Vi et animo

君と綴っていく未来

 原初世界に戻り、二週間ほど経ったある日、ラハはわたしにとある依頼を持ち掛けた。申し訳なさそうに、けれども好奇心旺盛な少年のように彼が言ったのは、『あんたが旅の中で出会った蛮族達に自分も会ってみたい』。ラハは以前、水晶公だった時にわたしが話した旅の思い出を覚えていて、実際にこの目で見たいと思っているようだった。すぐに答えないわたしに対し、急に言ったら迷惑だよな……と耳を下方に向ける。しゅん、と落ち込んでしまったラハにそんなことないと返し、旅の準備をして会いに行きましょうと伝えた。
「いいのか!?」
「もちろん。ラハに見せたいものもあるし」
 わたしの言葉にラハの瞳は星空のように輝き、耳もぴんと元気になった。彼の素直な反応を見て、嬉しくなる。素敵な冒険になるだろうと思いながら、わたしは心を躍らせた。

 数日後。わたしとラハは高地ドラヴァニアにあるテイルフェザー近くを歩いていた。草木が自生しつつも、岩肌が所々剥き出しになっている道なき道を進む。目指すは冒険者に憧れ、冒険者として活躍する彼がいる場所だ。襲い来るメリアエなどの魔物を時折切り伏せながら、目的地に向かった。ラハはイシュガルドに到着した時からわくわくした様子を隠し切れずにいたが、竜やモーグリ族が住むソーム・アルの山々を見てさらにテンションが上がったらしい。あっちにも行くのか?とうきうきしながら尋ねる彼に、冒険の最終目的地はあの山だからと答えた。本当にラハは、あの物語と冒険が大好きなんだなと思い、幸せな気持ちになる。あの時はただ、人々を苦しめる戦争を終わらせたいとただそれだけだったけれど、みんなで諦めずに前へ進んで良かったと感じた。その結果、大切な人の笑顔もこうして見ることが出来たのだから。
 独特の装飾が施されているヴァスの塚に着くと、ずっと待っていたかのようにウデキキが出迎えてくれた。
「師匠ー! 久しぶり!」
 かさかさかさかさと足を動かして、彼はわたし達に近付く。独特の音にラハは一瞬驚いていたが、すぐに興味深そうな視線をウデキキに向ける。
「ウデキキ、久しぶり。塚のみんなも元気にしてた?」
「シシシ……ああ、みんなやりたいことたくさんあって、倒れてる暇もないよ。オイラも師匠みたいな凄腕の冒険者を目指して毎日頑張ってる」
 小さく笑って、ウデキキは近況を伝えてくれる。わたしはラハのことを紹介し、『大切な人』という単語にウデキキは強く興味を示した。
「師匠の大切な人……恋人ってやつだろ? なんか、胸がぽかぽかする。いいな」
 まるで自分の幸せのように話す彼を見て、恥ずかしくなってしまう。それはラハも同じようで、頬をほんのり赤くしていた。何か別の話題を振らなければと思っていると、ふわんふわんという特徴的な音を鳴らして、白くてふかふかの生き物がやって来た。
「くぽ~! 遅くなってごめんなさいくぽ」
「あ、モグジン」
 ナイスタイミングで現れてくれた、とわたしは心の中で安堵する。ヴァスの塚に到着するおおよその時間は分かっていたので、モグジンにはその前後に塚まで来て欲しいと事前に伝えてあった。その時間を過ぎてしまったことを謝ってくれたが、遅れてくれて助かったと思った。
「平気よ。修復作業もある中、来てくれてありがとう」
「くぽぽ! センセイの為ならモグは頑張って遠い所へも行くくぽよ」
 モグジンは自信を持って答える。彼といいウデキキといい、心強い仲間に出会えたことに感謝した。
 わたしの隣で自分を見つめるラハに視線を向け、モグジンはぼんぼんを揺らす。
「君がセンセイの大切な人くぽ? 会えて嬉しいくぽ~~」
 喜びを体現し、ぼんぼんを振りながらラハの周りを飛び回る。当の本人は戸惑いながらも、ありがとう、俺もだと返した。
「強くて優しそうくぽ。お名前はなんて言うくぽ?」
「グ・ラハ・ティアだ」
「グ・ラハ・ティア……かっこいいくぽ! ラハさんって呼んでいいくぽ?」
 モグジンの問いにラハは頷く。オイラもオイラも!とウデキキが手を挙げたので、勿論構わないと彼は答えた。
「ありがとう。オイラのことは呼び捨てでいいからな」
「ああ。ところで……あんた達から直接聞きたいことがあるんだが、いいか?」
 気に入った書籍を読み耽る時に見せる笑顔を浮かべ、ラハは知りたいことを探求する。
「うん、いいぜ」「オッケーくぽ」
「あんた達とヒナナがどんな物語を紡いだのか知りたいんだ。彼女からも大方のことは聞いてるんだが、周りから見たヒナナのことも聞きたくて」
「それくらいお安い御用だ」「モグ達とセンセイのお話、たくさん教えるくぽ」
