魔法が込められ、ある程度意思を持って行動出来るマメット……である彼らは、そのサイズに見合った双眼鏡を使って、浜辺を歩く英雄と赤毛の青年を見ていた。
「ふたりだけで どこかに いこうとしてる!」
「それはまずい。ひなながおでかけするときは まめっとたちもいっしょでなければ」
そう言って水晶公によく似たマメット・ミステルはいそいそとセルリウム・バルーンのマウント(マメット専用)を袋から取り出し、マメット・グ・ラハに一つ渡す。
「これで おいかけるのだ」
「ああ おれたちと ひななは いつでもいっしょ!」
真剣な眼差しでマメット・グ・ラハは頷き、彼らはふわりと宙に浮かぶ。そのまま船に乗り込む英雄と青年を追おうとしたが、操作の為の魔力が足りず、強い風に流されてしまった。
「うわああああああ!」
二人の姿は小さくなっていく。飼い主である英雄――ヒナナと赤毛の青年ことグ・ラハ・ティアは、彼らが所定の位置からいなくなったことに気付かないまま、島からモラビー造船廠へ戻ってしまった。
マメット達が行方不明であることに最初に気が付いたのは、ともに農作業をしているたがやすくんだった。アイルキャベツやアイルポポトなど、たくさんの農作物の種が植えられている各区画を定期巡回していた時、アイルベリーがある区画を常時監視している二人がいないことに気付いたのである。
「わわわっ、これは大変だ! ご主人に伝えなくちゃ」
たがやすくんは慌てた様子で崖下のアイランドホールへと駆けていった。そこでねこみみさんやれんらくくんに状況を説明する。
「大変大変! マメット・ミステルとマメット・グ・ラハが行方不明!」
ばたばたと手を上下させ、緊急事態を知らせる仲間の言葉に、二人も同じように動揺した。
「それはまずいですニャ! すぐにヒナナとラハさんへ知らせなくては。れんらくくん、リンクパールを使ってお二人に伝えてくださいニャ」
「了解です!」
もしもの時のためにとヒナナが渡していたリンクパールを懐から取り出し、れんらくくんは通信を試みる。フォンフォン、と何度か呼び出し音が鳴ったあと、透き通った声が聞こえてきた。
「はい、ヒナナです」
「ご主人ご主人! 緊急事態なのです! マメット・ミステルとマメット・グ・ラハがいなくなってしまいました」
れんらくくんの報告を受けたヒナナは驚き、一気に慌てた様子になる。
「えええええ!? うそっ、どうしよう!?」
彼女の言葉を隣で聞いていたであろうラハは、戸惑うヒナナから『マメットがいなくなった』ことを聞き、通話の担当を交代した。
「ミステル達がいなくなったってどういうことだ?」
話す相手がラハに変わってもれんらくくんは戸惑うことなく、詳しい状況を説明する。
「なるほど、昼間に巡回した時はいたのに夕方見に行ったらいなくなっていたのか……」
グ・ラハ・ティアとして、水晶公として、様々な経験をしてきた彼は冷静に話を聞き、何度か頷く。伝えてくれたことに礼を言い、捜索はこちらに任せてくれと返した。
「あんた達はいつも通り、島の仕事に従事しててくれ。ミステル達はオレとヒナナで探す」
「承知しました。何かお力になれることがあれば、遠慮なく申し出てくださいね」
「ああ、ありがとう」
主達への報告を終えたれんらくくんは、通話を終えてリンクパールをしまう。心配そうに見つめるねこみみさんとたがやすくんに、ラハの言葉を伝えた。
「マメット達の捜索は、お二人でするそうです。私達は、変わらず島の仕事を続けて欲しいと」
「分かりましたニャ。さすが星の危機を回避した英雄とそのお仲間。頼りになりますニャ~」
ヒナナ達を褒めるねこみみさんだったが、れんらくくんは少し不安そうな顔をした。
「主にご指示を出してくれたのはラハさんなのです。ヒナナさんはとても戸惑われていたので、ちょっと心配です」
「うーむ……そうでしたかニャ……けれども、きっと大丈夫ですニャ。ヒナナが道に迷っても、ラハさんという光が導いてくれる。二人一緒なら、マメット達を無事に見つけられますニャ」
ねこみみさんはにこりと微笑み、小さな手でれんらくくんの肩を叩く。この世界に絶対はない。しかし、自分達に今出来ることは、ラハの指示通り、普段と変わらず島の仕事をすることだ。下手に動けば、木乃伊取りが木乃伊になるなるように新たな行方不明者が出る可能性もある。心配している気持ちはねこみみさんも同じだったが、今は信じていつものように過ごそうと仕草で思いを伝えた。
