Vi et animo

君を支えたい

 朝、目が覚めた時、ああ、きちんと『明日』を迎えられたと安堵することがある。イシュガルドにおける竜詩戦争を止める為に奔走していた時、アラミゴやドマを解放する為に仲間達と戦っていた時とかは特にそうだった。緊迫感が心に大きな負担を掛け、見えない不安を煽っているせいかもしれない。もしかしたら夜中に敵襲に遭い、朝日を拝めない可能性があるからだ。ただの冒険者だった時はそんなことなかったのに……。多くの人を救い、英雄と謳われるようになってからは、そんな朝が多くなった。
 みんなとともに第一世界から帰還し、数日だったある夜。レヴナンツトールの入口にある石の門に登って、ラハと星を見ていた時、わたしはそのことを彼に話した。案の定、今は眠れているのかと心配されたが、何も大きな問題が頻発していない現在は平気だと答えると、彼はホッとした様子で息を吐いた。
「ずっとそんな状態なのかと思って心配したよ。というか……あんたは色々背負い過ぎだ」
 安堵の色を見せていたのは一瞬で、すぐに憂うような顔になる。少し距離を詰めて、そっと髪を撫でてくれた。
「と、言われても……」
 『英雄』なのだから仕方ない、困っている人を放っておけないのだから仕方ない、という言葉が口から出かける。しかし言ったら益々怒られそうだし、それをラハも知っていると思って、外には出さなかった。
「あんたの立場や性分のせいってのは分かってる。でも、もう少し……俺や他のみんなにその荷物を分けてくれ。せめて俺と一緒に眠る時だけは、安心して夢を見れる夜であってくれ」
 わたしの瞳を真っ直ぐに見つめ、彼は泣き出しそうな表情で告げる。萎れた耳と尻尾が、悲しみの感情をより強力に印象付けた。
「ラハ……」
「大きなことを一人で抱えてた俺が言えた立場じゃないと思う。だからこそ……俺と同じように行動して欲しくないんだ。あんたには、不安なく笑顔でいて欲しいんだよ」
  な?と語り掛けるように、ラハは柔らかく微笑む。それはどこか寂しさが隠れた笑みで、彼を心配させていると痛いほどに感じさせた。
「うん……ラハやアルフィノ達に、もっと頼るようにする。あなたに、そんな顔をさせないように気を付ける……」
 ラハの言葉を受け入れて、わたしは抱き付く。そっと温かな腕が伸ばされて、大切なものを扱うようにわたしを包み込んだ。
「俺はあんたと一緒に、たくさんの明日を見ていきたい。あんたの隣で、一緒に色んな世界を目にしたい。それには、互いが笑顔で元気であることが大前提だ。だから、重たい物、抱え過ぎんなよ」
 優しい声が耳元で奏でられる。わたしはその言葉に頷いて、自分もラハと共にたくさん冒険がしたいと伝えた。
「お互いに、心身ともに元気であれば冒険はいくらだって出来るさ。つーわけで、今日はもう寝るか」
 ラハはそう言ってわたしから離れようとした。思わず、拒否するように腕に力が入ってしまう。まだ、彼の体温を感じてたいと思う自分がいた。
「ん……? どした?」
「もう少し……このままでいさせて……」
「おっ……ああ……」
 突然の要望に、ラハは戸惑いの声を漏らす。視界に映る尻尾が、少し忙しくなく動いた気がした。
「こうしてると……安心するんだ。ラハのことが好きだからかな」
「だろうな。俺もそうなる。今は……ドキドキしてるけど」
「え?」
「あんたが急に甘えてきたから、変に意識しちまったっていうか……なんていうか……」
 彼の声は次第に小さくなっていく。気になって視線を移すと、耳をぴこぴこさせて、頬を赤くしているラハがいた。
「照れてるの?」
「す、好きな奴に甘えられたら当然だろ! ああもう、気持ちが収まらねぇ。キス……していいか?」
「うん……」
 こういう時でも、きちんと確認してくれるラハは優しいと思いながら、口付けを了承する。
 彼は嬉しそうにはにかんで、そっと唇を重ねた。
「ん……」
 触れるような口付けは、すぐに濃厚なものとなり、心に愛の炎が灯る。外だからと声を極力我慢していると、彼は熱い吐息を零し、唇を耳元に寄せた。
「なあ、今日は石の家じゃなくて、宿屋行こうぜ」
 その言葉が何を意味するのか知っているわたしは、恥じらいながら同意する。明日は、彼と共に幸せな朝を迎えるのだろうと思いながら、一緒に目的地へ向かった。