Vi et animo

未来のもう一つの約束

 それは、星芒祭のお手伝いを終え、オールド・シャーレアンへ足を伸ばした時のこと。ミューヌさんから『君の分だよ』と渡されたシュネーバルの入った袋を手にしてバルデシオン分館を訪れると、ラハとクルルさんは何かの本に目を通していた。
「こんにちは……って、ごめんなさい、お仕事中だったかな」
 邪魔をしてしまったのでは、と申し訳なく思っていると、わたしの存在に気付いた二人が顔を上げて微笑む。
「あら、ヒナナさん、こんにちは。ちょっと調べ物をしていただけよ」
「ああ、今度行なう調査で気になる部分があってさ。念の為文献を見ていただけだから」
 温かな表情で受け入れ、優しい言葉を掛けてくれる二人に感謝しつつ、わたしは近くに寄った。すると、ラハの鼻がぴくぴくっと動き、子どものように期待の光を宿した瞳で見つめてくる。
「ヒナナ、もしかして甘いお菓子とか持ってきてくれたのか!?」
 どうやら彼は嗅覚も良いらしく、シュネーバルの香りを察知したようだ。その才能に驚きつつ、可愛らしい反応に小さく微笑む。わたしは頷き、グリダニアでのルディ達との出来事を話した。
「小さいけれども大きな勇気を持ったイエティかぁ……本当にあんたは色んな人を救ってるんだな」
「分け隔てなく心を救って行くのが、あなたの人生の意義なのかもしれないわね」
 わたしはそんな大それた事はしていないと思いつつ、自分の中には『アゼム』の魂があることを思い出す。遥か遠い昔から、『ヒナナ』という存在の生きる意味は決まっていたのかもしれない。『アゼム』の名前を冠した彼女や、ヴェーネスがそうして来たように。
 話を聞き終えたクルルさんは、さて、と言って本を閉じて机に置く。わたしとラハを見つめ、折角だからお菓子は二人で楽しんで、と言った。
「え? クルルさんは?」
「ヌーメノン大書院に行って別の調べ物をして来るわ。少しだけ、私とオジカの分を残しておいてくれれば大丈夫だから……お二人でごゆっくり」
 疑問を抱くわたし達に、彼女は大人っぽい余裕のある笑みを浮かべる。お上品に礼をして、とことことララフェル族の歩幅で部屋を出ていくのを見送り、わたしは隣にいるラハを見た。
「……ものすごく気を遣われてしまった」
「だ、だよね……申し訳ないことしちゃったな……」
 二人して頬を赤くしてそわそわする。互いに耳と尻尾を忙しなく動かし、どうすべきかと悩んだ後、仕方ないと判断したわたしは彼を見た。
「折角だし、ご厚意に甘えましょう。甘いお菓子に合う紅茶ってあるかな?」
「ああ、それならクルルがグリダニアで買った森の香りがする茶葉がこっちに……」
 ラハもわたしの意見に同意してくれたようで、メインルームの棚から茶葉の入った缶を取り出す。二人でお茶会の準備をし、静かな空間で小さなティーパーティーを始めた。
 さくさくで程好い甘さのシュネーバルを味わいながら、わたしとラハは互いの近況を話す。彼はクルルさんやオジカさんと三人でバルデシオン委員会復活の為に色々と頑張っているらしく、先日はサベネア島に足を運んだことを話してくれた。
「ニッダーナ達に知恵を借りるのが目的だったから、行ったのはデミールの遺烈郷だけなんだけど……みんな元気そうで、また笑顔が見れて良かったって心から思ったよ」
「そうね、本当にどこまでも闇しかないのかと思ってしまうような状況だった……でも、ラハやみんながいてくれたから、こうしてここに生きている……あなたとの冒険の約束も叶えたいし、エメトセルクが言っていた場所にも行ってみたいし」
「いや、あんたがいてくれたから前へ進めたんだ。すごく支えられてるよ、ありがとう」
 ラハは優しく微笑み、お礼を言葉を口にする。お互いにお互いを心身ともに支え合ってここまで来たんだなと実感し、とても恵まれた環境であることに感謝した。これも、ハイデリンが……ヴェーネスが導いてくれた結果なのだろう。人の可能性を尊重し、愛してくれたあの人の優しい導きの。
 小さなシュネーバルを口に放り込み、甘さを感じながらあることを思い出す。彼に感謝を抱いた今こそ最適な瞬間なのではないかと考え、子どもの頃、星芒祭の時期に家族と行なっていたあることを話した。
「互いのおすすめの本を贈る……いいな、それ」
「相手のことを考えながら、相手に伝えたい気持ちも込めて本をプレゼントしていたの。ラハも、血の繋がってる家族ではないけれど、とても大切な人だから……」
 胸の熱さを覚えながら、心に抱いた気持ちを伝える。ラハはぽんっと頬を赤くして、お、おお、おう……と動揺を見せた。
「わ、わたしなんか変なこと言った?」
「いや……いや、違う……その……な、なんか、プロポーズみたいだなって思って……か、勝手にめちゃくちゃドキドキしてただけだから……」
 耳と尻尾を激しく動かし、ラハは答える。プロポーズみたい、という言葉を聞いて、わたしも強い羞恥を覚えた。
「そ、そそ、そんなつもりは……あ、その、ラハとそういう関係になりたくないとかじゃなくて……あっ、と、えと……」
 またもや互いに焦り始める。きっとクルルさんやシュトラ達がいたら、苦笑いされるんだろうなと思った。
「悪い……変に動揺させちまって……まあ、その……お互い落ち着いたら……ちゃんと考えたいとは思ってるんだ。ヒナナ……あんたが、その……俺の、お嫁さんになるってこと……」
「うん……」
 相変わらず耳と尻尾を忙しなく動かしつつも、わたしの瞳をしっかりと見つめて、ラハは言葉を紡ぐ。冒険とは別の、未来の約束をしてもらっているということに心が熱を持ち、とても嬉しくなった。
「ありがとう……わたし、あなたに愛されて、本当に幸せ」
「俺も……あんたを好きになって、恋人になって、ここに生きていて、すげぇ幸せだぜ」
 小さく笑って、ラハは椅子から立ち上がる。わたしの前に来ると、そっと手を差し伸べた。
「あとはクルル達の為に残しておいて、本を探しに行こうぜ。露天書店に掘り出し物があるはずだからな」
 先程まで真っ赤だった頬は落ち着き、いつもの無邪気な笑顔が浮かんでいる。しっかりと将来のことを見据え、わたしを愛してくれている大人っぽいラハも、こうして知的好奇心旺盛な子どもっぽいラハもどっちも大好きだなぁと思いつつ、その手を取って立ち上がった。
「うん、ラハにぴったりな本を選ぶね!」
 少し出掛けることとお菓子はご自由にと書き置きに残し、わたし達はマーケット方面に向かう。この先もずっと一緒だと約束をするように手を繋いで、爽やかな海風が漂うオールド・シャーレアンの町を歩いた。