Vi et animo

ハピネスもたらす甘いもの

 ぷにぷにの愛くるしい頬をくるくると撫で回し、満面の笑みを浮かべてララフェル族くらいのサイズのレポリットは言った。
「是非、ヒナナさんとグ・ラハさんにお願いしたいのです!」
 彼の纏う心が癒される可愛さに隣のヒナナはすっかり虜になっていたようで、すぐにOKの返事を返した。
「任せてプディングウェイ。あなたの作る最高のプディングの為に、頑張るわ!」
 彼女が良いならそれでいい、と思っていた俺も頷き、大舟に乗ったつもりでいるように伝える。
「ヒナナは戦闘は勿論、採集も得意だからな、必ず見つけるさ、『ハピネスエッグ』をな」
 胸をとん、とぐーの手で叩き、にっこりと笑う。プディングウェイは嬉しそうに耳をぴこぴこ動かして、ありがとうございます!と礼を言った。

 それが数日前の出来事。ヒナナと仲の良い、プディングウェイから、最高のプディングのレシピ第一弾が出来たが、プディングに大切な卵がとても希少な卵で戦闘が苦手な自分では取りに行けないので取りに行って欲しいという依頼が舞い込んだのが始まりだ。レポリットの無垢な可愛さに夢中なヒナナはすぐに承諾し、希少な『ハピネスエッグ』があるサベネア地方まで足を運んだ。
 サベネア地方は相変わらず蒸し暑く、衣服を薄着にしても氷の魔法で体感温度を下げても不快感がある。慣れれば平気、みたいなことを前にニッダーナが言っていた気がするが、恐らくマタンガ族とミコッテ族の違いもあるのだろう。俺やヒナナはなかなか慣れることが出来なかった。
 そんな、不慣れな土地でのハピネスエッグ回収任務。任務自体は問題なく完了した。ハッピーコッコというニワトリに似た魔物の巣から卵をいくつか回収し、ひとまず近くのラザハンまで戻ろう、とした時、ゲリラ豪雨の雨雲が運悪くサベネア地方にやって来たようで、大粒の雨が襲いかかった。俺達は慌てて近くの洞窟に避難する。薄暗く、奥は暗闇で何も見えない場所だったが、殺気は感じられなかったのでひとまず安全だろうと判断した。
 ヒナナは座っても問題なさそうな場所に腰を下ろす。俺はそこら辺に転がっている燃やせそうなものを掻き集め、火の魔法で焚き火をこさえた。
「濡れちまっただろ? 冷えると良くないからさ」
「ありがとう」
 彼女は微笑んで礼を言い、焚き火の近くに座り直す。俺は隣に腰掛けて、土砂降りの外を見た。
「湿気の多い地域ってのは、本当に天候が安定しないんだな。本で世界の気候について読んだことあるけど、実際に見たのは初めてだ」
「わたしもこういう地域はサベネアが初めてよ。世界にはまだ知らないことがたくさんあるんだなぁって、改めて思うわ」
 俺の言葉に頷いて、ヒナナは感心した表情をする。俺よりも色んな場所に足を運んでいる彼女も、同じ初めてなのだと嬉しく思った。
 すると、ヒナナは怪訝そうな顔をする。どうしたんだろうと思って尋ねると、彼女は少し恥じらいながらボソッと呟いた。
「ふ、服が濡れて、透けてるのかと思って……ラハがいやらしいこと考えてにこにこしてるのかと思って……」
「あっ……」
 そういうつもりは微塵もなかった。本当に微塵もなかった。けれども彼女の状況と自分の行動が意図しない偶然を生んでしまったことに気付き、焦った。恐らく、尻尾と耳がばたばたと動いていただろう。
「いや、そうじゃない! 俺はその、色んなところへ冒険しに行っているあんたも同じ初めてなんだなって思って嬉しくて……」
 遅いかもしれないと思いつつ弁明する。ヒナナは疑いの表情を続けていたものの、小さく笑って温顔を見せた。
「ふふっ、ラハだったら別に構わないけどね。好きな人だし」
「はっ……!? まじで?」
「恋人だから……特別だよ」
 視線を逸らし、頬を赤らめて彼女は答える。羞恥を見せるヒナナは可愛らしくて、俺の心は熱を持った。
「はぁ……ほんと、あんた可愛すぎ」
「きゃっ」
 熱を纏った心は俺の体を動かし、ヒナナを抱き締めさせる。柔らかだが戦い慣れた彼女の体はしっかりとしていて収まりが良い。優しく包むように抱擁し、感触と体温を感じた。
「そんなこと言われると、色々我慢出来なくなるぞ」
「ラ、ラハ……!? ここ外だし、魔物が近寄る危険性もあるからだめだからね!?」
「さすがにここではやらねぇって。ただ……オールド・シャーレアンに戻る前に、ラザハンで一泊して、その……」
 いざ本音を言おうとすると恥ずかしくなってしまう。何度もヒナナとは体を重ねているのに……体に記憶はないけれど、魂にある記憶では水晶公の時も彼女と何度も夜を過ごしたのに……かっこよく決められない自分に悔しさを覚えつつ、ヒナナを見た。
「う、うん……それなら、大丈夫だから……」
 耳をぴこぴこ動かす彼女の頬にキスをして、ありがとな、と返した。
「お礼を言うことじゃないわ。わたしも恋愛に詳しいわけじゃないけど、大好きなラハと……その、気持ちいいことするのは、愛されてるなって思って嬉しいから」
「おう、そっか……なんか、照れるな……」
 愛に満ちたヒナナの言葉に、益々心の中に熱く滾る感情が溢れる。早く雨が収まらないかと思いながら、洞窟での時間を過ごした。

