パガルザンでの戦闘から戻って来た夜。彼――アオイはレヴナンツトールの入口にある見晴台でぼーっと夜空を眺めていた。暁の面々、皆で取った夕食のあと、姿が見えないことに気付いた俺は、一人英雄を探し、その場所で見つけた。軽々と見晴台に登る。アオイは俺がやって来たことに気付いていないようで、変わらず空を見上げていた。視線の先には、俺達にとって運命の場所であるクリスタルタワーもあるのだろうと思いつつ、声を掛けた。
「ここにいたんだな。どうかしたのか?」
優しく、案じている気持ちを前面に出して尋ねる。彼はハッとし、ごめん……と開口一番謝った。
「ちょっと……考え事を、さ……」
歯切れの悪い回答だった。綺麗な顔に浮かぶ表情だけでなく、尻尾や耳にもネガティブな感情が表れている。皆の先頭に立ち、第一世界の危機を救ってくれたアオイとは雲梯の差だ。元々抱え込みやすい性格なのは知っていたが、仲間であり恋人である自分には何でも話して欲しいと思い、内容を尋ねた。
「何か悩み事か? オレに出来ることがあればなんでもする。話してくれ」
彼の目を真っ直ぐに見つめて告げると、水色の瞳はすーっと視線を逸らし、怖いんだ、と答えた。
「怖い?」
「俺の大切な人を、奪われるんじゃないかって……何かを得る為じゃない、自分という存在を失う為に世界を壊そうとしているファダニエルを見て、そう思って怖くなった」
「アオイ……」
見えない何かに怯えているような表情で、彼は思いを語った。今までたくさんの修羅場を乗り越えて生きてきた彼でも、英雄という名を背負っている彼でも、恐ろしいものがあるのだと知って、不謹慎だが愛おしくなった。
「大抵の悪い奴は、何かを得る為に悪事を仕掛けるから容赦なく人を殺したりしない。でもあいつは……ファダニエルは死ぬ為に破壊を仕掛けてくるから、容赦なんてない。アレンヴァルドが大怪我を負ったって聞いた時、それを確信して怖くなったんだ。俺の大切な人を全部奪われるんじゃないかって……ゼノスが必要としているのも、俺だけだしな」
話して、アオイは自嘲的に笑う。世界を救った英雄がこんなんでごめんな、と言った。
「いや、いいんだ。寧ろ、あんたみたいなすげぇ英雄にも怖いものがあるんだと分かってホッとしてるし、愛おしいと思ってる」
「ラハ……」
オレの言葉を聞いて、意外だとでも言いそうな顔をしている彼を抱き締めて、背中を摩った。
「それでいいんだ。怖くていいんだ。あんたのネガティブな感情も、オレは一緒に背負って進んでいく。ずっと離れないって約束する」
弱さを見せるアオイを認める意見を伝えると、耳元で彼の泣く声が聞こえた。子どものように大きな声ではなく、静かに涙を流す彼が落ち着くまで、オレは水晶公がライナにしていたように背を撫でた。
「……ありがとう、ラハ。ちょっと落ち着いた」
「良かった。オレは、クリスタルタワーを封印した時も、水晶公の最後の仕事としてあの場所に立った時も、あんたに悲しい思いをさせてばっかりだったから、今度は絶対に離れないぞって思ってるんだ。どんな運命であろうと、抗ってやる」
だから、全てが終わったら、一緒に遠い場所へ未知の探検をしに行こう、と彼に告げる。にっこりと笑って約束を差し出すオレに対し、アオイは一瞬驚いてから、嬉しそうに微笑んだ。
「うん。まだ見ぬ土地へ冒険に行こう。きっと面白いことがたくさんあるぞ」
そう言って、こちらの手を取り小指を絡ませる。子どもがよくやる約束の儀式だ。懐かしいなと思っていると、アオイはこっちも、と言って唇を重ねてきた。
「んっ……」
そっと口内に舌が入り込み、甘く絡め取られる。ぴりぴりと痺れるような快感が口から体に広がり、オレは幸せな気持ちになった。
「アオイ……」
「ラハは俺のモノだから、もうどこにも連れて行かせないって……そういう意味のキス。ラハの運命と、君を護る俺自身との約束」
ああ、この人は本当に優しくて責任感が強いのだなと感じる。自分を愛する人がアオイで良かったと思いながら、お礼を述べた。
「ありがとう。けれど、オレだって守られてばかりじゃない。あんたを守る為にみんなと戦うからな」
「頼りにしてるよ、可愛い新人さん」
いつものように軽く茶化して、彼は穏やかな笑顔を見せてくれる。
絶対にこの人とこの世界を守るんだと決意し、任せとけと明るい声で返した。