Vi et animo

俺の英雄は恋を知らない

 今日もレヴナンツトールは気持ちの良い快晴だ。ヒナナと仲間達が原初世界に戻ってきて、幾日かが経った。暁の面々はそれぞれの仕事や研究に勤しみ、第一世界で闇の戦士と呼ばれたヒナナは、今までのように冒険者として様々な依頼をこなしていた。辺境の戦況も気になるが、膠着状態である今は無暗に動くことが出来ない。久しぶりに訪れた『日常』をそれぞれ楽しんでいた。
 そんなある日。依頼を終えたヒナナが石の家に戻り、タタルが用意した紅茶を飲んで休んでいると、第一世界では『水晶公』と呼ばれていたラハが声を掛けてきた。
「ヒナナ、ちょっと良いだろうか」
 相手を気遣うような低姿勢で彼は問う。ヒナナは頷き、どうしたの? と聞き返した。
 にこりと微笑むヒナナを見て、ラハは胸のときめきを覚える。自身の恋心を自覚しつつ、話を始めた。
「俺が眠りにつく前と今で、世界の情勢も大分変っているだろう。かつてその門を閉ざしていたイシュガルドが、あんたの活躍で扉を開いたように」
「そうね、あの後は色んなことがあったから……」
「そこで、だ。知見を深める為にイシュガルドを見て回りたいんだけど、一緒に来てくれないか?」
 突然の旅の誘いにヒナナは驚く。彼女にとって様々な思い出の詰まった、彼にとって本で見た憧れの地・イシュガルド。双方にとって特別な場所への旅。一緒に行くということは各所を案内するわけで、控え目なヒナナは自分なんかで良いのだろうかと感じた。
「わたしで大丈夫? こういうのは知識のあるアルフィノとかが向いてるんじゃ……」
「あんたと一緒が良いんだ」
 彼女の少し卑下した言葉に、ラハは横入りした。
「え?」
「俺の憧れの……ヒナナと一緒に、あの本に書かれた場所へ行きたいんだ」
 そう言う彼の瞳には真っ直ぐな光が宿り、ヒナナを射抜く。ラハの持つ純粋な輝きは彼女の心を動かし、自信をもたらした。
「うん……ありがとう。二人でイシュガルドへ行きましょう。あの国では今、復興事業が行われているから、そのお手伝いも一緒にね」
「ああ、俺の力が役に立つのならやらせてくれ」
 大切な人と冒険の約束を取り付けたラハは、笑顔でとんとん、と胸を叩く。しっかりした自信が感じられる姿は凛々しく、やっぱりこの人はすごいなとヒナナは思った。
 暁の英雄と新人の会話を、離れた場所で事務処理をしながら聞いていたタタルは、見守るような目でラハを見つめる。それを本人は気付いていなかったが、彼の『想い』が冒険者さんに届きますように、とマルチな受付嬢は心の中で願った。



 数日後。二週間程の滞在予定でイシュガルドにやって来たヒナナとラハは、現在この国で一番忙しく、民の為に心身を削っている男の元へ足を運んだ。大きな扉を開いた先で書類と睨めっこしていたイシュガルドの初代貴族院議長―――アイメリク・ド・ボーレルは、入室してきた国の英雄とその仲間を見て、表情を綻ばせた。
「久しぶりだね、ヒナナ。よく来てくれた」
 優しい声が紡ぎ出される。ヒナナは原初世界に戻ってから初めて顔を合わせたアイメリクに微笑み、相変わらず忙しそうですね、と言った。
「戦争が終わり、復興が始まった、とは言え、まだ抱えている問題は多い。それを一つ一つ丁寧に解決していかなければならないからな……」
 苦笑いを見せてアイメリクは現状を話す。そして、ヒナナの隣で尻尾をぱたぱたさせながら様子を伺っているラハに目をやった。
「君が噂の……暁の血盟の新人くんだね?」
「あ、はい、グ・ラハ・ティアと言います」
「話はタタル嬢からの手紙で知っているよ。あちらの世界で、水晶公と呼ばれ、ヒナナとともに世界を救ったのだとか」
 受付嬢が雪の国の盟主に手紙を送っていたことに二人とも驚き、ラハは憧れの冒険譚に登場する人物が自分の活躍を認知していたことに恥ずかしさを覚える。尻尾に続いて耳を忙しなく動かして、大したことはしていないと返した。
