Vi et animo

大切な勇気は君からもらった

 久しぶりの原初世界。活気に溢れるレブナンツトールの市場を見て、ヒナナは故郷に帰ってきたかのような安堵を覚えた。大好きな水晶公がいるクリスタリウムも好きだが、やはり慣れ親しんだ原初世界の方がどこか落ち着くのである。
 市場の様子を眺めながら、ロウェナ記念会館に向かって歩いていくと、取引や買い物に来ていた冒険者仲間に声を掛けられた。仲間との再会を喜びながら、自分がいない間に起きた出来事などを聞いて、驚いたり悲しんだりした。原初世界と第一世界では、時間の流れが異なる。だからこそ、長い間こちらを離れていたヒナナにとって、こうした情報収集は大切なことであったし、教えてくれる仲間がいることはありがたいと思った。
 その世間話の中で、ある冒険者が自信のある様子で話し始める。
「きっとまだ誰も知らないことだと思うんだけどさ」
「うん」
「最近、ロウェナ記念会館の調理場に、ガーロンド・アイアンワークスの制服を着たチョコボがいるんだ。興味深そうに調理師達が飯を作ってるとこ見てるんだぜ」
「ガーロンドの制服を着た、チョコボ……?」
 彼の話に、ヒナナは目を見開く。他の冒険者達は、「俺もそれ見たことあるぞ」「あたしも~」と話をした冒険者にツッコミを入れていたが、彼女一人だけは、チョコボの見た目を聞いてそわそわしていた。
「あれ? どうしたんだよ、ヒナナ」
 急に落ち着きがなくなった彼女を見て、仲間の一人が問う。
「わたし、そのチョコボを知ってる……黒い、小さな機械のようなマメットも一緒じゃなかった?」
「ん? ああ、一緒だった!」
 彼の答えを聞いて、ヒナナは確信を得た。あの時、一緒にオメガと戦ったチョコボだ。そう思って、情報に対する礼を言い、彼女は記念会館の調理場に急いだ。
 こんこん、ぐつぐつ、とんとん。軽快で食欲を駆り立てる音が、調理場から聞こえてくる。お邪魔します、とヒナナが足を踏み入れると、調理師の修業をしていた際に何度か力を貸したラルフが出迎えてくれた。
「お、誰かと思えばヒナナじゃないか。元気にしてたか」
 ドマ風おにぎりの調理途中だったようで、白米をおにぎりの形に形成しながら、彼は声を掛けてくる。ヒナナは、問題なく健康よ、と言葉を返し、調理場内を見渡した。そこに、チョコボの姿はない。入れ違いになってしまったのか、と彼女は肩を落とした。
「おいおいどうした? 体は健康でも気分は良くないのか?」
「えっと……実はね」
 変化を案じるラルフに、ヒナナは事情を話す。すると彼は、笑顔で何度も頷いた。
「それなら大丈夫だ。あいつなら、もう少しで帰ってくるはずだぜ」
「え? どういうこと?」
 頭上にクエスチョンマークを複数浮かべるヒナナに、ラルフはただ笑顔だけを返し、おにぎりの調理に戻る。よく分からないまま、彼を信じてヒナナは調理場で落ち着かない時間を過ごした。
 数分後。
「クエッ!」
 元気な鳴き声が聞こえ、黄色い羽持つ彼が姿を現す。
「お、帰ったか」
「アルファ!」
 あの時と変わらぬ姿に、ヒナナは喜びと安心感を覚える。傍に寄れば、アルファも彼女を見て目を輝かせた。
「また会えて良かった」
「クエー」
 ヒナナの言葉に、アルファも頷く。彼女がぎゅっと抱き締めると、アルファも羽でヒナナの体に触れた。
「感動の再会ってやつかい? 最近よくここに顔を出してくれるし、人間の言葉が分かるみたいだったから、時々配達をお願いしててな。今日はノア調査団への配達だったんだ」
 ラルフの説明を聞きながら、ヒナナは配達員として活躍しているアルファを見つめる。彼は誇らしげに一声鳴き、ばさっと羽を上に上げた。
「ラルフのお手伝いをしているのね、偉いわ」
「クエ~~」
 ヒナナに褒められたことが嬉しいようで、アルファは気の緩んだ声を出す。彼とヒナナの会話を目にして、本当に人の言葉が分かってるんだな、とラルフは言った。
「彼は……特別なチョコボだから」
「その才能のおかげで、助かってるよ。調査団だけじゃなく、近隣で採掘を行なっている採掘師も、配達のおかげで仕事に集中出来るって言ってくれててな」
「そうなのね。この子の力がみんなの役に立っていて良かったわ」
 ヒナナは、アルファの活躍に心を弾ませる。共に困難を乗り越え、成長した彼が、誰かの助けになっていることが嬉しかった。
「ははっ、あんたは相変わらず優しいな」
「そう? わたしとしては、当たり前のことをしているだけなんだけどね」
 ヒナナの無垢な言葉に、ラルフは苦笑し、さすがはドマとアラミゴを救った英雄だ、と零した。
 すると、アルファがヒナナの腕を羽でつついた。見れば、どこかへ案内したそうにつぶらな瞳を向けてくる。
「わたしに見せたいものがあるって顔してるわね」
「クエッ」
「ご名答、って言ったところか。行って来いよ。今日の配達はもうないし、折角の再会だしな」
 ニッとラルフは笑顔を見せ、ヒナナとアルファの背中を押す。ヒナナは感謝を伝え、アルファとともに記念会館の外に出た。
 とことこ歩くアルファについていく。それを追うように、マメットのオメガもしゃかしゃか、しゃかしゃかと移動した。
 レブナンツトールを出たアルファは、楽しげに水晶化した道を歩く。途中、ギガース族に襲われたが、あえなくヒナナの槍の犠牲となった。
「クエッ」
「助けてくれてありがとうって言ってるの? ふふっ、アルファはわたしが守るから、安心して目的地に進んでね」
 穏やかな笑顔を彼に向ける。アルファは嬉しそうに頷いて、再び歩き出した。
 そして―――
「クリスタルタワー……ここにわたしを連れてきたかったの?」
「クエッ」
 ヒナナの言葉にアルファは肯定の声を発する。
 久しぶりに訪れたこの地を見渡し、あの時共に冒険をした同族の彼に思いを馳せた。
「ラハ……」
 グ・ラハ・ティア。今はタワーとともに眠り、第一世界では水晶公として彼女を支えてくれている、大好きな人。彼との思い出の地でもあるここは、ヒナナにとって特別な場所だった。
 封印された今でも、鮮やかな輝きを見せるクリスタルタワーを見つめる。あの中で、ラハはその時を待っている……そう思い、切なくなった。
 すると、アルファが再びヒナナの腕をつつく。どうしたんだろうと思って彼を見ると、光り輝くアクセサリーを差し出していた。
「これは……」
 そのアクセサリーにヒナナは見覚えがある。クリスタルタワーの調査中に、お守りとして彼女がグ・ラハ・ティアに贈ったピアスだ。何故、それをアルファが持っているのかと疑問に思いながら、ヒナナは受け取る。
 瞬間、視界が揺らぎ、彼女の頭に映像が流れ込んできた。


