からん、からん、からん!と店員の持つハンドベルが鳴る。彼は満面の笑みで俺を見つめて、人の良さそうな声で喋った。
「おめでとうございます! 1等のスパ・ユールモア貸切利用券です!」
「え? 1等!?」
驚く俺に頷く店員。ユールモアで買い物をしたら、福引券を貰って、今はそういうキャンペーンもやってるんだなぁと思いながらチャレンジしたら……見事に引き当ててしまった。当たっても下の賞だろう、くらいにしか考えていなかったので、一瞬現実が信じられなかった。
「ユールモアのスパは、旅の疲れを癒せると最近、冒険者や行商に人気なのです。それを貸切出来るなんてとても贅沢ですよ!」
「……すごいの当てちゃったなぁ」
嬉しさと戸惑いを覚えながら、俺は商品を厳重な箱から取り出す店員を見つめる。彼はうきうきしながら貸切利用券なるものを取り出し、水色の綺麗な封筒にしまって手渡して来た。
「利用券はペアでのご利用が原則となっております。お友達でも恋人でも、大切な方と癒されに行ってください」
「大切な……うん、ありがとう」
『大切な方』という言葉に、俺の脳裏にある人物が浮かんだ。いつも誰かの為に働いていて、俺の事が誰よりも大好きで、真面目で可愛い赤毛の子。デートも兼ねて誘ってみよう。踊り出す気持ちを感じながら、貸切利用券を受け取った。
星見の間に行くと、件の赤毛の子は肩に手を当てて難しそうな顔をしていた。なんだ、厨二病か?と思ったが、さすがに水晶公として長く生きてきた彼がそんな行動を取るはずがない(グ・ラハとして生きていた頃はやったかもしれないけど)。何か事情があるんだろうなと思い、いつも通りに声を掛けた。
「こんにちは、ラハ」
「ああ、あなたか……」
普段なら俺を見て目を輝かせるのに、今日は元気がない。もしかして具合が悪いのか、と心配になる。やばそうだったら医療館に連行しようと思い、体調を伺った。
「どうしたの? ラハ、元気ないね」
「あ、いや、その……実は……肩が痛くて」
「へ?」
意外な回答に驚く。てっきり、働き過ぎで睡眠不足とか、体調が優れないとかそういう感じだと思っていたから……肩が痛い、という答えを聞いて目を丸くした。
驚く俺を見て、ラハはむっ、と不服そうな顔をする。
「びっくりすることはないだろう。思慮の間で研究やら書類やら相手にしてるのだ、肩も凝るさ」
「まあ、確かにそうだよな……」
彼の言葉に納得すると、同時に、それなら俺の誘いはぴったりナイスタイミングなのでは?と思った。
「ならさ、一緒にユールモアのスパに行こうよ!」
「ユールモアの?」
ラハは怪訝そうな顔をする。俺は頷いて、例の貸切利用券を取り出した。
「じゃじゃん! スパ・ユールモアの貸切利用券!」
「どうしたんだ? それ……」
ラハの表情はころころと変わり、今度はハッとする。そんな彼を可愛いと思いながら、俺は事情を話した。
「そうなのか。あなたは強運の持ち主だな!」
話が見えると、次は尊敬の眼差しを俺に向ける。今すぐ抱き締めて頭を撫でてやりたいと欲が沸き上がったが、誰かが来るかもしれないので我慢した。
「というわけで、一緒に行こう。ユールモアなら、なんとか行けるよね?」
「ああ、戦うわけではないし、大丈夫だと思うよ」
前向きな回答に俺は笑顔になる。そうと決まれば、と思い、日程の調整をその場で行なった。当日、俺がクリスタルタワーまで迎えに行くということまで決めて、頬にキスをする。誰も来なさそうだしいいや、と思ってしたことだけど、ラハはとても照れていた。
「あ、アオイ……」
「ふふっ、可愛い! 君とのデート、楽しみにしてるから」
やらなければならないことがあった為、俺は手を振って星見の間を後にする。どんなデートにしようかプランを練りながら、俺は依頼者の待つテメノスルカリー牧場へ向かった。