「あの世界を救って、第八霊災を防いだのはヒナナです。俺は……一人で突っ走って、結局彼女に助けられて……」
「それでも、君がヒナナをあちらの世界に召喚しなければ、偉業は達成出来なかった。最前線ではないにしろ、君も世界を救った英雄だよ」
 自らを卑下するラハに対し、アイメリクは静かに否定する。確かにラハの呼びかけがなければ世界を渡ることすらなかった、とヒナナも思い、頷いた。
「わたしもそう思う。ラハが行動しなければ、第一世界の存在すら知らなかったもん……あの世界を救ったのは、闇の戦士じゃなくてあなたよ」
「ヒナナ……」
 憧れの、想いを寄せる彼女に温かな言葉をもらい、彼は笑顔になる。向日葵のように明るい表情でヒナナを見つめた。
「ありがとう。さすが、俺の英雄。あんたの言葉に自信が持てたよ」
「ラハがいつまで経っても自分の行動を肯定してくれないから……」
「それは……悪かった……」
 応援された後に文句を言われ、ラハは申し訳なくなる。確かにいつまでもうじうじしている自分にも非はある。恋愛に関してももっと前へ進まねば……。
 そう思った矢先、二人のことを見守っていたアイメリクが爆弾を投下してきた。
「ラハ殿。もしかして、君とヒナナはそういう関係なのかい?」
「は……? え……!?」
「先程、『俺の英雄』と言っていたから、特別な仲なのかと思って」
「え、いや、あの……」
 第三者から『恋人なのでは』と指摘されて戸惑う。ヒナナのことは好きだし、そうなりたいと思っている。けれどもずっと、水晶公として共に戦っていた時からずっと、踏み出せずにいるのだ、勇気がなくて。
 一方、『恋愛』という意識がなく、ただの『仲間』だと認識しているヒナナは首を横に振った。
「ち、違います。ラハは一緒に戦ってくれている、頼りになる仲間で、そういう相手では……」
 好きな人本人から違う、と否定されたのは悲しかったが、彼女が色恋沙汰に鈍いことを知っていたので仕方ないと納得する。ヒナナの中で、自分は『大切な仲間』であり、それ以上ではないのだ。今はまだ。自分が勇気を持って想いを伝えれば、それ以上になれる可能性はある……恐らく。ラハが心の中で葛藤していると、アイメリクは第二撃を加えてきた。
「ならば……私と付き合ってくれないか、ヒナナ」
「へ!?」
「ええ!?」
 彼の口から発せられた内容に、二人はそれぞれ反応を示す。ヒナナは戸惑いの色を浮かべ、返す言葉に迷い、ラハは憧れの英雄とともに国を救った盟主が恋敵となり、焦った。
 困惑する二人を見て、アイメリクは申し訳なさそうに苦笑する。
「すまない、急に告白されたらそういう反応になってしまうな……」
「あ、いえ、その……はい、びっくり、しちゃって……」
 ヒナナはなんとか答える。耳と尻尾をへにょん、と下げている彼女に対し、アイメリクは穏やかに話した。
「私の告白に対する答えはすぐでなくていい。ゆっくり考えてくれて構わないから」
「はい……」
 頷きつつも、ヒナナはただ困っていた。恋愛に関心がなく、経験すらない彼女にとって、答えなど未知の領域だ。どうしたらいいか分からないから断るのが正解か、恋の気持ちもないくせに未知に踏み込んで受け入れるのが正解か。家族、ではなく異性に対する愛とは何なのか、理解に乏しい彼女は困惑を極めた。



 忙しいところに長居するわけにはいかないとラハが切り出し、二人はアイメリクの元を後にした。彼自身、俺もヒナナが好きだと言い出したかったが、困っている彼女の表情がそれをさせなかった。言ったらヒナナの負担になる。そう思って彼は言葉を飲み込み、一旦この場を離れる事を優先した。
