Vi et animo

一緒に食べるとおいしいもの

 それは、彷徨う階段亭で水晶公と一緒に昼食を食べていた時だった。ブロードビーンスープをスプーンで掬って飲んでいた彼は、ふと何かを想起したような顔をした。
「どうしたの?」
「いや……まだ私がグ・ラハ・ティアとしてシャーレアンにいた頃、よく世話になっていたカフェに、似たような色のスープがあったことを思い出してね」
 水晶公が過去の……ラハとして生きていた時のことを話すのは珍しいと思い、質問をする。
「ということは、シャーレアンの料理ってことだよね? 行ったことないから気になる。どんなのなの?」
 わたしが自分の育った場所について興味を持ったことが嬉しいようで、彼は喜びと恥じらいが混ざった顔した。カウンターの内側で聞いていたグリナードさんも、公の故郷の料理を知りたいと下ごしらえをしながら耳を傾ける。二人から注目され、彼は耳をぱたぱたと動かし、話してくれた。
「ジュレック、という名前のスープで、色合いはこれと似て黄緑色なんだ。でも材料が違って、あちらは黒麦粉の発酵液と野菜を煮込んだもので、程好い酸味があってね。『好きな人と飲むと最高の気分になれるスープ』と謳われているんだ」
「へぇ、なんだか健康に良さそうだね。でも、煮込んでいるものが違うのになんで同じ色なんだろう? こっちは豆と鶏肉を煮込んだものなのに……」
 ふと浮かんだわたしの疑問に、料理の専門家であるグリナードさんが予測を立てた。
「もしかして、使っている野菜の中にこれと同じ材料があるんじゃないか?」
「なるほど。可能性はあるな」
 彼の推測に水晶公も頷く。第一世界と原初世界で同じ食材が存在していることは大いに有り得るので、正解といっても過言ではないだろう。けれども、何が同じなんだろうか。水晶公の話してくれた『ジュレック』を飲んだことがないわたしは想像がつかない。
「公、ジュレックってやつに、何が使われているか知ってるかい?」
「ああ、何度も食べたことがあるからね。素人の予測だがだいたいは」
 『何度か食べた』だけで材料を大方把握してしまう水晶公の天才ぶりにわたしは驚きつつ、二人のやり取りを聞いていた。
「アイスバーグレタスという葉物に、あとは何か豆類の味がした記憶がある……」
「うーん、その豆類ってのが、ブロードビーンかバッファロービーンなんだろうな。だから、同じ色が出せているんだと思う」
 記憶を頼りに出てきた答えを聞いて、グリナードさんは結論を出す。わたしも納得し、二つの世界が繋がった気がして嬉しくなった。
「なるほどな。同じように豆類を使っているスープなのに、合わせるものや調理法が少し違うだけで印象が変わるのは面白い。話をしていて、料理の奥深さを感じたよ」
「俺は『ジュレック』ってやつを飲んでみたくなったな。今度作ってくれないかい?」
「うむ……皆に振る舞ってやりたいが、アイスバーグレタスはクリスタリウム近郊では採取出来ない野菜だからね。何か代わりの葉物野菜があればいいんだが……」
 顎に手を当てて水晶公は考える。ここに住まう人々の事が大好きだからこそ、小さなことでも叶えてあげたいと願う彼の優しさを見て、心が温かくなる。この街の人々は、わたしを『闇の戦士』と称えてくれるけれど、水晶公も同じように称えられるべき偉大な人物だと思った。

 結局、その後色々なことが起きて、水晶公の作るジュレックは食べられなかった。けれど彼のことだから、再現レシピの研究も密かに進めていたんだろう。真実は今目の前にいる『グ・ラハ・ティア』に聞いてもいいのだけれど、それはまた今度にしようと思う。だって、わたし達は今、カフェ・ラストスタンドに居て、出来立てのジュレックがテーブルに置いてあるんだもの。
「これがジュレックなのね。確かにブロードビーンスープに色が似ているわ」
「ああ、あっちの世界でそんな話をしたな、そう言えば」
「どんな味なのかなって楽しみにしてたの。ではでは、いただきます!」
 スプーンで掬い、口に運ぶ。口内にちょうどよい酸味と豆類の優しいおいしさが広がって、幸せな気持ちになる。頬に手を当てて、おいしいと言葉を発すると、同じように一口目を終えていたラハが微笑んだ。
「だろ? うまいよな、これ」
 そう言って二口目を飲んで、うんうんと頷く。幸福でいっぱいの恋人の顔を見ていると、スープのおいしさ以外の要因でも心が満たされた。
「オレ、前はさ、なんでジュレックが『好きな人と飲むと最高の気分になれるスープ』なのか分かんなかったんだけど、今なら分かる。おいしいって気持ちを共有して、好きな人の笑顔を見れるから、そういう風に謳われるようになったんだなって」
 きっとそれは、ラストスタンドの品物全部に言えることなんだろう。けれど、初めにそう言い始めた人が食していたものがたまたまジュレックで、このスープにそんな別称が付いたんじゃないかとラハは話してくれた。その意見に頷いて、二口目を飲む。愛する人と平和に食事が出来ることの大切さと喜びを噛み締めた。
「あなたのおいしいって笑顔を見て、わたしも幸せだから……こうして一緒に気持ちを共有出来て、同じ世界で生きていられて、本当に良かったって思う」
 話しているうちに泣きそうになる。競り上がる涙を堪えて言い切ると、ラハも眉尻を下げ、目を潤ませた。
「大丈夫。もうオレ達を引き裂くものは何もない。一緒に同じ未来へ歩いて行って、おいしいものもたくさん食べようぜ」
「うん!」
 ラハの言葉に強く頷き、にっこりと微笑む。彼も同じように笑みを見せて、何かを紡ぐように口を動かした。

『ア イ シ テ ル』

 唇の動きから察した一言にわたしの頬は熱を持ち、耳は忙しなくなる。人前だから声にはしなかったみたいだけど、形作られた五文字を余計に意識してしまい、ジュレックを飲み終えるまでドキドキが収まらなかった。