「クリスタルタワーの力が、人々の幸せに使われるようになるその時まで、俺は……タワーとともに眠る……あいつの冒険を見届けられないのは残念だけど、これが、俺に与えられた使命なんだ……正直不安は大きいけれど、俺がやらなきゃ。その為の勇気は、あいつからちゃんともらったから……」


 ぐらぐらしていた意識が安定する。目の前には、心配そうな表情をしたアルファがいた。
「クエ……?」
「あっ……平気よ。ちょっと、大切な人の想いを見ていたの」
 ヒナナはそう言って、アルファに微笑む。その言葉に安堵したのか、彼は再度短く鳴いた。
 手にしたピアスを優しく握り、ヒナナは垣間見た過去を反芻する。人知れず悩み、決意した彼。その大きな決断に、思いがけず自分は関わっていた。大切な、愛する人の力になれていた。それが嬉しくて、胸が高鳴った。
「アルファ。ここに連れてきてくれてありがとう。おかげで、大切な人をより好きになれたわ」
 小さな彼にお礼を言い、優しく頭を撫でる。アルファは明るい声で鳴き、笑顔を見せた。
「さて、レブナンツトールに戻りましょう。暗くなってからじゃ危ないし」
「クエッ」
 歩き出すヒナナに、アルファとマメット・オメガはついていく。彼女達の背中を見守るように、クリスタルタワーは凛々しくそびえ立っていた。