 アイメリクは悪い奴じゃない。心優しく、民を導く指導力を持った人だ。けれどちょっと策士そうなところがある。自分とヒナナが付き合っていないことを確認し、その上で気持ちを表明してきたのだから。憧れの物語で活躍した人物が、突然自分の恋敵になったことに驚きつつ、負けていられないと感じる。自分も一歩踏み出さなければ……ヒナナの気持ちを優先しつつ。どうすればそれが可能なのか考えながら、二人はイシュガルド上層に向かった。
 その後、フォルタン家に顔を出し、『蒼天のイシュガルド』を記した本人とお茶を共にした後、ヒナナ達は復興が進む蒼天街に足を運んだ。以前、ヒナナが復興事業に参加した時よりも計画は進んでいたようで、彼女は目を輝かせた。アイメリクに想いを告げられた時の困惑した表情は、フォルタン卿と思い出話をし始めた時から薄れ始め、この時にはいつもの『ヒナナ』に戻っていた。一時的にだが、気持ちを切り替えられたことにラハは安堵する。自分の抱える問題は何一つ解決していないが、好きな人が笑顔でいることが嬉しかった。
 復興の為にやって来た冒険者達がそれぞれの作業をしているところを眺めていると、フランセルがヒナナ達を見つけ、声を掛けた。
「ヒナナ、来ていたんだね」
「あ、フランセル。この前よりだいぶ進んだのね」
 街の復興状況を褒められて、彼は満足そうに微笑む。続けてラハに視線を向けて、こちらは? とヒナナに尋ねた。
「最近、暁の血盟に加入したグ・ラハ・ティア。弓と魔法の才があって、シャーレアンの賢人でもあるの」
「そうなのか! 僕はフランセル・ド・アインハルト、蒼天街復興の責任者なんだ」
 フランセルは屈託のない笑みを浮かべて、ラハに手を差し出す。彼はそれを握って、友好の握手をした。
「よろしくな。俺に出来ることがあれば、是非協力したいんだ」
「とても助かるよ! 君は、料理は得意かい?」
「一人で行動することもあったから、それなりには」
 ラハの答えを聞いて、フランセルはうんうんと力強く頷く。
「それならぴったりの仕事がある。もう少しで夕飯の時間なんだけど、調理師の人手が足りなくて……手伝ってもらえないかい?」
 少し申し訳なさそうに彼はヒナナ達にお願いする。頼まれたラハはヒナナを見て、彼女は笑顔で同意した。
「お手伝いしましょう。わたし、調理師の心得もあるし」
「ああ。あまり難しい調理は出来ないけど、頑張るよ」
 頼みを受け入れてくれた二人に対し、フランセルは安堵する。お礼にクポフォーチュンくじを一回ずつ回せるカードをあげるよ、と言った。クポフォーチュンくじ? と首を傾げるラハとは対照的に、くじの悪夢を知るヒナナは、どこか苦い顔になった。
 蒼天街の一角にある調理場に足を運び、調理師達と共にシチューを作った。彼女達のおかげで復興事業に参加していた多くの人の心が温まり、ヒナナもラハも、手伝って良かったと喜びを覚えた。しかし、その後のクポフォーチュンくじは、ヒナナに予想通りの結果を与え、彼女は耳と尻尾を萎れさせた。



 たくさんの出来事があった、イシュガルド滞在一日目の夜。慣れない土地に来たせいか、なかなか寝付けないラハは、街を散歩していた。夜のイシュガルドは静かだ。特に彼が歩いている上層は、貴族達が居を構える場所になっている為、ゆっくりと降る雪の音しかしない。優しく、どこか切なげな音に耳を傾けながら、淡い街灯のみの街を歩いていく。第一世界では感じられなかった音色は、悩む彼の心を少しだけ楽にさせてくれた。
 ヒナナがアイメリクの告白への答えを決める前に、自分も打ち明ける必要がある。でもそれは彼女の悩みの種を増やすことにもなる。後悔したくないのなら言うべきだ。彼女は自分の想いを知らないのだから。しかし伝えた事で負担を掛けてしまったら……距離を置かれてしまったら……恐れがラハの行動を制御していた。ヒナナは片思いの相手である以前に、憧れの存在で大切な仲間だ。クリスタルタワーの調査で出会い、第一世界で共に戦い、少しずつ構築してきた信頼関係を崩す危険性があることをして良いのか……。
