「あなたは……私の一番の……英雄なのだから……むにゃむにゃ」
俺の肩に頭を乗せて、夢の中で微睡むラハが言葉を零す。夢にも自分が登場していることに喜びと恥ずかしさを覚えた。それほど俺のことが好きなんだな、と思って嬉しい反面、そこまで想われていることにドキリとする。恋の甘酸っぱさが胸に広がり、歯がゆい気持ちになった。
俺がイチゴのような感情を噛み締めていると、一緒にお酒を飲んでいたヤ・シュトラがくすりと笑った。
「今、貴方の中で色々な感情が渦巻いているわね。エーテルが揺れ動いていてよ?」
「うっ……やっぱヤ・シュトラには敵わないな……夢の中でも俺のことを思ってくれてるのが嬉しいし、恥ずかしいしそれに……酔って無防備なラハが可愛くて」
照れながらそう答えると、彼女は余裕のある笑みを深める。隣にいるサンクレッドはほぉ、と興味深げな声を漏らした。
「貴方、本当に水晶公のことが好きなのね」
「お熱いね、闇の戦士様は」
からかうようにサンクレッドは指摘する。俺は頬が熱くなるのを認識しながら、恥ずかしいからストップ、と抵抗した。
「確かにラハのこと、めちゃくちゃ大好きだよ。もう危険な目にあって欲しくないくらい……それは、ラハも思ってることだと思うけど」
言っていて段々と羞恥が増す。何の罰ゲームなんだと思ってしまうほどだった。
「相思相愛ってやつか。羨ましい限りだし……俺はお前にそういう人が出来て良かったと思ってる」
そのままからかわれ続けるのかと思いきや、急にサンクレッドは真剣な顔付きになる。雰囲気が変わったことを察し、俺も身構えた。彼の瞳は俺を真っ直ぐに見据える。仲間、というよりも、年下を案ずる兄のような目つきだった。
「どうしたの、突然」
「そうね……落ち着ける場所が出来たのは、喜ばしいことだわ」
彼の言葉にヤ・シュトラも同調する。急なことに驚く俺をよそに、サンクレッドが話を続けた。
「お前は過去を捨てて、生まれ変わったように冒険者になったタイプだろ? だから何でも興味を持って取り組んでくれて、暁の一員として嬉しかったんだけどよ。その分、色々背負わせちまったっていう後悔があったんだ」
初めて聞く話だ。サンクレッドは出会った時から、頼れるお兄さんって雰囲気があったけど、その心の内を聞いたことはなかった。俺のことを案じてくれていたんだな、と嬉しくなる。
「それにお前、自分は大丈夫だってあまり悩みとか話さないから……水晶公っていう本音でいられる相手が出来て、安心したんだ」
「サンクレッド……」
「私も……他のみんなもそう思ってるわ。だからこそ、彼に、水晶公に、もう無理はさせたくない、ともね」
ヤ・シュトラの穏やかな声が耳に届く。自分のことだけでなく、ラハのことも心配してくれていたことに嬉しさを覚えた。とても良い仲間を持ったと思い、彼らとの出会いに感謝した。
「ヤ・シュトラ……二人とも、ありがとう。すっげぇ嬉しい」
にっこりと満面の笑みを浮かべ、二人を見る。穏やかな微笑みが返され、胸がぽかぽかと温かくなった。
その後、明日も依頼があるからと大人の時間はお開きになる。俺は寝てしまった水晶公を移住館に連れて行くため、横抱きにした。
「さすが、手慣れてるな」
俺の行動を見て、サンクレッドが茶化す。先程の良いことを言ったお兄さんの顔ではなく、好きな子と仲良くしてる友達にちょっかいを出して楽しむ悪ガキの顔だった。
「恋人ですから、当然です」
「ははっ、そうか。ま、明日もあるんだから、無理させるなよ」
にやっと少し下品な笑みを口元に浮かべて彼は言う。俺はその意味を察し、首を横に降った。
「付き合い始めじゃないんだから、さすがに酔ってる恋人を襲ったりはしないよ」
「……その言い方、付き合い始めは襲ったことがあるということね?」
横槍を刺すようにヤ・シュトラがツッコミを入れる。しまった、口を滑らせた……と後悔しながら、おずおずと頷いた。
「若いなぁ、お前も。まぁ、きちんと自制出来るようになったんなら、そこら辺も心配いらないか」
「無闇矢鱈に女の子に声かけてたサンクレッドに言われたくないよ」
「おい、それは昔のことだろ、掘り返すな」
ちょっとムカついたので、原因となってる彼に仕返しをする。サンクレッドは頬を赤く染めて言い返した。俺はふふふっと短く笑って、二人に『おやすみなさい』と言ってから、ペンダント移住館へ向かった。
陽の光が窓から差し込む。柔らかな光は俺を眠りから呼び覚まし、朝であることを告げた。ゆっくりと目を開け、隣を見ると、同じように目覚めそうなラハがいる。愛おしい顔だ。
「おはよう、ラハ」
「んっ……おはよう……私は寝てしまったのだな」
申し訳なさそうな顔をし、耳のへなっと萎ませる。可愛いなと思いながら、ルビーのように綺麗な赤髪を撫でた。
「気にしなくて大丈夫だよ。俺もサンクレッド達も、迷惑とか思ってないし」
「そう、か……? なら、良いのだが……」
ラハはどこか歯切れが悪そうだった。一緒にお酒を飲んで、先に寝ちゃうことなんて度々あることなのに……。どうしたんだろうと疑問に感じて顔を近付ける。ぽ、とラハの頬が朱に染まり、初心な一面を見せた。
「何か問題でもあった?」
「いや……あなたに甘えてばかりだな、と思って……これからはちゃんとしなければと……」
俺の恋人はどこまでも真面目だった。内心、苦笑してしまう。それもラハの魅力なのだけれど。俺は安心させるように、にっこりと微笑みかけた。
「甘えていいんだよ。俺には君の本音を見せて欲しい。俺も本音でぶつかるからさ」
「アオイ……」
俺が映る、ラハの瞳が揺れた。次第にそこに透明の雫が現れる。雫はつーっと伝い落ち、彼はハッとしてそれを拭った。
「すまない、私としたことが」
「いいんだよ。泣いたって。色んな感情を、素直に俺に伝えて。俺は君の安心していられる場所でありたいんだ」
心の中の思いを、丁寧に言葉に変えて伝える。真っ直ぐにラハの瞳を見つめて話すと、俺はすごく優しい気持ちになれた。ラハは涙を流したまま、ありがとう、と返す。濡れた瞳で微笑み、私も……と言葉を紡ぎ始めた。
「私も、あなたの安心できる場所でありたい。あなたに安らぎを与えられる存在でありたいんだ」
「ラハは十分俺の安らぎになってるよ。温かくて可愛くて……最高の恋人だ」
そう言って、俺は彼に口付ける。そのままぎゅっと抱きしめれば、ラハの手も俺の背に回った。互いを抱き締めて、何度も角度を変えてキスをして。これからもずっと傍にいてね、と伝えるように、俺達は唇を触れ合わせた。