Vi et animo

この想いが届きますように。

 出来る限り室内にいて欲しい。そう、水晶公から連絡を貰ったのは、数日前のことだった。ノルヴラント全域に人体に悪影響な霧が出た為、緊急時以外外出を控えて欲しいと、リンクシェルを通じて連絡が来た。霧の正体については、ベーク・ラグやウリエンジェとともに水晶公やクリスタリウムの研究者が調査を進めているとも話していて、冒険者はまた彼の負担が増えてしまう……と心配になった。しかし本人は、これもこの世界に住む人々やあなた達のためだとやる気満々で、そのワーカーホリックぶりには溜め息しか出なかった。
 ペンダント居住館の自室に引き篭ることになった冒険者は、室内で出来るトレーニングや読書、クラフター職やギャザラー職強化のために様々な製作作業を行なったが、次第に飽きを感じ始めてしまった。テレポを使って原初世界に移動することも出来るが、水晶公のことが心配でそれを実行するには至らなかった。
 彼は冒険者が止めないと、休む事を知らずに突き進んでしまう。ある意味、勤勉で素晴らしいのだが、先にも述べたようにワーカーホリックとも言える。過労で倒れるのではと彼女は不安で、なかなかこの第一世界から離れられないでいた。
 しかし……この部屋で出来ることに対して、飽きてしまったのだから仕方ない。忙しくて反応がないかもしれない、と思いつつ、冒険者はリンクシェルで水晶公に連絡をした。
「……ああ、あなたか。どうしたのだ、突然」
 運良く水晶公が反応してくれて、彼と冒険者は見えない糸で繋がる。水晶公の声が差程疲れていないことに胸を撫で下ろし、暇になってしまったから連絡をしたと伝えた。
「ふふっ、活発なあなたらしいね。けれど、あなたは原初世界へ渡れるのだから、あちらへ行って時間を潰してくれば良いのに……」
「それは出来ないわ」
 苦笑する水晶公に、冒険者はぴしっと返す。すぐさま否定されたことに彼は驚いた。
「貴方が無理して倒れないか心配だから」
「なっ……」
 冒険者の意見に、返す言葉もなかった。むむ……と唸り、そんなに私は働き過ぎだろうか……と呟いた。その台詞に、まだこの人は分かってない、と冒険者は感じる。あの時、アリゼーが自分の気持ちを代弁するような行動を取ってくれたのに、その後も自分の口で話したのに。こちらがどれほど案じているか、分かっていない。
 冒険者は深く溜め息を吐き、馬鹿、と返した。
「ば、馬鹿とはなんだ!」
「水晶公の馬鹿! なんにも分かってない! 私やみんながどれだけあなたを想っているのか、心配してるのか……全然、伝わってないんだもん」
 段々と声が震え、冒険者の頬を雫が零れた。それを拭いながら、彼女は言葉を続ける。
「貴方が頑張ってるのは、みんなや私の為だってことは知ってる。でも、貴方は誰にとっても大切な『水晶公』なのよ? みんなに愛され、案じられてること、ちゃんと理解して」
 水晶公は、彼女の涙に勢いを失った。憧れの英雄が、自分のせいで泣いている。自分が周りを顧みなかったせいで、悲しんでいる。その事実が心に突き刺さり、何も言えないでいた。
「それに……貴方がいなくなったらわたしは……わたしは、死ぬほど悲しいよ」
「……すまない、気持ちを受け取れなくて……私が至らなかったせいだ」
 水晶公は謝ることしか出来なかった。そうすることしか、考えられなかった。
「悪いと思うなら、無理しないで……ちゃんと休んで。また外に出ても良いようになったら、笑顔で会いたいから」
 願うように、冒険者は言った。その言葉に、水晶公はああ、と返す。もう彼女を悲しませたくない、傷付けたくないと言う思いを込めて。
「今日はあなたとの通話が終わったら、すぐに休むよ。寝物語に、何が冒険の話を聞かせてくれないか?」
 優しい声で水晶公は強請る。自分を安心させる為に嘘を吐いているわけではなさそうだ、と理解した冒険者は頷き、ついこの間体験した、異世界から来た侍の話をする。まるで子どものように、物語を楽しむ水晶公に愛おしさを覚えながら、早く、彼に会えますようにと空に願った。