 彼が再び悩みの渦に落ちそうになった時、遠くの暗がりから話し声が聞こえた。

「……を……れば、きっと……」
「分かった。そうしたら、明日……」

 こんな夜遅くに、規則正しい生活していそうな貴族の多い上層で、こそこそと誰が何を話しているのだろうとラハは気になった。深夜に散歩をしている自分に注意する権限はないのだが。
 声がする場所へ近付こうと足音を忍ばせたが、ふと、暁の血盟に加入した直後にヒナナに言われた言葉が頭を過った。
 『もう無茶はしないでね。一人で突っ走らないで』―――仲間として案じてくれた彼女の言葉は、ラハの足を止める。もしかしたら、ここでしくじって彼女や他のみんなに迷惑を掛けてしまうかもしれない。迂闊な行動は控えるべきだ。ラハはそう思って、相手に気付けれぬよう、宿にしている『忘れられた騎士亭』へ戻った。



 翌日。午前中からヒナナと共にオルシュファンの眠る場所を訪問し、キャンプ・ドラゴンヘッドやホワイトブリム前哨地も見て回ったラハは、イシュガルドに戻って来た瞬間、一早く兵士達の纏う空気の違いに気付いた。昨日のどこか落ち着いた穏やかなものではない、ぴりっとした張り詰めた空気。これは何か事件が起きたのだと思わざるを得なかった。それはヒナナも同じだったようで、真剣な表情になる。
「ヒナナ……」
「ひとまず、神殿騎士団本部へ急ぎましょう。何かがあったことは間違いないわ」
 少し不安も見られる彼女の言葉に頷き、二人は宿の近くにある神殿騎士団本部へ赴く。大きな扉を開くと、中ではいつもアイメリクの補佐をしているルキアが忙しそうに各部隊へ指示を出したり、部下達の報告を聞いていた。
「ルキアさん……?」
 平穏だった昨日とは正反対の状況にヒナナの憂いは重なっていく。指示系統の中心となっていたルキアは、ヒナナとラハの存在に気付くと、安堵と恐縮さが入り混じった表情を見せた。
「英雄殿、グ・ラハ殿……」
「一体何が起きたのですか? 張り詰めた皆さんの空気、只事ではないですよね」
 恐る恐る事実に触れるように、ヒナナは問う。ルキアは少し視線を逸らし、悔しげに言葉を吐き出した。
「今朝方、聖フィネア連隊の露営地方面に視察へ向かわれたアイメリク様が、部下を人質に取られ捕縛されてしまったのだ」
「え……!?」
「捕縛……!?」
 ルキアから語られた事実を耳にし、二人は驚く。アイメリクは今どこにいるのか、敵は何者なのか。沸き上がる疑問は二人の動揺を濃くしていく。だが、ここで騒いでも状況は何も変わらないと理解している彼らは、心を抑えてルキアの言葉を待った。
「ああ。助かった部下の話によると、相手は所属不明の傭兵達だったらしい。恐らく、アイメリク様のやり方に反感を持っている派閥の人間が雇ったのだろう」
 説明するルキアの表情は、後悔の情が全面に出ていた。一度ならず二度までも、大切な上司が危険に晒されてしまったことは、副官である彼女の心に傷を負わせていた。
「現在アイメリク様は、ゴルガニュ牧場近くの建物に囚われているらしい。そこまでは分かっているのだが、下手に我々が動くとイシュガルドの内政的に問題が起きかねない。第三者に依頼出来ないか手を探っていたのだが……」
「それなら、わたし達に任せてください。暁の血盟はどの国にも属さない組織です。わたしとラハで、アイメリクさんを救い出します」
 ルキアの言葉に被せて、ヒナナは宣言する。その顔は、揺るぎない、英雄のものだった。ラハも頷き、自信に満ちた笑みを見せる。まだ情勢的に不安定なこの国に投下された火種を、放っておくわけにはいかない。火種が大火事になり、たくさんの人が悲しむ前になんとかしなければ。彼の中の『正義感』がそう言った。
