。姿勢を保つのが難しくて、彼に体を預ける。乱れた息を整えながら顔を向ければ、楽しげな笑みがそこにはあった。
「お前は可愛らしいな。いつ口付けても、初心な反応を見せてくれる」
 しっかりした手で髪を撫ぜ、額や頬にキスを落とした。とても愛されているのが、伝わってくる。わたしが喜びを表すように微笑めば、彼はもう片方の手が腰を撫でた。
「そんな表情を見せられたら、気持ちが止まらぬのだが… …良いか?」
「うん……たくさん愛してーーー」

 夢が覚め、現実に引き戻される。結局、夢の中の彼が『誰』なのか、また分からず仕舞いだった、いつもそうだ。名前がわかりそうなところで終わってしまう。けれども、一つ分かるのは、今わたしを抱き締めている男と、何か関係があるということだ。
「……目が覚めたようだな」
「毎度毎度激しいんだから……」
 目の前で、皮肉なほど美しい顔に不敵な笑みを浮かべるゼノスに対し、文句をぶつける。彼は鼻で笑って、否定しようのない事実を突きつけた。
「さっきまで物欲しげな顔で俺を求めて腰を振っていたのは、どこの雌猫だったかな」
「っ……それは……!」
 その言葉で、先刻までの激しい情事を思い出し、顔が熱くなった。快楽の毒に溺れ、彼を求めて積極的に動いていたのは確かだ。事実だけれど、言われると恥ずかしくなる。羞恥を隠すように顔を背けると、ゼノスの手が頬に触れ、視線を戻された。まるであの夢の中みたいで、どきっとする。
「お前は本当に初心だな。感情がすぐに見て取れる。俺が好きで仕方ないというのがあからさまだ」
「あっ……」
 彼の紡ぐ言の葉さえ、夢に似ていて過剰に反応してしまう。やっぱり、夢の中でわたしを抱き締めてくれたのは……。
「ゼノス……」
「なんだ?」
「今日は、もう少しこのまま抱き締めていて……」
 切ない気持ちが胸に溢れ、小さな願いを伝える。彼は怪訝そうにわたしを見つめて、仕方なそうに了承した。
「……構わぬ。お前ほどの強き者でも、弱さを見せることがあるのだな」
「わたしだって、望んで強くなったわけじゃないから」
 そう言って、彼の胸に顔を埋める。大きな手が頭を撫でて、わたしは湧き上がる感情を噛み締めた。