同じように水晶公が好きな別の世界の英雄達とお茶会をした後日、ヒナナは働き者の水晶公を休憩させようと思慮の間を訪れていた。案の定、このクリスタリウムを治めるミステル族の青年は分厚い資料を読み耽っており、ヒナナが入室したことにさえ気付いていなかった。
ヒナナは内心溜め息を吐きながら、恋人である水晶公の耳を優しく引っ張った。
「な、なな、なんだ!?」
「また休んでないでしょー?」
「ああ、ヒナナか……敵襲かと思って驚いたよ」
水晶公は安堵した様子で答える。この人は何も分かってないと思いながら、ヒナナは資料を奪い取った。
「わっ、何をするんだ!?」
「ラハ、わたしが耳引っ張るまで気配に気付かなかったでしょ? 休んでない」
不服そうに頬を膨らませ、ギロリと睨む。温和な彼女らしからぬ表情に水晶公は驚き、たじろいだ。
「た、確かにそうだが……これは仕事が溜まっていたからであってその」
「言い訳無用! 今日はもうお仕事お休み!」
ぐっと水晶公に近付いて、資料を机に置いてからベッドに連れていく。えいやと押し倒すように彼を寝床に寝かせて、自分は木のスツールに腰掛けた。
「ひ、ヒナナ……?」
彼女にしては珍しい行動に、水晶公は目をぱちくりさせる。どうしたら良いのだろうと困った顔をしていると、ヒナナはぴしっと言い放った。
「ラハくん、ローブを脱いで掛け布団を被って寝なさい!」
「は、はいっ」
まるでそれは、過去に世話になったとあるドワーフ……いや、ララフェル族の先輩そっくりで、水晶公はすぐさま了承した。言われた通りにして、仰向けで横になる。ちらりとヒナナを見ると、彼女は満足したように笑みを見せた。
「そのままゆっくり休んでね」
「ああ……けど、急にどうして? あなたらしくもない」
ヒナナはどちらかというと受身が多い女性だ。積極的に動くことは少ない。しかし先程は、驚くほど活発に自分を寝床に連行していった。一体何があったのだろうかと、水晶公は気になった。
「実は……その、驚かないで聞いてほしいんだけど」
髪に似た色を頬に見せて、彼女は語り出す。不思議なお茶会の空間、そこで出会った、異なる世界の『水晶公』が好きな英雄たち。各々の恋愛事情を聞いて高まった自分の想い、相手を慈しむ気持ち。恥ずかしいと思ったところは小声になりながらも、大切な人に奇妙な体験を話した。
「おや……そんなことが。クリスタルタワーの導きだろうか、興味深いね」
「ふふっ、ラハならそう言うと思った。わたしね、同じように『水晶公』が好きなみんなと話して思ったの。もっとあなたを大事にしたいって……だから」
「休ませようと強硬手段に?」
「うん……」
済まなそうにヒナナは答える。水晶公は小さく笑い、ありがとうと礼を言った。
「あなたは本当に慈愛に溢れた人だ。私には勿体無いくらいに……とても嬉しいよ」
「そんな、褒められるようなことはしてないわ。とにかく、今は休んで、ね?」
大人が子どもに言い聞かせるように、ヒナナは恋人へ伝える。その気持ちを汲み取って水晶公は同意したが、不意に彼女の手に触れて、少し甘えた声を出した。
「分かったけれど、お願いがあるんだ」
「お願い?」
母性本能を擽るような声色に、ヒナナはどきりとする。高鳴る胸を抑えて聞き返すと、水晶公は柔らかな笑みで話を続けた。
「手を握って、子守唄を歌ってくれないか?」
「ら、ラハ!?」
「……じゃなきゃ、寝ない」
駄々を捏ねる子どものようだった。水晶公のお願いに対し、ヒナナは恥ずかしさを覚えたが、受け入れなければ彼はこちらの要望を聞いてくれないと彼の様子から察し、困惑する。水晶公はじーっとヒナナを見つめ、答えを待った。
「……ら、ラハの為に善処します」
「ありがとう」
笑みを深め、水晶公は礼を述べる。頬を林檎のように火照らせながら、ヒナナは彼の手をそっと握った。
「昔、母上が歌ってくれた歌でも良い? グリダニアに伝わる、モーグリ族が出てくる子守唄なの」
「ああ、聞かせてくれ、あなたが受け継いだ言の葉を」
頷いて、ヒナナは透き通った声で穏やかに歌う。心を温めるような響きは、水晶公の胸の中にすーっと入り込んでいった。溜まっていた疲労が、少しずつ溶けていく。愛しい人の歌声だから、というのもあるが、ヒナナの歌は相手を慈しみ、癒す力を持っている気がした。自然と、眠気が押し寄せてくる。水晶公はヒナナの手を優しく握り返し、恋人が誘う夢の世界へと身を委ねた。