Vi et animo

未来へ向けて確かめること

 査問委員会での一件が終わった後、わたしはバルデシオン委員会の分館にある自分の為の部屋で一息吐いた。オールドシャーレアンに向かう際、タタルさんが息抜きにと持たせてくれたイシュガルド産の美味しい紅茶が早速役立っている。紅茶の爽やかな香りが心を落ち着かせ、温かさが癒しとなる。何事も一筋縄ではいかないと思いつつ、明日向かうサベネア島では、問題解決の糸口が掴めればいいなと感じた。
 すると、扉がノックされる。続けて聞こえてきた声に、わたしは嬉しい気持ちになった。
「ラハ、どうぞ」
 言葉を返すと、かちゃりと扉が開く。夜遅くに悪いな、と言いながら、彼は入ってきた。
「大丈夫よ、色々あって中々寝付けなくて、タタルさんから貰った紅茶を飲んでたところだから」
「そうか……調べられる範囲でこっちも動くから、心配すんな。あんたはあんたに出来ることをサンクレッドたちとやってきてくれ」
 彼はわたしの傍まで来て、白い歯を見せて微笑む。無邪気な笑みは輝かしく、先程査問委員会で議員達をある意味追及した人と同一人物とは思えない。少年のような無邪気さと、人生の機敏に通じた年老いた男の威厳さを持ち合わせるのは、彼の魅力でもある。わたしはラハの優しさに安堵し、エスティニアン達と頑張るねと返した。
「本当は俺も行きたかったけれどな……元蒼の竜騎士と英雄であるあんたと一緒に戦いたかったし、サベネア島独自の錬金術ってのも気になるし……!」
 しゅん、と耳を下げ、ラハは気持ちを露わにする。可愛いなぁと思いながら、問題が解決したら一緒に冒険しにいきましょう、と宥めた。
「絶対……絶対だからな? 約束だぞ?」
「うん」
「だから……ファダニエルが作った塔なんかに負けんな。みんなの笑顔を取り戻して、生きて戻って来い」
 隣のスツールに腰掛けているラハは、真剣にこちらを見つめる。紅い瞳には、わたしを案じる気持ちが表れていた。案じつつも、信じているという思いが伝わってくる視線に頷き、ありがとうとお礼を伝えた。
「みんなで生きて戻って来るよ。大切な仲間がいる場所へ……わたし達は、決して一人じゃないから」
「ああ」
 彼は首を縦に振り、小さく微笑む。そう言えば用件を聞いていないことに気付き、何か用があったのと問うた。
「用はだいたい今しがた済んだ。明日ここを発つあんたに、生きて戻って来いって伝えたかったのと……あんたを……その……」
「ん?」
 急にラハは恥ずかしそうにもじもじする。先程や水晶公の時は威厳ある大人の男だったのに……。
 頬を赤くして、彼はわたしを見た。
「あんたを……たくさん抱き締めて感じておきたくて……離れたら、充電不足になっちゃうから……」
 恥じらいながら、ラハは打ち明ける。その内容に恋のときめきと相手が可愛らしいという癒しを感じた。
「確かに……そうだね。どれくらいサベネア島にいることになるか分かんないし……うん、いっぱい抱き締めて」
「ありがとな」
 そう言って、彼はわたしの方に体を向ける。腕を広げてそれでわたしを包み込むように抱き寄せた。衣服越しに、体温を感じる。好きな人の温度は温かく、じんわりと心のもやを払ってくれた。わたしも優しく抱き返す。自然と互いの尻尾も絡み、喜びと安堵が胸に広がっていった。
「ラハ……」
「なに?」
「あの……キスも、して」
「ああ……あんたが満足するまで、何度だって」
 少し体を離して、唇同士を重ねる。柔らかなそれが触れる度に満足感が広がって、それなのにもっとと愛を求めてしまう。欲しがっていることを伝えるように少し口を開くと、ラハは嬉しそうに短く笑って舌を入れてきた。深く、甘く蕩け合って、好きな人の愛を感じる。心のコップが満たされると同時に、好きな人を守らなければという使命感が強まった。
 大好きな彼を、彼が生きる世界を守るために脅威に立ち向かわなくては。大切な仲間と共に、大きな闇に対して牙を剥かなくては。わたしはそう思って、心に抱えていた不安を一掃した。
 唇が離れると、ラハは穏やかな笑顔をわたしに向ける。
「あんたなら大丈夫だって信じてる。未来の冒険の約束のために、俺も出来ることを頑張るよ」
「うん……くれぐれも無茶はしないでね」
「また禁書庫に入らなければならなくなっても、今度はしくじらねぇよ」
 悪戯っぽく笑い、ぽんぽんとわたしの頭を撫でた。危ない場所へ行かないようにして欲しいと思いつつも、自分が明日向かう場所の方が危ないことに気付き、言い返すのを止めた。
 ラハはそのまま立ち上がり、明日に支障をきたすと悪いからと部屋の入口へ向かう。お互いに『おやすみ』と夜の挨拶をして、わたしは部屋を出ていく彼を見送った。

 これから続く未来に、みんなの笑顔がありますように。わたしが歩む道が、どうかみんなの幸せに繋がっていますように――