 二人の答えを受けて、ルキアは申し訳なさそうに礼を述べた。
「すまない。貴殿達の思いと行動に感謝する。どうかアイメリク様を、救ってくれ」
「もう誰も、失わせません。この国に必要なのは、涙じゃなくて笑顔だと思うから」
 ヒナナは決意を固め、神殿騎士団本部を後にする。凛々しい英雄の背を追って、ラハも外に出た。



 寒空の下に出てきたヒナナは、うーん、と頭を傾げた。
「どうしたんだ? アイメリク卿を助けに行くんだろう」
 このまま敵のアジトへ突入すると予測していたラハは不思議そうにヒナナを見つめる。彼女は不安そうに、「わたし達二人で大丈夫かなって思って」と悩みを吐露した。
「ノルヴラントを救った闇の戦士様が何を言ってるんだ。俺達なら大丈夫さ」
「でも、いくらラハと一緒でも、相手がアイメリクさんを盾にしたら何も出来ないし、あと二人くらいは誰かいた方がいいと思うの」
「確かにそう言われると……リンクパールでタタルに連絡して、応援を呼んでもらうか?」
「んー、それがいいかなぁ」
 もしもの場合を考えて人数は欲しい。けれども時間を掛けてはいられない。どちらを優先すべきか判断に迷うヒナナに、後方から聞き覚えのある声が飛んできた。
「ヒナナ。来ていたんだな」
 振り向けば、そこにいたのは暗黒騎士のシドゥルグと相棒のリエルで。彼らの姿を目にしたヒナナは、仲間に巡り合わせてくれた運命に感謝した。
「シドゥルグ、リエル!」
 自然と声も明るくなる。ラハはその名前を聞き、ヒナナが以前話してくれた人物だと気付いた。
 こんなところでどうしたんだ、と聞いてきたアウラ族の暗黒騎士に、事情を説明する。協力してくれる人物を探しているが時間もないことを最後に伝えると、彼は少し呆れたように笑った。
「俺に手伝って欲しいって言いたいんだろ? 暗黒騎士として共に剣を振るった仲だ。力を貸すぜ」
「ありがとう、シドゥルグ」
 ぶっきらぼうだが、心を開いた仲間には優しい彼の心意気に、ヒナナはホッと息を吐く。
 すると、話を聞いていたリエルが、自分も回復魔法で手助けをしたいと言った。
「何を言っている、お前は駄目だ。遊びに行くんじゃないんだぞ」
「またそうやって子ども扱いする! 前よりも魔法だって上達したし、私はヒナナ達を守りたい」
 渋い表情をするシドゥルグに向かって、本人は負けじと言い返す。ある程度この展開を予想していたヒナナだったが、いざ言い合いをされるとどうやって止めるべきかと悩んでしまった。彼女としては、リエルの意思を尊重したかったからだ。だが、そちらを優先するにはシドゥルグを納得させる必要がある。
 何と言えば良いのだろうと思案していると、ラハが口を開いた。
「俺は、この子の同行に賛成だ。戦いにおいて必ず回復役は必要になる。しかし、俺は回復魔法が不得手でね、暗黒騎士の二人には戦闘に集中してもらいたいし、彼女の力は必要だと思うぞ」
 きちんと根拠から構築し、ラハはリエルの味方をする。突然口を挟んできたヒナナの仲間にシドゥルグは顔を顰めたが、元クリスタリウムの長は手を引いたりしない。
「それに、彼女の『前より魔法も上達した』という言葉は事実だろう。背中の杖に刻まれた傷を見れば、一目瞭然だ」
「ヒナナの仲間だかなんだか知らんが、随分と偉そうな言い方をしてくれるな」
 シドゥルグの苛立ちの矛先は、ラハに向けられる。今この状況はまずいのではとヒナナは思ったが、赤髪の彼は片手で彼女を制した。
「これでも見た目より長生きしているもんでね。言い方が癪に障ったのならすまない。だが、お前は大切な者を傷付けたくない故に、相手の自由をも奪ってしまっている……これは守る者としていかがなものかと思うがな」
 的確に事実を突いてきたラハに対し、シドゥルグは唸る。二人の会話を聞いて、大切な者……? とリエルは首を傾げた。ヒナナはラハの味方をするように、うんうんと頷く。