デート当日。俺は朝、クリスタルタワーへ赴き、肩掛け鞄に荷物を詰め、ちょこんと座って待っていたラハを回収した。俺を見つけた時の笑顔は最高に可愛くて、思わずたくさんキスをしてしまいたかったけれども、朝っぱらから盛るわけにはいかないとなんとか耐えた。
ユールモアまでは俺が持つマウント、でぶモーグリに乗って移動した。くぽくぽふわふわ浮かぶモーグリに支えられたベンチのような椅子に二人で座って、二匹のモーグリに見守られながら闇を取り戻した第一世界の道を行く。道中、モーグリ達が歌う歌が気になったラハが、俺に尋ねた。
「この子達が歌っているのは何の歌だい? good king mogle-mog……?」
「ああ、善王モグルモグのことだよ。原初世界でさ……」
蛮神として俺の前に姿を現した、善王モグルモグのことや黒衣森のモーグリ達のことを話す。ラハは興味深そうに頷き、それも本で読んだぞ、と感想を述べた。
「ホント何でも書物に書かれてるんだな、俺……」
「当然だ。あなたはたくさんの人を救った英雄なのだから……その一挙手一投足は、皆が興味を示すもので、正確に後世に伝えられるべきものだよ」
当たり前の事を話すようにラハは恥ずかしくて体が痒くなるようなことを言う。俺はただ、冒険者に憧れて家を飛び出して、色んな事に興味を持って好きに生きてるだけなのに……ここまで褒め称えてくれる彼の言葉と笑顔が、むずむずするけど嬉しかった。
「ありがと、ラハはほんと、俺の事が大好きだよね」
「す、好きじゃなかったら、あなたとデートしたり……べ、ベッドの中で愛し合ったりなどしない」
「もう、照れちゃって~~可愛い」
耳をぱたぱたさせて、頬を赤くしたラハはそっぽを向いて呟く。二人きりなのを良いことに、俺は彼を抱き寄せて、何度もかわいいと囁いた。
「や、やめてくれ、アオイ……心がもたない」
「それならこれを機に耐性付ければいいじゃん。ね、可愛いラハ」
意地悪するようにそう言って、耳に口付ける。彼は身を震わせて、やだ、と返した。
「こうやっていたずらされるの好きな癖に……」
加虐心に火がついて、耳穴をぺろっと舐める。ラハはびくりとして、俺の手を握った。
「ひうっ、だめ、だめだ、アオイ……」
駄目、というその声は少し色っぽくて、俺の心を刺激する。このままもっといじめてあげようかと思ったけれど、周りにいるモーグリ達の視線を感じてやめた。
『くぽぽ! 二人はお熱いクポ』
『ラブラブラーブクポ』
「……続きはあとにしよう」
俺の言葉にラハは安堵する。一緒にお風呂に入った時にまたいたずらしてやろうと考えながら、ラハの耳を撫でた。
ユールモアに到着した俺達は、早速スパ・ユールモアに足を運んだ。貸切利用券をスタッフに渡すと、満面の笑みで『ご当選おめでとうございます』と言われた。急に恥ずかしくなる。ただの偶然です、なんて返す俺を見て、ラハは愉しそうに小さく笑った。そのせいで余計、恥ずかしくなったのは……秘密だ。
スパには多種多様な温泉や温水プールがあるらしく、受付で手渡されたパンフレットには色々な文言が踊っている。そこに、クリスタルタワーをイメージしたお風呂、との記載があったので、俺達はひとまずそこに行くことにした。
ここは裸、ではなく水着で利用しなければならないということで、俺もラハも事前に用意した水着だ。俺のはマーケットで買った黒のボクサー型のシンプルなもの、ラハのは水色の同じ型のものだった。肌の水晶と水着の色がマッチしていてかっこいい。素敵な恋人を持ったなと改めて思った。
お目当てのクリスタルタワーイメージのお風呂は、海水のような綺麗なアクアブルーのお湯が張られたもので、周りにも透明のクリスタルがオブジェのように配置され、芸術作品のようにそこに存在していた。派手なユールモアに似合わぬ控えめさだな、という感想を抱いた。
「落ち着いていて綺麗だね。ユールモアだから、もっと派手な内装かと思ったが」
