Vi et animo

酔ってる彼のほんとの気持ち

 たぶん、とても疲れていたんだと思う。ほんの少しのアルコールでラハは酔い、甘えるように俺に寄りかかってきた。
「ん……アオイ……」
「大丈夫? 顔、すごく赤いけど……」
 いつもなら、こんな少量で酔ったりしない。きっとまた研究やらなんやらで働き詰めだったのだろう。俺に黙って……生きる事を諦めないと言ってくれたけれど、そういうところは変わらないみたいだ。ラハの頬は林檎みたいに赤くて、目もとろんとしてて、何だかえっちなことをしている時に似ていて、俺はどきりとした。
 いやいやいや、お酒で酔って無抵抗の相手に盛るのは駄目だろさすがに……! 俺とラハは付き合ってるけれど、親しき仲にも礼儀ありって言うし。今は良くてもあとで絶対に怒られる。朝、目覚めて正気を取り戻し、俺を叱るラハの姿が近い未来に見えた。
 ここは、耐えるしかない。
 俺は心を強く持ち、ラハに肩を貸す。彼は子どものように擦り寄って、俺の名前を呼んだ。
「アオイ……」
「どした?」
「あなたのことが、好きだ……好き。とっても好き」
 酔っているからだろう。ラハは好き、好きと繰り返す。それは今の俺にとっては刺激的で、危うく決意から数十秒で理性が崩れそうになる。それはさすがに情けないので、なんとか耐えた。
「俺もラハが好きだよ」
 酔いの中での戯言と言えど、返さないわけにはいかないと思って想いを言葉にする。ラハは嬉しそうにえへへ、と笑って、抱きついてきた。
「アオイ~、私はあなたの為なら何でもするよ。そう思って、ずっと一人で戦って来たんだ」
「ラハ……」
 そうだ。彼はずっと正体を隠し、俺のために尽力してきた。命を投げ捨てるつもりで。その愛の重さは計り知れない。彼の気持ちが嬉しくて、恋人になったんだ。酔っぱらってものすごく素直になっているラハの言葉は繕うものがなく、ストレートに響いてくる。胸いっぱいに喜びが広がって、俺は抱き返した。
「ありがとう。これからは一緒に歩いていこうね」
「ふふっ。一緒。アオイと一緒~」
 酔いのせいで幼児退行しているらしい彼は、ふにゃふにゃと笑いながら頬ずりする。可愛らしくて俺の中で邪な欲望がむずむずしてしまう。駄目だ、酔って思考力が低下してるラハに求めたら、すぐに受け入れてくれると思う。でもそれは、彼の本意じゃない。こんな状態で求めちゃ駄目だ。
 変に平常心を保とうと努力する俺をラハは心配そうに見つめる。どうやら、彼をそうさせる顔をしていたらしい。
「アオイ……どうしたんだ? 大丈夫か?」
 眉尻を下げて伺う表情は、俺の気持ちを悪戯に突く。深呼吸をして雑念を振り払い、大丈夫だよ、と返した。
「本当に? なんだか辛そうだぞ」
 君のその顔が俺をこんな風にさせてる、なんて言えない。お酒の勢いのセックスなんて、ラハは絶対後々自己嫌悪する。真面目で割り切るのが苦手な彼のことを思い、駄目だ、駄目だと自分に言い聞かせた。
 するとラハは、俺の頬にそっと触れる。優しい熱が、肌を通して伝わってきた。
「アオイ……シたいのなら、我慢しなくていいんだぞ?」
「えっ……?」
 秘めていたことを指摘され、俺は目を丸くする。ラハは心が読めるのか?と疑ったほどだ。
「なんで分かったの?」
「私を見て難しい顔をしてたから……耐えてるんだろうなって。ふふっ、酔っててもそれくらいは分かるぞ」
 ちょっと自慢げに彼は言う。どうだ、すごいだろ、とでも言いたげな顔は、昔の彼を思い出させた。水晶公として生き、俺を助ける為に色々なものを捨ててきた彼だけど、変わらないところがあることに安心した。
「ラハがそう言うなら……君のこと、食べちゃおっかな」
 にっこりと笑って口付ける。ラハは微笑み返し、どうぞ、英雄殿と冗談めかして言った。
 俺は抱きしめている彼をそのまま抱っこして、椅子から立ち上がる。直でベッドに向かい、優しく寝かせた。彼の上に跨るように四つん這いになれば、アルコールと期待で紅く染まった頬がよく見える。ほんのり熱を帯びた目は、甘い交わりを期待していた。
「アオイ……」
「ラハ……俺の恋人でいてくれてありがとう」
「ああ……こちらこそ」
 ラハの言葉にほんのりとした灯が心に灯り、温かな気持ちにする。首筋にキスを落とせば、ふれあいを待っていたかのような声が彼から零れて、俺は満たされた気持ちになった。