 ラハのお願いを二匹は快諾し、順番に語り始める。繋がりし者からの独立、冒険者としての出発、聞こえてしまった声との戦い―――あの時、師匠や師匠を通して出会ったみんながいなければ、今のオイラはなかったよとウデキキは話す。オイラからしたら、師匠は冒険者の師匠であると同時に、命の恩人なんだ、と彼はラハに言った。モグジンは修復団結成のごたごたや、わたしやタレソン指導の下、広場の修復、竜とヒトとモーグリ族の関係の修復について語った。センセイがいたからこそ、すぐ仕事をサボろうとするみんなを引っ張って広場の修復を最後までやり遂げられたし、宮殿の修復だって頑張れてるくぽ。センセイはみんなに希望を与えてくれる人なんだくぽ、とモグジンはラハに話した。
 二匹の話を聞いて、わたしは先程よりも恥ずかしくなる。ただ頑張っている彼らを放っておけなくて一緒に前へ進んだだけなのに、ここまで称賛の嵐になるとは……。ラハは何度も頷き、やっぱりヒナナはすごいな、とさらに追い打ちを掛けた。
「ど、どんな顔したらいいか分からなくなるから、それくらいにして……」
「ふふっ。褒められてるんだから、堂々としていればいいんだよ。あんたは立派な人だ」
 ラハは微笑む。それが出来ないから困っているんだと思いながら、彼らを見た。
「日が落ちる前に最後の目的地に行こうと思ってて……出発しても大丈夫?」
「ああ。俺に見せたいものがあるって言ってたな、構わないよ」
「師匠とももう少し話したかったけど、まだ行く場所があるなら仕方ない」
「ということは、いよいよモグの出番くぽね?」
 最後へどこへ行くのか。それを知っているモグジンはぼんぼんをぴんと上へ向けて背筋を正す。頷けば、彼はくるりと回って意気込みを示した。
「戦いはセンセイの方が慣れてると思うけど、あれはモグ達とセンセイ達とみんなで作ったものくぽ。精一杯ご案内するくぽ」
「よろしくね。それと、また帰りもここを通るから、その時お話しましょう、ウデキキ」
 少し寂しそうだった彼に笑い掛けると、嬉しさと恥ずかしさが混じった表情を見せる。ここで待っているから必ず来てくれ、と返したウデキキに別れを告げ、わたし達はソーム・アルの山頂へ足を運んだ。
 竜とモーグリ族が住まう、ソーム・アル。その奥にある、バール・レス広場。モグモグ修復団とイシュガルドの職人達と竜とともに再生したこの広場の中心には、『竜、ヒト、モーグリ族の絆の証』が飾られている。遥か遠い昔にも存在したそれは、新しく今の時代を生きる者達の名前が刻まれ、わたし達の歩みを後世へ残す為にそこにある。わたしがラハに見せたいと思っていたのはこれだった。どの書物にも書かれていない、当事者しか知らない友愛の証。しかしこれは、第八霊災を回避し、新しい未来へ歩み始めている今の人々には伝えていかなくてはいけないものだ。竜と和解の道を歩むイシュガルドの存在とともに、例えいがみ合っていても、きっと手を取り合える日が来るのだと。休戦状態である帝国とも、戦い以外の道がもしかしたら開けるかもしれないと。その思いを大切な人に伝えたくて、最後の目的地をここに選んだ。
 わたしやモグジンの名前が刻まれた石碑を見て、モグジンの説明を受けてラハは何かを考えるように目を閉じる。雲海の風の音と、時折通過する竜の羽の音だけが聞こえた。もう夜を迎えていた為、モーグリ族も職人達も仕事は終えている。暫くして、ラハはゆっくりと目を開き、モグジンとわたしを順に見た。
「ヒナナ、あんたの思い、伝わって来てるよ。誰もが分け隔てなく平和に生きられる世界……それがあんたの理想なんだな。千年に渡り戦って来たヒトと竜が、ともに一つのことを成せたように」
「うん……たくさんの人を悲しい気持ちにさせてきた帝国と仲良くなるなんて、夢物語かもしれないし、憎しみを拭えない人だって必ずいる。でも、互いに憎しみあっていたヒトと竜がこうして広場の復興をモーグリ族とともに出来たように、戦争を終わらせられたように、少しでも近付くことは出来るんじゃないかなって思うの」
 心の中に秘めていた考えを話す。それをラハは穏やかな表情で真っ直ぐに聞いて、そっと手を包み込んでくれた。
「いつか叶うさ、その思いも。あんたは、俺達と一緒に不可能を可能にしたんだ、あの世界で。信じていれば現実となる。辛くても、俺が支えるから」
「ラハ……」
 温かな希望が胸いっぱいに広がった。彼と一緒なら、どんな困難でも乗り越えていける気がした。わたしは満面の笑みで頷く。彼も笑顔を見せ、そっとわたしの耳に、優しい口付けを落とした。

 新たな未来で、わたしと彼はどんな物語を紡いでいくのだろう。それは誰にも分からない。けれど、心から支えてくれるラハとなら、みんなが笑い合える素敵な未来を作っていける気がする。互いに支え合って、前へ前へ、一歩ずつ。