 このままでは秘めていたい気持ちを口走りそうだと察したシドゥルグは、分かったよ、と観念した。
「こいつの同行を許す。四人で乗り込むぞ」
 その言葉にいち早くリエルは喜び、ラハは小さく微笑んだ。ヒナナは安堵した表情で彼らを見つめる。
「大事にならなくて良かった……あ、順番がごちゃごちゃになっちゃったけど、彼はグ・ラハ・ティア。暁の血盟に最近仲間入りした、剣も魔法も弓も扱える賢人よ」
 とてもすごい人、とでも言うように彼女に紹介され、ラハは照れる。耳をぱたぱたさせて戸惑う彼を見て、先程自分に食って掛かってきた人物と同じとは思えないとシドゥルグは感じた。
「そして、彼はシドゥルグ。わたしが暗黒騎士の修業していた時に出会った騎士で、この子は回復魔法が得意なリエル。二人との色んな出来事は、前に話したっけ?」
 ラハにシドゥルグ達を紹介しながらヒナナは尋ねる。彼は頷き、あんたが話してくれた冒険譚は覚えているぞ、と答えた。
「冒険譚って……俺達は大したことしてないぞ」
「ヒナナが話す様々な出来事は、みんな大切な冒険譚さ。小さなことも積もって、壮大な物語になる」
「まぁ、お前にとってはそういうモンなんだろうな」
 俺はただ、俺の意思に沿って行動しただけだ。シドゥルグは自分の中で結論付け、ヒナナに視線を移す。
「行こう。早くしないと、この国にとって重要な人物が失われかねないからな」
「えぇ、急ぎましょう」
 彼の言葉にヒナナは同意し、四人は歩を進める。イシュガルドの空は、国の主を案じるかのように、しんしんと雪の涙を零していた。



 ゴルガニュ牧場の近くにある廃屋。そこにアイメリクは捕らわれている。ヒナナ達は少し離れた岩陰から様子を伺っていた。廃屋の周囲には数人の監視。恐らく、内部にも傭兵はいるだろう。素早く侵入し、的確にアイメリクを救出しなければならない。今までの経験を踏まえて思考をフル回転させていたヒナナは、ある作戦を思い付いた。
「まず、身軽なラハが魔法で先制攻撃を仕掛けて、道を作るの。彼が切り開いた道をわたしとシドゥルグで駆け抜けて、アイメリクさんを救出する。リエルには後方からの援護をお願いするわ」
 浮かんだ作戦を三人に伝える。彼らはそれを妥当と判断し、受け入れた。
「みんなことは私が守るから、思う存分戦ってね」
「ありがとう。リエルも気を付けてな」
 ヒナナ達を見つめ、リエルは杖を構えて意気込む。彼女にあちらの世界に残してきた孫娘が重なったラハは、優しい笑みを浮かべた。
「アイメリクさんを連れて、みんなで帰りましょう、イシュガルドへ」
 その言葉に誰もが頷く。四人は廃屋との距離を縮め、ぎりぎりのところまで近付いた。
 ラハは外の見張り達の動きを目で追う。誰の目にも映らない、死角となる瞬間を探っていた。空気の糸が張り詰める。数十秒程度経った時、ラハは小さな声で今だ!と発し、地を蹴って見張りに向かっていった。
 突如現れたミコッテ族の男に彼らは戸惑い、急いで武器を構えた。それが振り下ろされるより前にラハはブリザガを放ち、傭兵達を伸していく。恐れず攻撃を仕掛けてくる残党もブリザガの餌食にしていきながら、ラハは叫んだ。
「ヒナナ! シドゥルグ! リエル! 行け!」
 その声と同時に三人は飛び出し、気絶している傭兵達を避けながら建物の中に突入した。
 中にも数人の男がいて、扉を蹴破ったシドゥルグを見て驚く。
「だ、誰だてめぇら!」
「アイメリク卿を返してもらうわよ!」
 威嚇する傭兵にキッとヒナナは言い放ち、ハードスラッシュで手前にいた男達を吹っ飛ばす。その後シドゥルグがプランジカットを使い、相手の傭兵に力の差を見せつけた。
「答えろ、アイメリク卿はどこだ」
