トライヨラの町に戻ってきて一週間程が経った。徐々に日常に戻って行った町の海辺で、ヒナナは波を見つめる。これからどうしようか、まだ冒険出来ていない土地もトラル大陸にはあるし、ウクラマト達の手伝いをしたい気持ちもある……次のアクションに悩んでいると、後ろから声を掛けられた。
「ヒナナ、ここにいたのか」
振り返れば、そこにはラハの姿が。いつもの明るい笑みを浮かべて、彼は近付いた。ヒナナは立ち上がり、ラハに微笑みかける。何かあったのかと尋ねると、彼は耳をしょも……と下げて照れながら申し出た。
「あっ、いや……情勢も落ち着いたし、あんたと少しトラル大陸を見て回りたいと思って……」
「ふふふっ、いいよ。ラハと一緒に行きたいなと思ってたところもあるし」
ヒナナの言葉を聞いて、ラハは目を輝かせる。尻尾はぶんぶんと忙しなく動き、喜びを目一杯表していた。
「ありがとう! で、行きたいところってどこだ?」
「ペルペル族が住む、オルコ・パチャだよ」
というわけで、ヒナナとラハはアルパカに乗ってオルコ・パチャを目指した。アルパカ初体験のラハだったが、持ち前の優しさからかすぐに懐かれ、快適な移動となった。柔らかなアルパカの感触は二人に心地良さを与え、ゆったりとした適度な速度の移動は二人に景色を見る余裕を与えた。
ヒナナにとっては二度目だが、ラハにとっては初めての光景だ。見たことない植物や美しい景色に感動し、時折移動を中断して観察したりした。興味深げに植物を見つめる彼を見て、ヒナナは年下なのにお姉さんになったような気持ちになった。
「なんか、かわいいなぁ」
「ん? 何がだ?」
「調査に一生懸命なラハが」
「んなっ……!?」
恋人から『かわいい』などと言われて、彼は顔を赤くする。嬉しい気持ちとどうせならかっこいいと言われたかったという気持ちが交錯し、耳がぴこぴこと動いた。
「嫌、だった?」
申し訳なさそうにヒナナは尋ねる。ラハは首を振り、あんたに良い意味で褒められてるなら嫌じゃない、けど、かっこいいと言われた方がより嬉しい、と答えた。
「そっか……なんだか知らないけど母性本能くすぐられちゃって、かわいいって言ったけど、好きなことに一生懸命な時のラハの目は、鋭くてかっこいいよ」
「はわっ……!」
理想通りかっこいいと褒められたが、ラハは予想外のアタックに喜びでわたわたした。
「あっ、ありがとな……」
なんて返したらいいか分からず、とりあえずお礼を言う。そんな二人を、アルパカ二匹は不思議そうに見つめていた。
オルコ・パチャに到着した二人は、マーブルに元気良く出迎えられた。
「ういうい! 元気だったかい? 二人とも」
彼女の明るい声は心を元気にする。ヒナナは笑顔を見せ、頷いた。
「怪我もなく元気よ。ウクラマトもコーナもね」
「それは良き事! ところでどうしてここに?」
小首を傾げて尋ねる彼女に、ヒナナは事情を説明する。ここまで色々あったもんねぇ、とマーブルは感想を述べ、ヒナナの次にラハを見た。
「……特別な関係? 二人で旅するってことは」
ペルペル族特有の装飾のため、詳しい表情は分からないが、ニヤリと少し意地悪な笑みを浮かべている気がする。ラハはそう思い、ドキっとした。尻尾が忙しなく動き、えっ、いや、まぁ、その……ともごもごする。ヒナナも頬を染め、おずおずと頷いた。
「ふふふっ! 照れなくてもいいよ。想い人がいる、これは幸せなこと。おいしいメスカル酒を味わうといいよ、オルコ・パチャを訪れた記念に」
ちゃっかり名産も売り込み、マーブルは二人の仲を称える。彼女の温かく商売っ気のある言葉にヒナナ達はほっこりとした気持ちになり、蒸留所の近くにある小さな酒場でメスカル酒をいただこうと思った。
「ありがとう。試練でここを訪れた時は名産品を楽しむ余裕もなかったし、お言葉に甘えさせていただくわね」
「ヒナナ、あんたアルコールに弱いって聞いたけど、大丈夫か?」
「少しなら、たぶん」
「無理はしないでね」
ヒナナがお酒に弱いという情報を聞いて、マーブルも心配そうに言う。二人から心配されて申し訳ないと思いつつ、少量なら問題ないはずだと再度答えた。
「それなら良かった。私は仕事に戻るから……またね!」
ひらひらと手を振って、マーブルは去っていく。なんだか小さな嵐のようだなとラハは思い、ヒナナを見た。
「メスカル酒を飲みにいくのか?」
「町を一通り見てからね」
「ああ、そうしよう。どういった生活文化なのか、興味がある」
研究熱心な賢人の顔になるラハを嬉しそうに見つめて、ヒナナはのどかに生活をするペルペル族達の様子を見に行った。
アルパカを丁寧にお世話したり、皮をなめしたり、コーヒー豆からコーヒーを作ったり。自然の慈しみながら物を生み出す彼らの生活を見学し、二人は蒸留所にやって来た。小さいサイズのカップで提供されるメスカル酒を注文し、向かい合わせに座ってカップを鼻に近付ける。
「んー、なんだか良い香り」
「そうだな、深みのある心地良い香りだ」
うんうん、と頷いて、ヒナナは一口飲む。飲みやすく、まろやかな味が口内に広がった。
「苦みがなくて飲みやすいね」
続けて飲んだラハも同意した。
「そうだな、苦みが苦手な人でもこれなら大丈夫そうだ」
きっと丁寧に作っているのだろうなと生産者の苦労を想像する。まろやかな味を出すために色々と工夫をしているのだろう。ラハは研究者目線で匂いと味について考え、物を生み出すというのは簡単なものではないなと感想を抱いた。
彼が何口かメスカル酒を飲んだ時、向かいに座っているヒナナの頬が赤く、うつらうつらとしていることに気付く。少しなら大丈夫じゃなかったのかと思い、座る位置を移動して彼女に寄り掛かるよう促した。
「大丈夫か?」
「んー……ちょっと、眠い……飲みやすいからって、早いペースで飲んじゃったせいかも……」
とても眠そうな声で彼女は言う。ラハは苦笑し、道具袋から水の入った皮の水筒を出した。
「水を飲んで、少し休むと良い。今日はここに泊まらせてもらうのもありだし」
「うん……ごめんね、ラハ」
「良いんだ、気にしないでくれ・オレはこうして、あんたと何も気兼ねなく自由に旅が出来て、幸せだからさ」
彼はにっこりと微笑む。恋人の優しさに感謝しつつ、ヒナナは冷たい水を飲んだ。