ラハも同じ事を考えていたらしい。やっぱりそう思うよなぁと感じながら、彼の意見に同意した。
「そうだね。でもこれくらいの方が俺は好きだな」
「私もだ。さて、お湯に浸かろうか」
頷いて、アクアブルーのお湯に二人で入る。ちょうど良い温度で、温かさが体に沁みた。思わず、あぁ~、と声が出る。
「ふふっ、年寄りのようだね」
「いや、良いお風呂に入ったらこういう声出るだろ?」
「まあ、否定は出来ないな」
ラハはくすりと笑って、俺との距離を詰める。隣同士で座っている俺とラハの間はゼロになり、肌同士が触れる。嬉しくなって腰に手を回して寄せれば、彼は恥じらうような顔を見せた。
「あまり……その、逆上せない程度に、な?」
「分かってる。本番は、スパに併設されてるホテルで、ね」
そう、このスパ・ユールモアには併設のホテルがあり、貸切利用券はそこの一室もおまけでついていた。ホテルはさすがに貸切じゃないが、タダで1泊出来るなんて太っ腹な利用券だ。本格的にラハと愛し合うのはそこで、と考え、どれくらいいじめてやろうかなと心躍らせた。
「ラハ……キス、しようか」
「ああ……」
彼を見つめ、顎に手を添える。ラハは羞恥と悦びを見せながら目を細め、同意した。艶めいた唇が俺を誘う。かぶりつきたい衝動に狩られたが、抑えて優しく重ねる。何度か啄むように触れて、彼を見つめた。
「舌、出して」
お願いすると、ラハはちろりと舌を見せる。可愛いそれに自分の舌を絡めて、味わうように吸い付いた。感じているような、色めいた声がラハの口から零れる。その音に俺の心は高ぶって、下から上に掛けて背中を撫でた。ラハに触れたくて仕方なくなる。
「んっ……!」
突然の刺激に彼は身を捩らせ、答えるように俺の尻尾に触れた。お湯で濡れたそれを撫でたり揉んだりして、好き、と伝えてくる。可愛い反応に気分が良くなり、唇を離すと、胸元に噛みついた。
「あっ……!」
鎖骨の近くに、赤い華が咲く。残った痕を舐めて、温泉とは別のもので上気している彼を見つめた。
「ラハ……可愛い。ずっと、俺の物だよ」
「そんなこと言われなくても、私の心は……いや、心も身体も、あなたのものだ。誰にも触れさせない……あなただけだよ、こんなこと許しているのは」
穏やかに微笑んで、ラハは俺の方に体を向ける。白い肌に赤い華が際立って、独占欲を満たした。
「俺以外に股開いたら、許さないからね?」
「絶対にしないよ。あなたこそ、浮気したらお仕置だからな?」
ラハは色っぽい強気な笑みを口元に浮かべ、俺の頬から首筋、胸元に掛けて指を這わせる。どこか挑戦的な微笑みは刺激的で、俺はぞくりとした。
「お仕置、ね……どんなことされちゃうのかな?」
「それは……秘密だ」
ふふっ、と余裕のある表情で彼は言葉を返す。たまにはラハに攻められるのも面白そうだな、と考え、いつかそういうプレイもしてみようと心に決めた。
「秘密、か……ドキドキするね」
「気になるからってわざと浮気するのはなしだぞ?」
「分かってるって」
そう言って俺はラハを抱き締める。赤い耳と髪の毛を撫でると、彼は甘えるように体を預けてきた。
「アオイ……」
「ん、何?」
「あなたに愛されて、癒しの空間に連れていってもらって、肩の痛みも治りそうだよ」
「ほんと? 良かった。こうやってゆっくり、お湯に浸かろうね……いちゃいちゃするのは後でも出来るし」
「ああ」
彼の肩にお湯を掛ける。掛ける度に労わるように撫でて、良くなりますようにと願った。ラハは気持ち良さそうに微笑む。胸の奥に焚き火のような優しい炎が宿って、彼を大切にしたい気持ちが強くなった。
「ラハ……大好きだよ」
「ふふっ……私もだ。愛しているよ、アオイ」
温泉をのんびり堪能した俺達は、日が落ちる前に移動したホテルで、たくさん愛を交わした。ラハの体に赤い華を増やして、好きの言葉をたくさん囁いて。彼を恋人に迎えられて良かったなと思いながら、濃密な時間を過ごした。