 銀色に輝く剣を倒れている相手に向け、ドスの効いた声で問う。人々を守る暗黒騎士と言うよりチンピラに近いその声は、金で雇われ、何でもする傭兵を戦慄させた。
「ひえっ、お、奥の部屋に……!」
「ヒナナ、奥だ」
 シドゥルグの言葉にヒナナは頷き、奥の部屋へと続く扉を勢い良く開ける。そこには縄で腕を縛られ、自由を失っているアイメリクがいた。
「アイメリクさん!」
「ヒナナ……!」
 飛び込んできた英雄に彼は驚きつつも、助けが来てくれたことに安堵する。ヒナナは剣で縄を切り、アイメリクを不自由から解放した。
「怪我はないですか?」
 案じる表情でヒナナはアイメリクを見つめる。愛を告げた相手にこのような表情をさせてしまったことを悔やみながら、平気だと答えた。ゆっくりと立ち上がる。ヒナナは手を貸そうとしたが、これ以上君に迷惑を掛けられないとアイメリクは丁寧に断った。
 仲間だと認めた暗黒騎士と、かつて自分や友を傷付けた国を変えようと努力している男のやり取りを、シドゥルグは見つめる。互いに優し過ぎるな、と苦笑を漏らした直後、後方から叫び声が聞こえた。
「きゃああっ!」
 それは、聞き覚えのある声。
 慌てて振り向けば、先程シドゥルグに一撃を浴びせられ、恐れ戦いていた傭兵が、リエルを人質に取っていた。
「リエル!」
「チッ! だから連れて行きたくなかったんだ」
 リエルの首元には短剣が宛がわれ、抵抗することを防がれている。捕らえられた時、外にいた見張りを全員気絶させて縛り上げたラハが建物内に入って来たが、彼の行動よりも捕えられる方が早かった。
「シドゥルグ、すまない!」
「構わん。少し気を抜いていた俺にも責任がある」
 苛立ちを抑えながら、彼は謝るラハに言葉を返す。敵はヒナナ達とラハに挟まれながらも、少女という人質を盾に抗い続けている。急所に武器を向けられている現状、下手な動きは出来ない。助けるのならば、確実に、一発で成功させなければいけない。どうすればいいのか。ヒナナ達が考えを巡らせている中、水晶公として長い年月を生きてきた記憶を持つ彼は、不敵な笑みを浮かべた。それに気付いたのは、ヒナナとアイメリクだけだった。
「へへっ、馬鹿強ぇお前らも、仲間を人質に取られちゃ何も出来ないってか。これは良い。アイメリク卿を置いてこっから消えろ。さもなくば」
「さもなくば、なんだって言うんだ? 死ぬのはお前だぞ、傭兵」
 どこか水晶公のような雰囲気を醸し出しながら、ラハは落ち着いた声色で返す。仲間達は訝しげに彼を見つめた。
「は? 俺が死ぬわけねぇだろ」
「いいや、お前は死ぬ。人質に取っているその子は、体に毒を持った特殊な一族の娘だ。耐性がない者が触れれば、少しずつ体に毒が回って死ぬぞ」
 ラハのとんでもない発言に、傭兵の男は目を大きく見開く。シドゥルグは彼の言葉に憤りを感じ、突っかかろうとした。
「お前何を言って」
「待って、シドゥルグ」
 それを、ヒナナとアイメリクが止める。二人は瞬時に分かったのだ。ラハの根も葉もない言葉が、彼の作戦なのだと。
「ヒナナ、お前はリエルのことを貶されて怒りを感じないのか」
 自分より背の低いヒナナを、シドゥルグは睨む。鋭い眼光に怯むことなく、彼女は小声で、これはラハの作戦だと伝えた。
「作戦?」
「ええ、リエルを助けるための、ね」
 少し腑に落ちないが、信頼のおけるヒナナがそう言っているのなら信じてやろうとシドゥルグは思った。視線を傭兵の男に向ける。彼はラハの言葉に驚きつつも、そんなの嘘だと否定した。
「毒を持つ種族だと? そ、そんなのでまかせに決まってるじゃねぇか。現に俺は何ともねぇぞ」
 男の声は少し震えていて、認めないと言いつつも恐怖を感じていることを体現している。ラハは作戦の成功を予見しつつ、相手に気付かれないようにとある魔法をこっそりと発動した。
 話の渦中に置かれているリエルは、初めこそ戸惑ったが、ラハの真意に気付き、口裏を合わせる。