 翌日。オールド・シャーレアンに戻って来た俺とヒナナは、プディングウェイに『ハピネスエッグ』を手渡した。パステルピンクとホワイトのしましまの卵を手にしたプディングウェイは、随喜の表情を浮かべた。
「これがハピネスエッグ! ヒナナさん、グ・ラハさん、ありがとうございます! 早速最高のプディングを作って来ますね。ラスト・スタンドのテラス席で待っていてください」
 長い耳を元気良く動かして、プディングウェイはラスト・スタンドの調理場へ向かって行く。どんなプディングが出来るか楽しみだね、というヒナナの手を引いて、俺はカフェまでの道を歩いた。
 『みんなをプディングで幸せにしたい』というプディングウェイが作った最高のプディング第一弾は、見た目は至って普通のプディングと変わらない。クリーム色のぷるぷるした部分に、茶色のカラメルソースが乗っている。甘い物が好きなヒナナは、期待に満ちた瞳をしていた。
「どうぞ、お召し上がりください!」
「うん、それじゃあ、いただきます」
「いただきます!」
 スプーンでそっと掬い、口に運ぶ。舌に乗せた瞬間、今まで感じたことのない満ち足りた幸福が全身に駆け巡った。
「うおおっ! めっちゃ美味い!」
「本当ですか!? やったー!」
 プディングウェイはぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現する。ヒナナも尻尾をくねくねと動かし、至福を表していた。
「とっても美味しいわ。それに、美味しさと一緒に幸せな気持ちが満ちていくの……素敵なプディングね」
「ふふっ。それはハピネスエッグの力です。あの卵には、食した者に至上の幸福を与える作用があるのです」
「だからハピネスエッグ、なのか」
 プディングウェイの説明に感心する。頬をくるくると撫でて、にっこりと笑った。
「このプディングはたくさんの人を幸せに出来る。すげぇの作ったな、プディングウェイ」
「たくさんの人を……! それは嬉しいです。でも、やはりハピネスエッグを手に入れるのが難しいので、そこをなんとかしないと多くの人々に提供するのは難しそうですね」
 少々困った顔になって、彼は問題を口にする。それに対してヒナナは、グリーナーを頼ると良いと教えた。
「あなたの代わりに危険な場所へ赴いて、目的の品を手に入れてくれるわ。それならたくさん作れるでしょう?」
「そんな素敵なお仕事をされているヒトがいるのですね! お願いしたいと思います」
 幸せをもたらすプディングの増産も順調になりそうだと思いつつ、優しい笑顔でプディングウェイを見つめるヒナナを視界に収める。可愛らしく、温かい心を持つ彼女を愛おしいと思いながら、最高のプディングをもう一口食べた。