Vi et animo

君が隣で生きていること。

 新しい年を迎えた朝。目を覚ますと、視界に映るのは愛しい恋人の寝顔だった。可愛らしいなと思い、テランスは彼の頬に口付ける。すると相手――ディオンは短く唸って目を覚まし、ゆっくりと目を開けた。
「おはよう、テランス」
「おはようございます、ディオン。そして、Happy New Year」
 流暢な英語で新年の挨拶するテランスを見つめ、そなたは相変わらず発音が綺麗だなと返す。幼少期を海外で過ごし、現在、英文学科で学びを広げている彼にとってはごく普通のことなのだが、生まれてから今までこの島国で過ごしてきたディオンには難しいことだった。幼い頃から慣れ親しんできたことというのは、大人になってもそつなくこなすことが出来ると言うが、まさにその通りだと思った。
「そうかな? 綺麗なのは君だよ」
 息をするように自分の容姿を褒められ、ディオンは胸が熱くなる。もう何度も何度も言われていることだが、心が慣れることがない。それこそ、今の人生より一つ前……いわゆる前世でも彼から事あるごとに言われていたのに。
「テランス、褒められることは喜ばしいことだが、そなたに言われると鼓動が早くなる……嬉しいのに苦しい気持ちになるゆえ、頻度を少なくしてもらいたい……」
 丁寧にディオンは控えるようにテランスへ告げる。互いに前世の、『あの世界』の記憶を持っているため、テランスは苦笑した。
「君は相変わらず、こういうことに不慣れだね。少なくしてあげたいけれど……僕のせいでドキドキしている可愛いディオンが見たいから、だめ」
「なっ……テランス!?」
 この世に生まれ変わってから、自分の恋人は意地悪になった気がする、と思いながら、ディオンは不服の眼差しを向ける。当の本人は楽しそうに笑ってから、ごめんごめんと謝った。
「あの時とは違って、何事もなく、穏やかに君が隣で生きていることが嬉しいんだ。だから、つい意地悪したくなってしまって……嫌な思いをさせてしまって、ごめんね」
「テランス……」
 『あの時とは違って、何事もなく、穏やかに君が隣で生きていること』。その言葉を聞いて、ディオンは複雑な気持ちになる。前世での後悔と、今生での喜びが入り混じった感情は、彼の瞳から雫を零させた。
「共に生きていけること、余も幸せに思っている……そなたに意地の悪いことをされるのは少々困るが、それも愛なのだと思うと、幸福だ」
 そう言って、柔らかく微笑む。濡れた頬を指で撫ぜ、テランスは溢れ出そうな感情を伝えるようにキスをした。唇が重なり、ディオンの口内に舌が侵入する。優しく上顎を舐められ、舌を絡めとられ、思いを伝えるように翻弄されて、ディオンは甘い声を零すことしか出来なかった。
「テラ、ンス……」
 彼が身に着けているパジャマを握って、息を整える。心音は早くなり、心が熱くなった。
「ディオン、好きだよ。今年も……いや、これから先ずっと、僕の傍にいて」
 その瞳から、愛しているという思いが伝わってきそうな視線を恋人に向けて、テランスは言葉を綴る。ディオンは頷いて、額に口付けた。恋人への愛の祝福を与え、彼は愛おしそうにテランスを見つめる。
「それは余も同じだ。今生では、絶対にそなたの手を離さん。ずっと……余の隣に、な」

 ――互いの愛を再確認して、二人の新しい年は始まる。壮絶な茨道を乗り越えた恋人達は、新たな命を得た世界で、優しい幸福の中にいた。