Vi et animo

君と過ごす他愛のない時間

 テンパード化の治療の研究を進める為に魔大陸へ―――行き先が決まったあと、ラハは申し訳なさそうにわたしとアリゼーを見た。
「すぐに向かいたいところだと思うんだが、ちょっと、装備を整えてからでいいか?」
「アラグ文明の遺物がわんさかある場所ですもんね、念の為の準備は必要だわ。構わないわよ」
 ちょっとばかり先輩風を吹かせて、アリゼーは答える。ラハは嬉しそうに礼を言い、わたしに付き合ってくれないかと提案した。
「いいよ。でも、魔術の杖のことはよく分かってないけど、わたしで大丈夫?」
 竜騎士や暗黒騎士としての戦い方なら心得ているが、魔術の領域は未知だ。素人同然の自分がお供で良いのかと不安に思った。
「構わない。寧ろ、俺はあんたと……」
 ラハはそこまで言って頬を赤らめる。それを見てアリゼーはにやり、と微笑み、仕方ないわねと呟いた。
「二人きりになりたいなら行ってきなさいよ。私の大切な親友を貸してあげるから」
「いや、俺はそういうわけでは……!」
 アリゼーの言葉にラハはわたわたする。わたしと二人きりになりたい、という彼の意見に喜びとときめきを覚えた。
 すると、やり取りを横で見ていたタタルさんがひょっこり顔を出す。
「新人さんは恋にお盛んでっすね~。ふふっ、良いのでっすよ! お二人で少しだけ、デートしてきてくださっい」
「た、タタルまで……」
 完全にラハは女性陣の勢いに負けていた。たじたじになっている彼を見て小さく笑い、手を繋いだ。
「ヒナナ……?」
「行こう? わたしも……ラハとデートしたいな」
 お強請りするように、彼を見つめる。ラハはより頬の朱を濃くして、こくりと頷いた。
「あっ……ああ、それなら、その……行こうぜ」
 色恋沙汰に慣れていない彼は、わたしの手を優しく引きながら、石の家をあとにした。温かい目で見守るアリゼーとタタルに行ってきますと目配せをし、ラハの手を少し強く握った。

 ロウェナ商会会館の前に広がる商店街。アラガムストーンと武器を交換してくれるお店や、武具投影関連のアイテムを売るお店。様々なお店が出ている中で、ラハは新調した杖の魔力を補助するアイテムを購入した。
 修行したし平気じゃない?と尋ねると、あんたやみんなを守る為には、まだ駄目なんだと返ってきた。ラハは心配性だなぁと思いつつ、真っ直ぐな彼の気持ちを嬉しいと感じる。胸の内がぽかぽかしてきた。にこにこしていると、ラハははにかみ、近くのカフェに行こうぜと誘ってきた。
 タタルさん達に待ってもらっているという後ろ髪引かれる気持ちはありつつも、少しだけデートして来いと背中を押されてる部分もあるため、わたしは頷く。フ・ラミンさんとお話したこともあるカフェに足を運び、ラハと一緒にイシュガルドの茶葉を使ったお茶を飲んだ。これも、各国の交易が盛んになってきたからだろう。少しずつ、明るい未来に向かっていることを幸福に感じて、もっとたくさんの笑顔を見られたらいいなと思う。
「ヒナナ、嬉しそうだな」
「うん……ただの冒険者だったわたしが、暁のみんなと頑張ってきたことが実を結んで良かったなって思って……またこれからも、少しずつ世界を良くしていって、たくさんの笑顔を見られたら嬉しいなって」
 きっとわたしは本当に幸せそうだったのだろう。ラハはくすりと笑って、本当にあんたは最高の英雄だなと言った。
「元々あんたが優しいのもあると思う。けれど、家族でも友人でもない人々の笑顔を見たいって純粋に願って、その為に力を振るえるのはすごいことだよ。だからこそ、あんたの周りにはたくさんの人が集まって、異世界さえも救えたのかもな」
 褒められまくって、恥ずかしくなる。ぽっと頬を赤くして目を逸らすと、ラハの楽しそうな弾んだ声が聞こえた。
「やってることはすごいのに、そうやって恥じらうところは初心でかわいいよ」
 直後、わたしの耳にラハの手が触れる。視線を向ければ、隣に座っている彼の手が、優しく撫でていた。体温がじんわりと伝わり、心が落ち着いてくる。彼と目が合うと、そっと額にキスをしてきた。
「ら、ラハ……!?」
 ちょうど周りには人はいないが、ここは公共の場だ。もしかしたら、店員さんや他のお客さんが通りかかるかもしれない。わたし達を恋仲だと知り、温かく見守ってくれていたクリスタリウムとは違うのだから、と彼を睨むと、ラハは意地悪く笑った。
「ふふっ、あんたが愛おしくて……つい、な」
「も、もう! 次やったらデート終わりだからね?」
「それは困るな……タタルには少し、と言われたけれど、もうちょっとあんたと二人きりでいたいし……」
 わざとらしく困惑した顔をして、ラハは体を離す。完全に彼に主導権を握られている……と思いながら、そっと手を握った。
「こ、これくらいなら大丈夫だから……」
「ヒナナ……ありがとな」
 ラハは小さく微笑んでウィンクをする。優しいけれども時々意地悪な恋人に、わたしは心のときめきが止まらなかった。