「分かりました。いつ彼らが戻ってきてもいいように、各々の仕事をしましょう」
「あの子達がいない間は、私がアイルベリーの区画を見ているよ」
たがやすくんも頷き、畑に戻っていく。ねこみみさんはアイランドホールから空を見上げ、マメット達の無事を祈った。
一方、大切なマメット達が行方不明であることを知らされたヒナナは、ひどく焦っていた。耳と尻尾がぱたぱたと忙しなく動き、左右に行ったり来たりしている。
「島の中で迷子になっちゃったのかな……間違って出荷用の船に紛れ込んじゃって、どこかの港に行っちゃったり……!? だとしたらどうしよう!」
落ち着かない彼女を心配そうに見つめ、ラハは名前を呼んだ。
「ヒナナ」
しかし、不安でいっぱいの彼女の耳には届かない。
「ヒナナ」
二度呼んだが届かない。
「ヒナナ!」
「ふえっ」
強めに声を発すると、彼女は耳や尻尾をぴんと立てて驚いた。足も止まり、目を丸くしてラハを見つめる。
「心配なのは分かるけど、少し落ち着け。あんたらしくない」
確かに彼の言う通り、どんな困難にも立ち向かい、諦めずに戦い続けたヒナナらしくない動揺っぷりだった。マメット達のことを大切にしているのは分かるが、揺るがない強さを持つ彼女に似つかわぬ状態だ。不思議に思うラハに対して、ヒナナは申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい……大事なあの子達に何かあったらって思ったら、頭が真っ白になっちゃって」
悲しみを全身で表す彼女を抱き締めて、背中を擦る。恋人の優しさに触れ、ヒナナの心中にある憂いは、少しだけ軽くなった。
「なんでそこまでひどく動揺してたんだ? マメット達のことをすごく大事にしてるってだけじゃ、あんな感じにはならないと思うんだが……」
理由を尋ねると、彼女は落ち着きを取り戻した声で答えた。
「マメット・ミステルとマメット・グ・ラハは、あなたが辿ってきた道だから……初めて出会っ時のラハも、水晶公も、今のあなたも、全部大好きだから、大事なの。失いたくないの……」
「ヒナナ……」
それは、言い換えれば目の前にいる『グ・ラハ・ティア』への深い愛があるからこそ思えることで。ラハはヒナナの想いを感じて嬉しくなった。心の中に幸福のソーダ水が注ぎ込まれ、しゅわっと弾ける。その刺激は全身に広がり、耳と尻尾がぱたぱたと動いた。
「なんか、こんな時に不謹慎かもしれないけど、全部大好きってあんたの言葉に嬉しいって思った。ありがとな、オレを好きになってくれて」
「こっちが言い出したことだし、不謹慎なんてことないよ。それに、感謝しているのはわたしもなんだから……わたしの為に戦ってくれて、愛してくれてありがとう」
にっこりと微笑み、彼女はラハを見つめる。穏やかで甘い空気が二人を包み込み始めた時、近くから聞き覚えのある男女の声が聞こえて来た。
「ちょっとちょっと、二人だけの空気になってる場合じゃないでっす!」
「行方不明のミニオンを探さなきゃなんだろ?」
はっとして視線を向ければ、そこにはぴょんぴょんとジャンプしてアピールするタタルと、ひらひらと軽く手を振るシカルドがいた。
「タタルさん、シカルド!」
「もしかして全部聞いてたのか……?」
暁の金庫番と大海にその名を轟かせる海賊に、自分達の糖度の高いやり取りを見聞きされていたのではと察したラハは困った顔をする。尋ねられた二人は悪い笑みを浮かべた。
「こんなとこでいちゃついてるお前らが良くない」
「で、ですよね……」
肩を落とすラハを慰めつつ、ヒナナはやり手の二人に力を貸して欲しいと相談を持ち掛ける。
「無人島で農作業をお手伝いしているはずのマメット・ミステルとマメット・グ・ラハがいなくなってしまったの。二人の情報網を使って、探してもらえないかしら?」
「もちろん協力しまっす! 暁の血盟は解散しましたが、ヒナナさんは大切な仲間。仲間のピンチに手を貸すのも、大繁盛店を営む経営者の役目でっすから」
タタルは向日葵のような笑顔でぽんぽんと胸を叩く。即決してくれた彼女にヒナナ達は感謝した。続くようにシカルドも頷き、にぃっと笑う。
「お前が星を救ってくれたから、俺達は新しいやり方で生きている。お前に出会わなければタタルの嬢ちゃんに会って、市場の新規開拓も出来なかったからな……海賊の恩返しってやつだ。力を貸すぜ」
「ありがとう、二人とも」
