――彼女が風邪でダウンした。その連絡をタタルから聞いた時は驚いたし、焦った。一昨日まであんな元気に採掘していたのに……流行病というのは本当に急に襲いかかるものなんだと感じさせた。モードゥナの宿屋に寝泊まりしていたが、店主や他の客に風邪をうつすわけにはいかないと、今は石の家の未明の間にいるらしい。俺はとある泊りがけの依頼から戻ってきたその足で、彼女がいる場所へ向かった。
石の家に着くと、リンクシェルで連絡をくれたタタルが出迎えてくれた。彼女はとてとてと駆け寄り、お待ちしてまっした!と安堵した表情で俺を見る。あの人の容態を聞くと、今は熱も下がって落ち着いていると答えた。
「ラハさんのお姿を見ると、安心すると思いまっす。どうぞこちらへ」
そう言って案内するタタルとともに、俺は未明の間に入った。
そこにはいくつかのベッドが置かれており、入り口に近いベッドにあの人はいた。下半身に掛け布団を掛けつつ、座った状態で何か本を読んでいる。熱が下がったとはいえ、起き上がってていいのか、と心配になりながら、傍まで近寄った。
「冒険者さん、ラハさんが戻ってきまっしたよ」
「あ、おかえり」
いつもの調子であの人は話す。まだ完治したわけじゃないのだから、横になっていろと言いたかったが、自分の第一世界での云々を思い出し、出掛けていた言葉を一旦胸に秘めた。
「ただいま。もう大丈夫なのか?」
近くにあった丸椅子を引き寄せて、そこに腰掛ける。タタルはまだ仕事が残っているからと、すぐに元の部屋へ戻っていった。気を遣わせてしまった……かもしれない。
申し訳ない気持ちになっていると、あの人は苦笑いを浮かべ、俺の質問に答えた。
「タタルさんとクルルが用意してくれた薬がとても効くやつで、すっかり元気よ。今日一日は大事を取った方がいいって言うから、ここでのんびりしてるけど」
そう言って、読んでいた本を閉じ、表紙を撫でる。どうやら鉱石の本を読んでいたようで、仕事熱心だなと感じた。
「感覚的には元気かもしんねーけど、それは薬が効いてるからだろ。あんたは無理しやすいんだから、横になって寝てた方がいいんじゃないのか?」
アシエンの驚異が去ったとは言え、世界はまだ不安定だ。争いの種は消えていない。いつ何時、この英雄様が呼ばれるか分からない。それならば、休める時に休んだ方がいい。採掘という仕事の勉強をするのも大事だけど、それよりも健康の方が大切だ。誰かの為に無理をしてしまう彼女に指摘すると、少しムッとした様子で言い返してきた。
「それはあなたもでしょ。限界超えそうなくらい仕事して、闇色シロップ飲まされてたくせに」
「なっ……あれはあの世界のみんなとあんた達の為にだな……!」
「私が頑張るのも、この世界のみんなの為だよ。ラハだって人のこと言えないじゃない」
ほら、一本取ってやったぞ、と言わんばかりの顔であの人は言葉を連ねる。彼女の言っていることは事実の為、何も言い返せなかった。
「うう……確かに、そうだけど……あんたはあの時の俺とは違うんだ。力は無尽蔵じゃないし、怪我や病気で命を落とすことだってある。そんなことになったら、俺は……!」
溢れそうな思いを抑えながら、出来る限り平常心を保ちつつ反論する。もしものこと、なんて展開になったら俺はきっと……いや、絶対に生きていられない気がする。自分と同じように、誰かの為に自分の身を削ってしまう英雄様を真っ直ぐに、強く見つめると、彼女は嬉しそうに小さく笑った。
「ラハは本当に、私のことが好きなんだね。なんだか幸せだな」
「え?」
「自分の為に、そこまで心を動かしてくれる人がいて、その人に愛されてるなんて、私はすごく幸せな人間なんだなって思ったの」
人々に明るさと温かさを与える太陽のように、輝かしい笑みを見せる。彼女の言葉に、それは自分も同じだと思った。
「俺だってそうだよ。お互い様だ。それぐらい……めちゃくちゃあんたのことが好きだから……傷付く姿なんて見たくないんだ。いつも元気でいて欲しいんだよ」
まるで告白のような台詞を口にすると、彼女は一瞬驚いたような顔をしてから、ぽっと頬を赤くした。
「す、素直に言われると恥ずかしい……でも、ありがと、ラハ。体調はほんとに大丈夫だから、今日はこうやって、一緒に話してたいな」
「あっ、ああ……それなら、俺の遠征任務の話を披露しようかな」
「ウルダハまで行ってたんだよね? どうだった?」
恥じらう恋人を見て、自分までドキドキしてしまったが、なんとかいつもの調子に戻る。興味を示してくれる彼女に自分の冒険譚を語りつつ、こんな平和な時間がいつまでも続いて欲しいと、切に願った。