Vi et animo

水晶公の乙女心

 ある晴れた日。水晶公と一緒にイル・メグへピクニックに行く予定を控えていたアオイは、待ち合わせ予定時間よりもかなり早く星見の間の前に到着してしまった。目の前にある階段を上り、扉を越えた先にはいつも水晶公がいる場所が存在する。予定よりも早く来てしまったなんて、まるで子どものようだと自分に苦笑しつつ、このまま移動するかどこかで時間を潰すか迷った。優しい水晶公のことだ。予定より早く行っても笑って許してくれるだろう。寧ろ、それだけ楽しみにしていたのだな、と喜んでくれるかもしれない。けれども、一時間前はあまりに早すぎるのではないか……大人の(アオイ自身、まだ未成年だが)マナーとしていかがなものかと思い、立ち止まって考えた。
 早く恋人に会いたい気持ちとマナーを優先しようとする真面目な心の間で揺れ、アオイは前者を選ぶ。もし水晶公が困った顔をしたとしても、恋人の特権を使って許してもらおう。そう思って、星見の間に入った。
 しかしそこには愛しい水晶公の姿はない。もしかしてまだ私室にいるのかもしれない、と思い、奥の扉を開いた。
「ラハー、おはよう!」
 ノックもせずに、明るい声で挨拶しながら入室する。
「な、アオイ!? まだ時間には早いと思うが……?」
 同時に、困惑した水晶公の声が響き、アオイは彼のスタイルに変な声を上げた。
「ほえい!?」
 目をぱちくりさせている水晶公は、女性物ではないかと思われるフリルの付いたエプロンを身に付け、ピクニックに持っていくであろうサンドウィッチ用の食パンを手にしていた。まるで恋する乙女のような姿の彼を見て、アオイは単語として表現しがたい声を発してしまったのだった。
「ど、どうしたの? その恰好!」
「どうしたってそれはこちらの台詞だ。待ち合わせは一時間後だろう」
 互いに聞きたいことが口から飛び出す。質問が宙でぶつかり合う。水晶公とアオイは、あっ……と声を漏らし、先に答えるよう譲り合った。
「ラハから先にどうぞ」
「いや、あなたから発言してくれ」
「んー……うん、分かった。いや、俺はただ今日が楽しみで早く目が覚めたから、来ちゃっただけで……なんか、邪魔してごめんな?」
 やはり早めに来るんじゃなかった、と後悔する。水晶公を困らせてしまった、とアオイは申し訳なくなった。水色の耳をへにょんと萎えさせ、眉尻を下げる。水晶公は彼を見てくすりと笑い、子どものようで可愛いな、と言った。
「可愛いのはラハの方でしょ。そんなフリフリのキュートなエプロン付けちゃって」
「あ……これは、だな……昔、ライナが使っていたもので、彼女が成人してからは思い出としてクローゼットに仕舞っていたんだ。もう二度と出すことはないと思っていたが、もしかしてアオイはこういうのが好きかな、と思って……その……」
 もじもじ恥ずかしがりながら、アオイの問いに答える。生娘のように恥じらう彼を見て、アオイの心がどくん、と高鳴った。彼のミコッテ族としての生殖本能を刺激し、ピクニックとは別のことを求めたくなってしまう。
「本当ラハって、煽るのが上手いよねー」
「は? どういうことだ?」
 アオイの言葉に水晶公は訝しげな顔をする。理解出来ていない彼に近付き、そっと後ろから抱き締めた。突然のことに、水晶公は手にしていたパンをまな板に落とす。あっ、と声を上げた彼に構わず、アオイは赤い耳に唇を寄せた。
「めちゃくちゃ可愛くて、めちゃくちゃそそるよ。ピクニック行く前に運動したくなっちゃうんですけど……」
「こら。それは駄目だ……今日は一緒にイル・メグでピクニックをして、ウリエンジェの家で本を借りて読書をする約束だろう?」
 軽く頭を振り、これ以上アオイの思い通りにさせないように水晶公は抵抗する。反抗する彼も愛おしいと思いながら、アオイは妥協案を考えた。
「んー、仕方ないな。それなら、今夜は俺の部屋に泊まりに来てよ。そこで裸エプロンプレイさせてくれたら許してあげる」
「む……仕方、ない。それであなたが納得してくれるなら……努力する」
 特殊なプレイの要求をされた水晶公は、頬を赤くして同意した。アオイはよしっ、と喜びを露わにし、耳に口付ける。
「じゃ、サンドウィッチ作ってピクニックに行こう。俺も手伝うよ」
 彼は満足気な表情でそう言って、恋人を解放する。まな板に落としたパンを手に取りながら、自分は今夜どうされてしまうのだろうか、と水晶公はまだ収まらないときめきを感じていた。