「嘘じゃないわ。私は生まれつき体内に毒を持っているの。だから、耐性を作る薬を飲んだ人にしか触ることも、触られることも出来ない」
 でまかせだと悟られぬように冷静に、真実だと伝わるように少し憂いを込めて、リエルは男に話す。小さな恐れを感じていた傭兵は、本人からも『真実』だと言われて恐怖の色を強くした。
 直後、ラハがこっそり発動した『ポイズン』の魔法が効果を表し、彼は呻いて短剣を落とす。からんからん、という金属音とともに、男は膝をついた。
 拘束から解放されたリエルは駆け出し、シドゥルグの元へと向かう。
「リエル!」
 無傷で解放された彼女をシドゥルグは抱き締め、それと入れ替わるようにヒナナとアイメリクが床を蹴った。
「たぁぁっ!」「ふんっ……!」
 剣の持ち手で相手を殴り、気絶させる。アイメリクはご丁寧に自分を縛っていた縄を手にしていて、それで男を拘束した。自分の作戦が功を奏し、事態が収束したのを見て、ラハは安堵の笑みを浮かべ、胸を撫で下ろした。



 関与していた傭兵全員の自由を奪い、廃屋内に一纏めにしたヒナナ達は、アイメリクの連絡を受けてやって来るであろうルキア達を待つ為に、一度建物の外に出た。空は晴れ上がり、英雄の勝利と盟主の生存を祝福している。リンクパールで会話を終えたアイメリクに穏やかな表情を向けるヒナナを見て、リエルは感じたことを言葉にした。
「ヒナナが誰かの為に頑張れるのは、そこに『愛』があるからなんだなって、改めて思ったよ」
「え? 愛?」
 彼女の発言に驚く。偶然か否か、ヒナナの隣にいるのは彼女に告白をしてきたアイメリクで、その奥にはヒナナを密かに想っているラハもいて。アイメリクの告白を思い出したヒナナは、少し困惑した。
「『命を懸けて護りたい』っていう愛の気持ちがあるから、ヒナナはどんな状況でも諦めないし、強いんだなって。そして、その気持ちに仲間が必ず応えてくれる。素敵だなって一緒に戦って思った」
 リエルはヒナナだけでなく、行動を共にしたラハやシドゥルグの事も称えた。むずがゆいなと感じた二人は、照れる気持ちが悟られないように目を逸らす。
 一方ヒナナは、彼女の言葉からある答えを導き出した。
「そっか、『愛』には色々あるんだ」
「え?」
 急に何か閃いたような顔になった彼女を見て、アイメリクは不思議に思う。何を気付いたのだろうと、ヒナナの次の言葉を待った。
「『誰かを、命を掛けて護りたい』って思うのも愛だし、『恋をして、いとおしい』と思うのも愛で、『愛』って言葉には色んな形があるんだなって気付いたんです。そして、自分がアイメリクさんに対して持っている気持ちは、前者の『愛』なんだって。だから……」
 話ながら、彼女の表情は少しずつ申し訳なさに溢れていく。アイメリクは『答え』を察し、首を横に振った。
「構わないよ。あの言葉を君に贈るのは、時期尚早だったようだ。いつか君が後者の意味の『愛』を芽生えさせた時、改めて伝えよう」
「え、あ……はい……」
 完全に諦めたわけではないアイメリクに、ヒナナは何と答えたらいいか分からなくなる。リエルは、自分が知らないところでのやり取りを察し、小さく微笑んだ。ラハは一難去ったことに安堵しつつも、彼女の心をなるべく早めに自分に向けさせなければと感じた。
 きっとこいつの力の根源は、恋情ではなく慈愛なのだろうな―――
 戸惑う暗黒騎士の相棒を見て、シドゥルグは心の中で思う。何の垣根もなく、大切だと思える広い心があるからこそ、多くの思いを背負って強くなれるのだ、と。自分には出来ないことだと彼は感じ、それを簡単に成し遂げてしまうヒナナに感服した。

 多くの思いを背負った英雄の冒険譚はこれからも続く。
 彼女の心に『恋情』が芽生えるのはいつなのか。
 それは……ちょっと鈍感な、彼女次第。