Vi et animo

ずっとずっと君を想っているよ。

 明るく、元気の良い声が星見の間に響いたのは、ちょうど原初世界でヴァレンティオンデーに当たる日の朝だった。
「水晶公さん、お届け物クポ~!」
 ふわり、ふわりと特有の音を立てて、配達士の帽子を被ったモーグリが飛んでくる。肩……と思しき部分に掛けた鞄は膨らんでいて、少し重そうだった。クリスタリウムで働くレターモーグリかと思ったが、頭のぽんぽんの色が異なることに気付く。この世界のレターモーグリではないのか……? 疑問を抱きながら彼を出迎えた。
「やあ、こんにちは。私宛に手紙かい?」
 いつも住民に語りかけるように、穏やかな声で尋ねる。すると彼はぶんぶんと体を左右に振り、その言葉を否定した。
「手紙じゃないクポ! ラブの詰まった贈り物クポ!」
「ら、ラブ……?」
 一体どんなものを配達しに来たんだと思わずオウム返しする。レターモーグリは大きく頷き、身振り手振りを交えて説明を始めた。
「モグはこの『第一世界』のモーグリじゃないクポ。かくかくしかじかな方法でこの世界にやって来て、こっちの世界の人にお届け物をしなきゃいけないクポ」
 疑った通り、原初世界のレターモーグリだった。説明の中に聞き慣れない単語があったが、それは今は置いておくとしよう。世界の壁を超えてまで仕事を完遂しようとしている彼を褒め、贈り物とはなんなのかを尋ねた。
「それは見てのお楽しみ! ラブの詰まったプレゼントをどうぞクポ。君と、あの日の君に!」
 そう言って彼は、膨らんでいる鞄から色とりどりの箱を取り出した。それを私の前に置いていく。カラフルな箱は小さな山となり、ポップな包装紙が気分を明るくさせた。自然と心が弾む。大切なあの人からの贈り物もあるようだ。子どものようにわくわくしながら、差出人名にあの人の名前がある箱を手に取る。
 するとレターモーグリは私の様子を見ながら語り始めた。
「実はモグ、毎年あっちの世界の君にも贈り物を届けてたクポ。でもクリスタルタワーの入り方が分からなくて、いつも前庭……みたいなとこに置いてたんだけど、合ってたクポ?」
 それを聞いて、私は箱の包装を解いていた手が止まった。あっちの世界の私に、毎年贈り物を……? もしかして、と思う。いやそんな偶然は……心に浮かぶ希望を消しては復活させ、レターモーグリに尋ねた。
「その贈り物は……誰からのなんだい?」
「あっ、やっぱり届いてなかったクポ? 贈り物は、あの英雄さんからクポ」
 心に喜びと感動の波が打ち寄せた。ああ、私がこんな幸福を受け取っても良いのだろうか。誰よりも尊敬し、誰よりも思いを寄せるかの英雄が、私の為に毎年贈り物をしてくれていたなんて……。物体自体は、誰かに持っていかれたかクリスタルタワーの力でエーテル化されてしまったのだろう。物はなくとも、あの人が思いを贈り物に託してくれていたことが嬉しかった。瞳から、涙が溢れる。とめどなく雫は流れ、レターモーグリは慌てた。
「クポポ!? 届いてなかったの、そんなに悲しかったクポ? ごめんなさいクポ~!」
 体とぽんぽんを大きく振り乱し、彼は混乱する。私は涙を流しながらも、違うから落ち着いてくれと宥めた。
「嬉しいんだ……あの人が、ほんの短い間だけ時間を共にした私の為に、会えずとも毎年贈り物をしてくれていたことが」
 あの人の壮大な冒険からしたら、一緒にクリスタルタワーの調査をした日々など取るに足りない時間だと思っていた。二百年も先の未来でも語り継がれる英雄の冒険の一瞬に色を添えただけだと……あの人にとっても、小さな思い出の一つなんだろうと。けれども、実際には想像以上に私は愛されていて、感謝しきれないほどのたくさんのものを貰っていた。遥かなる時を越えてやって来た答えが、私の心を震えさせた。
「涙が出ちゃうくらい嬉しかったクポ? 大きなハッピーをお届け出来て、モグ、誇らしいクポ」
 レターモーグリは腰に手を当てて胸を張る。彼の頭を優しく撫でてやり、礼を伝えた。
「ありがとな、小さな配達士さん。貰ったものを開封する前に、残りの贈り物を届ける作戦を練らなければ」
「作戦会議は開封した後で大丈夫クポ。モグも英雄さんの贈り物が何か気になるクポ」
 ポンポンを揺らして彼は期待を寄せる。それならば、と私は包装紙を剥がし、箱を開けた。そこには、真珠大のサイズのチョコレートが宝石箱のように詰め込まれていた。綺麗な薄い紙がそれらを包み、洒落た雰囲気を醸し出している。チョコレートは珍しい色合いのものばかりで、赤、黄緑、水色の三色だった。
「とっても綺麗クポ! 赤いのは水晶公さんの髪の色みたいだし、水色のはお顔の水晶にそっくりクポ。でも……黄緑はなんだろクポ?」
 箱の中身を見て、レターモーグリは首を傾げる。エメラルドのようなその色が指し示すものを察した私は、再び押し寄せた感動に新たな涙を零していた。
「水晶公さん?」
「この色は、今は眠っている彼の瞳の色だ。あの人はすべてまるごと包んで、愛してくれているんだね……」
 胸が熱くなる。人として生きる道を捨てた私が、こんな想いの詰まったものを受け取って良いのだろうか……。恐れ多いと感じながら、チョコを一粒摘まんで、口に入れた。それは優しく溶けて、甘さが口内に広がる。まるであの人との口付けのようで、私の心は幸せに満ち溢れた。
 ありがとう、私の―――俺の大切な英雄。あなたの気持ちは、時を越えて、世界を越えて、私の心に届いているよ。