「ヒナナさんは私達にたくさんの希望を与えてくれまっした。それに比べたら小さなお返し……あとはタタル大繁盛店と断罪党の情報網にお任せなのでっす!」
「よろしくな!」
こうして、迷子になった二人を探す為、タタルとシカルドはそれぞれの情報網を使い、果てにはタタルから依頼されたエオルゼア同盟の盟主達も協力し、壮大な捜査活動が行われた。その間、ヒナナとラハも手作りのチラシを作り、地道な捜索を実行した。陸上と海上、双方から探したがマメット達はなかなか見つからず、ヒナナの笑顔はすっかりなりを潜めてしまった。
行方不明事件から三日経った朝。リムサ・ロミンサの宿屋で寝泊まりしている彼女達に暖かな日の光が降り注ぐ。しかし、彼女の心は悲しみに沈んでおり、口からは溜め息ばかりが零れた。
憂鬱の海に溺れそうな恋人を気遣い、ラハはそっと抱き締める。何も言わずに頭を優しく撫で、それを続けた。次第に、耳元ですすり泣く声が聞こえてくる。それでも言葉を掛けることは控え、彼女の気持ちをただ受け止めた。
ゆっくりと時が流れ、ヒナナの心が落ち着きを取り戻すと、彼女は顔を上げ、ラハに謝った。
「ごめんね、泣いちゃって」
「謝る必要はねぇよ。あいつらが見つからなくて一番つらいのはあんただって、分かってるから……感情に素直になっていい。我慢しなくていいから……オレに全部受け止めさせてくれ」
真っ直ぐにヒナナを見つめて言葉を返す。彼の優しさに彼女は安堵し、穏やかな愛を感じた。
「うん……ありがとう、ラハ」
約三日ぶりに彼女は微笑む。その愛らしい顔に、ラハが口付けを落とそうとした時。
フォンフォンフォン……!
彼女のリンクパールが着信を知らせた。マメット達の情報だとすぐに推測したヒナナは、それを受ける。
「はい、ヒナナです」
「あっ、れんらくくんです! マメット達が島で見つかりました!」
「ほ、本当!?」
突然の吉報に彼女は驚く。すぐにラハと現地へ向かうと告げ、急ぎ宿屋を出発した。
リムサ・ロミンサからモラビー造船廠、そして無人島へ移動すると、船着き場としている砂浜にれんらくくんとねこみみさん、マメット・ミステルとマメット・グ・ラハがいた。
「ミステル! マメラハ!」
ヒナナは上陸した直後、一目散に彼らの元に駆け寄る。マメット達もとてとてと走り出し、ぽんっと彼女の腕の中に収まった。
「良かった、無事で」
「うわーーーん! ひななー!」
「かぜにとばされて ふたりだけで こわかった」
抱き締めた二人を指で撫で、もう大丈夫だよ、と彼女は言う。ラハもホッとした様子で見つめ、れんらくくん達はととと……と近くまで来た。
「どうやら、島の外に出ていくお二方を見かけて、自分達だけ置いて行かれる、と思ったようで……」
「セルリウム・バルーンで追いかけようとして、強風に煽られて島の反対側まで行ってしまったのですニャ。素材の採集に出掛けていた採集部隊が彼らを発見し、保護に至りましたニャ」
「そっか……折角頂いた島だから、二人には畑の管理をお手伝いしてもらおうって思ってたんだけど、やっぱり一緒がいいのかな?」
小さな仲間の説明を聞いて苦笑し、マメット達に尋ねる。大好きなヒナナから質問された二人はぶんぶんと頷き、ラハに視線を移した。
「おおきなおれだけ ずるい!」
「わたしたちも ひななといっしょに ぼうけんをしたいのだ」
マメット達に嫉妬の視線を向けられた本人は戸惑い、ヒナナを見る。彼女は優しい笑みを浮かべ、彼らを見つめた。
「うん、みんなで一緒に行きましょう。畑の管理は、また別の子にお願いするわ」
「やったー!」
「いつまでもいっしょだぞ ひなな」
赤毛のマメット二人は満面の笑みで尻尾を揺らす。喜んでいる彼らにヒナナが軽く口付けると、顔を真っ赤にしてぱたんと倒れてしまった。
「ミステル、マメラハ……!」
「ちび達には刺激が強過ぎたのかもな」
「そうみたい……」
気を失っている二人を抱き締めて、ヒナナは困った顔をする。そんな彼女を見つめて、ラハは小首を傾げた。
「で、オレには?」
「え?」
「オレには……してくれねぇの?」
物欲しそうな視線を向けて、少し意地悪な笑みを浮かべる。小悪魔な恋人の仕草にどきっとして、今度はヒナナが頬を染めた。
「ふえっ……えっと……す、すす、するよ!」
慌てる彼女に対して小さく笑い、ラハは目を瞑る。ふぅ、と息を整えて、口付けを待つ彼にそっと、優しいキスを落とした。