『今年もコスタ・デル・ソルで紅蓮祭があるそうでっす!』というタタルの言葉を聞いて、俺とヒナナは太陽が煌めく透明な海にやって来た。以前来た時は、第一世界での問題を解決し、こちらで目覚めたばかりで微妙な関係のまま来てしまった――結果的に共に紅蓮祭に参加した事でより深い仲になれたのだが――が、今年は違う。第一世界で過ごしていた頃くらいに仲の良いヒナナとともに祭りを楽しめる余裕がある……はずだった。
「なんか、いつもと視線が違うから慣れないな……」
「ふふっ、そうね。いつもは同じ高さだけど、今はわたしが見上げているもの」
俺の腰元ぐらいまでしか背の高さがないヒナナは楽しそうに笑う。何故、彼女がこんな身長なのかと言うと、冒険者ギルドで請け負った依頼の報酬で、『幻想薬』という見た目や性別まで一時的に変えてしまう薬を貰ってそれを飲んだからだ。ミコッテ族のムーンキーパーだった彼女は、ララフェル族のプレーンフォークになっている。小さな彼女はまるで幼い子どものようで、傍から見れば兄妹や親子のようだ。これはこれで大変可愛いのだが、幼子のようなヒナナに恋人のような触れ合い方をしていいのかと悩んでしまい、あまりそういうことはしないようにしていた。本当は、折角のデートなのだから触れたり、キスしたりしたいのだけど。
そんな俺の気持ちを恐らく知らないヒナナは、いつもと違う視界を楽しんでいる。ここにはこんな花が咲いていたのね、とか下から見るとこの建物はこうなっているのね、とかうきうきしながら見てるからな……。まあ、俺も知らない植物を見つけられたりして研究者としては楽しいんだが。
いつもの桃色の水着を身に付けた小さなヒナナと手を繋いで海の近くを散歩する。普段とは異なる状態を満喫していた彼女だったが、俺の気持ちが顔に出てしまっていたようで、心配そうな表情になった。
「どうしたの? ラハ……」
「え、いや、なんでもねぇよ?」
不安にさせたくなくて誤魔化す。けれどもヒナナはそれが嘘だと察したようで、頬を膨らませた。
「なんでもなくないことないでしょ? あまり、楽しくなさそうな顔してたよ?」
ああ、この人はなんでこんな勘が良いんだろうと思った。英雄としての才なのか、人を見る目があるのかは分からないけれども。
「……あんたには隠し事出来ないな」
「ラハが隠すの下手っていうのもあるけどね」
「なっ……」
前にも言われたことがあることを言われて、恥ずかしくなる。こほん、と一つ咳払いをして、人には得意不得意があるからな、と言った。
「そうだね。それで、ラハはなんでつまらなそうな顔してたの?」
「実は、その、な……」
種族の変化によって戸惑っていたことを打ち明ける。それを聞いてヒナナはハッとし、気付けなくてごめんなさい、と謝った。
「あんたが謝ることじゃない。姿が変わってもヒナナはヒナナなのに、それを上手く受け止められない俺が良くないんだ」
謝罪に謝罪で返し、地面を見つめる。自分の抱くヒナナへの愛情が足りないせいで困惑していると考えた俺は、力不足に悔しさを感じる。
すると、ヒナナは足にぎゅっと抱きついて、ラハのせいじゃないと言った。
「突然、見た目が変わったら誰だって戸惑うよ。それに、わたしに触れたいと思ったら触れていいし、ちょっとやりづらいけど、キスも、していいから……」
言いながら、ヒナナは頬を赤らめる。彼女が口に出してくれた言葉は、俺の心を温かく包んでくれた。柔らかな幸福が込み上げてきて、胸がじんわり熱を持つ。小さなヒナナを抱き上げて、ありがとう、と礼を言った。
「あんたの優しさに救われたよ。やっぱり、俺にとって憧れの、最高の英雄だ」
抱き上げて、視線が同じくらいになった彼女の唇をそっと奪う。その柔らかさは、ミコッテの時と変わらなかった。
「きゅ、急にはびっくりするよ……!」
「わりぃ、ヒナナが好き過ぎてつい……」
嬉しさのあまり愛情表現が行き過ぎてしまったことを謝る。耳までしゅんと垂れ下がってしまったようで、ヒナナはくすりと笑い、手を伸ばして撫でてくれた。
「ラハは気持ちの表し方が豊かで面白いね、なんだか、愛おしい」
「お、おう」
褒められたのかよく分からないけれど、ヒナナが笑ってくれたので良しと思うことにした。
「ヒナナ」
「なあに?」
「ちょっと、抱っこしたまま海辺を散歩していいか?」
「いいよ。ラハと同じ視線で同じものを見るのも、好きだから」
彼女は綺麗な笑顔を俺に向ける。きゅん、と音がなりそうなときめきと恥じらいを覚えつつも、俺は頷いて足を動かした。ヒナナの優しい温もりを、胸元に感じながら。