はぁ、と息を吐く。それは白い湯気となり、寒さの厳しさを物語っていた。彼女は両手を擦り合わせ、温かさを生み出そうとする。あまり効果はないと分かっていながらも、待ち時間の寂しさを紛らわすように繰り返す。周囲はクリスマス、駅前、ということもあって、家族連れやカップルで賑わっていた。美味しいご飯をみんなで食べに行くであろう親子、サンタクロースからのプレゼントを楽しみにしているであろう子ども達、嬉しそうに手を繋いで歩くカップル。きらきらとした幸せに溢れている。
美しいイルミネーションを見つめながら、彼女は自分のサンタクロースを待つ。期待と不安を抱える心は、破裂しそうだった。
その時。ぶぶっ、とスマフォが振動する。すぐに画面を見た彼女は、目にした文面に体温が下がっていくのを感じた。
「……そんな」
スマフォの画面にはメッセージアプリのやり取りが映し出されていて、彼女のサンタクロース―――恋人であるラハからの返信には『すまない、仕事が長引いて今日は難しそうだ。また後日、時間を合わせて会おう』と書かれていた。
ラハは大学生の彼女より年上で、有名な機械製造会社の企画部で働く会社員だ。頭も良く、仕事の面でも優秀で、文句の付け所がない。彼女とは大学のサークルが同じで、ラハが卒業する年に付き合いが始まった。学生と社会人、というスケジュールの合わせにくい立場だが、互いに努力して、幾度かデートを重ねてきた。そして今日が、付き合い始めて初のクリスマスイヴ。翌日が土曜日で休みの為、食事に行こうと話し合っていたのだが、それは残業という誰もが嫌がる存在のせいでなきものにされてしまった。
彼女は胸が締め付けられ、目頭が熱くなる。けれども、人がたくさんいる場所で泣き出すわけにもいかない、と堪え、返事を送った。
『そっか。お仕事なら仕方ないよ。遅くまでお疲れ様』
送信ボタンを押して、スマフォを鞄に仕舞う。流れそうになる雫を堪え、彼女は足早に自宅へ向かった。家までの道、煌びやかな電飾や楽しそうな人々の声が彼女の寂しさを助長する。みんなは楽しそうなのに自分だけ仲間外れなような……そんな気がして、とても辛かった。
一人暮らしをしているマンションに辿り着き、三階にある部屋の前まで歩いていく。幸せそうな光景を見たくなくて、俯いて歩いていた彼女は、自室の前で誰かにぶつかった。
「きゃっ、ごめんなさ……」
同じ階の住人だろうか。迷惑を掛けてしまったと思い、顔を上げた彼女は、視界に映る人物に対して驚きの感情を露わにした。
「へっ!? ラハ!?」
先程、仕事が長引いて会えない、と言っていた恋人がそこにいたのだ。
「どうして……? 仕事なんじゃ……?」
会いたくて幻を見ているのではないか、と彼女は自身を疑った。しかし、そこにいるラハは苦笑いし、あれは嘘だったんだ、と答える。なかなか状況が呑み込めない彼女の頭を撫でて、寒いから部屋に入ろうと提案した。
「え……あ、うん」
それもそうだ。話は中でも聞ける。彼女はそう思って、部屋の鍵を開けようとする。
するとラハは彼女の手を止めて、合鍵で開けておいたからとドアを開いた。予想していなかったこの連続に、彼女は驚きっぱなしだ。確かに互いの家の合鍵を交換はしたけれど、すでに空いていたなんて。あまり綺麗じゃない部屋を見られてしまったのでは、と不安に思いつつ、中に入る。
彼女の目に飛び込んできたのは、きらきらと装飾された自分の部屋だった。
「……すごい!」
Merry Xmasと可愛い文体のバルーンとカラフルな風船達が浮かんでいたり、壁には暖かな光のフェアリーライトが付けられている。二人で買った小さなツリーには、彼女が施した装飾の他に、チョコボやモーグリのぬいぐるみが加えられていた。テーブルには、美味しそうな料理も載っている。
「あなたに喜んでもらいたくて、半休を取ってデコレーションしたんだ。料理もあるから、一緒に食べよう」
恋人の言葉に、彼女は驚きも不安も悲しみも吹き飛んだ。嘘を吐いて騙していたことには怒りを感じる。けれど、好きな人の為を思ってやったことだと分かると、愛されていると感じて嬉しくなった。
「うん、ありがとう!」
感謝の言葉を述べて、彼女は後方にいるラハに抱き付く。ラハは優しく抱き返して、耳に口付けた。
「んっ……」
「食事の後は……あなたを頂いてもいいかな?」
「えっ……?」
耳元で囁かれた甘く色っぽい台詞に、彼女はドキリとする。ラハの言いたいことを分かっているがゆえに、胸が高鳴った。
「無理にとは言わない。けれど……触れたいんだ、たくさん……」
自分の欲求を抑えているかのような声で、ラハは話す。彼の手が腰を撫で、彼女は艶っぽい声を漏らした。
「ぁっ……うん……いいよ。優しく、してね?」
「勿論だ。あなたは大切な恋人だからね」
にっこりと微笑んで、ラハは額に口付けを落とす。甘く大人な夜を過ごすことになった彼女は、期待と緊張で破裂しそうな心をなんとか抑えたのだった。