Vi et animo

大切なあなたのために

  ―――その最後は、優しい彼女らしく、仲間を庇うようにして亡くなったそうだ。
 目覚めた後、ヒナナについて聞いた時、ビッグス3世が語った彼女の最後がそれだった。どんな時でも、他者のことを第一に考え、行動する彼女らしい。そう思ったと同時に、優しい彼女はこの痛々しい世界に奪われたのだと認識させられる。
 胸が締め付けられ、悲しみが意識を支配する。遥か未来で目覚めたら、当然、彼女の生きる時代ではないと分かっていたが、子孫には会えるのではと期待を抱いていた。
 しかし、現実は残酷で、目覚めた世界は荒廃の一途を辿り、敬愛した彼女の子孫など存在しなかった。彼女の存在を示すものは、一冊の本だけだった。
 なんと虚しいのだろう。なんと惨たらしいのだろう。
 俺はビッグス3世達が拠点としているキャンプの近くで、自然の輝きを失った世界を見た。枯れた土が、緑を失った木だったものが、汚れた空気がそこにはあった。彼女が守ろうとした世界がこんな姿になってしまったなんて、認められない。彼女には、輝かしい未来で幸せに生きて欲しい。そして……素晴らしい人生だったと後世に伝えられ、俺はそれを未来で知るんだ。その為には、過去を変えなければいけない。ビッグス3世達が成そうとしていることを、成功させなければ。
 俺に、その大役がこなせるだろうか。
 小さな不安を覚える。世界の為にクリスタルタワーと眠る、という決断をした俺だけれど、それも彼女の存在があったからだ。俺だけの力じゃない。けれど、この大役は俺一人の力でやらなければならない。失敗は許されない。
 湧き上がる不安を掻き消すように拳を振ると、何か驚いたような声が聞こえた。
「クエッ……!?」
 見れば、そこにはガーロンド・アイアンワークスの制服を身に着けたチョコボと、小さな機械らしきものがいた。
「お前は確か……」
 実際に見たわけではないが、覚えがある。タワーで眠っている時、垣間見えた彼女の記憶の中で見た、アルファとオメガだ。彼らには寿命というものが存在しないのか、遥か未来のこの世界でも生きていた。
 アルファは怖がっている様子で俺を見ている。拳を振った時に近くにいたらしい。弱々しく鳴きながら、俺を窺っていた。
「驚かせて悪い。お前を傷付けようって意思はないから心配すんな」
 俺はしゃがんで、アルファを見つめる。つぶらな瞳が見つめ返し、一歩、距離を詰めてきた。眠る前のことを思い出すようになんとか笑顔を作り、危険はないことを伝える。アルファは少しずつ俺に近付き、クエッ!と明るい声で挨拶をしてきた。
「元気そうだな。世界はこんなでも、ちゃんと笑顔でいられるのは偉いぞ」
「クエッ」
 アルファは嬉しそうに声を出した。張り詰めていた心が、他愛のないやり取りで少し解される。俺は彼の頭を撫でた。アルファの毛は柔らかく、その感触は気持ちを穏やかにする。思わず、自然と笑顔が浮かんだ。
 すると。
『大丈夫。君なら出来るよ。あの人を救える』
 誰のものか分からない声が、俺の脳内に響いた。
「えっ……?」
 ありえないことに俺は驚き、目を丸くする。そんな俺に対し、アルファはこくりと頷いた。
「今の、お前なのか?」
 また頷く。さすがは未知の存在。言葉を直接飛ばしてくるなんて、人間には出来ない。ノアの一員としてアラグについて調査していた頃なら、どんな仕組みなんだと研究したことだろう。けど、今は違う。彼女を……ヒナナを救わなければ。
 不安を抱えていた俺を励ましてくれたアルファは、柔らかな羽でそっと腕に触れた。大丈夫だと、行動でも伝えてくれているようだった。
「ありがとな。お前の気持ち、ちゃんと届いてるぜ」
「クエッ!」
 希望に満ちた声で鳴くアルファを抱きしめる。未知への憂いでいっぱいだった心は軽くなり、代わりに自信が湧き上がってきた。俺なら彼女を救える。そんな確固たる思いが、俺の背中を押していた。
 気持ちを整えた俺は、アルファを開放する。彼は真っ直ぐな瞳で俺を見つめ、応援するかのように、羽を上に上げた。
「クエッ」
「ああ、俺は進むよ。あの人の為に。みんなの為に」
 そう答えて、俺はキャンプに戻る。大切な人を救う為の戦いは、まだ始まったばかりだ。