ふんわりと風に靡く桃色の髪。好奇心旺盛で興味を示すと輝く瞳。柔らかく天使のような笑顔。どれも素敵で、私の心を刺激する。彼女を見ると胸が熱くなり、心音が少し早くなる。しかし、この熱情を吐露するわけにはいかない。私はこの街の統治者なのだ。個人の感情で動かされてはいけない。例え、彼女に正体を明かしているとしても……想いまでは、伝えてはいけない。
「どうしたの? 真剣な顔してるけど……なんか、問題が起きた?」
不安そうにこちらを見つめる。ああ、そんな顔をさせたくないのに。私は首を横に振り、なんでもないよ、と答えた。
「ほんと? 眉間に皺寄せて、ずっとこっちを見てたから……心配になっちゃった」
「申し訳ない、要らぬ憂いを抱かせて……」
「要らない感情じゃないよ。水晶公もこの街もこの世界も、大切な存在だから……」
暖炉の火のように温かな笑みを口元に浮かべて、彼女の優しさは私を包む。本当に穢れのない、真っ直ぐな人だと思った。
「ありがとう。もし、良かったら……お詫びに、少し付き合ってもらえないだろうか」
「今日は何も予定ないからいいよ。どこか行くの?」
興味を持った表情を見せ、期待を向ける。きらきらした瞳が自分を見つめ、嬉しくなった。ああ、今この瞬間だけは、彼女を独り占め出来ている。憧れの英雄で、ずっと想いを寄せている彼女を。たった少しでも、心は満たされる。それ以上を求めてしまうが、堪えなければ……ずっと一緒にいられるとは限らないのだから。
「ああ、オスタル厳命城まで巡回をね。闇が完全に戻っても、罪喰いが消えたわけじゃない。その為に兵士達がクリスタリウムの周囲を警備しているわけだが、彼らだって人間だ。何か悩みがないか、要望がないか聞いて回ろうと考えているんだ」
「さすが水晶公、偉いね。立派だなぁ」
にこにこと満面の笑みで彼女は褒める。そこに、仲間とか友人以上の意味はきっとない。共に歩んだ仲間だから、称えてくれているのだ。
「あなたは優しいな。その思いは、他の者に勇気を与える。忘れないでいて欲しい」
「本当? 水晶公の勇気にもなれてる?」
どうしてそんなことを聞くのだろう、と思った。誰かの支えになれて嬉しいのなら、個人を特定する必要はない。可能性の低い期待が芽を出しそうになる。私はそれを塞いで、彼女の言葉に頷いた。
「勿論だ。あなたの優しさは、私の力になっているよ」
「そっか、良かった」
安堵した表情を彼女は見せる。勘違いしてしまいそうで、私は早く出掛けなければと自分を急かした。
「早速となるが、出発しよう。準備に問題ないかな?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
小さく笑って、彼女は背中の剣を見せる。可愛らしい装飾の付いた両手剣は、見た目からは計り知れないほど、たくさんの戦場を乗り越えてきている。それは、彼女が英雄として、冒険者として辿ってきた道程の一つだ。私と出会った、あの塔の冒険だって……。
だから、彼女にとって水晶公もグ・ラハ・ティアも、長い道程の中の小さな星でしかない。私の中にあるこの想いは、墓場まで秘めていなければならない。改めてそう決意し、私は憧れの英雄とともに、塔の外に出た。