Vi et animo

水晶公にお姫様になって欲しくてお誘いしてみた。

 もしも願いが叶うのなら、ずっと傍にいて欲しい。

 原初世界でプリンセスデーの催しが始まった頃、アオイは自分にとってのプリンセスである水晶公に会う為、星見の間を訪れていた。入口の大きな扉を開けば、笑顔で彼は出迎えてくれる。
「ラハ!」
「アオイ。来てくれたんだな」
 それは穏やかで癒やされる表情で、アオイは優しい気持ちになった。とある工場に何度か行ってもミニオンを手に入れられないとか、新式の防具が高いとか、そういう苛立ちをすぐに忘れさせてくれる。彼もまたにこりと微笑み、水晶公に抱きついた。
「今日もラハは可愛いね」
「なっ、なんだいきなり……」
 誰かが来るかもしれない場所で抱擁してきた恋人に対し、水晶公は頬を赤くして驚く。両手を宙でわたわたとさせ、アオイを抱き返そうか突き返そうか迷わせていた。
「んー? いつ見ても可愛くて、癒やされるなぁって」
 にーっと幼い笑みを見せ、アオイは恋人の耳にキスを落とす。唇で触れると、くすぐったそうに水晶公は声を零した。
「んっ……用件はそれだけかい?」
 水晶公は訝しげに彼を見つめる。アオイはちらりと舌を出して苦笑し、ラハには敵わないなぁとぼやいた。
「君に提案があって」
「また何か、原初世界の催し物を持ち込もうとしているのかな」
「なんで分かったの!?」
 話す前から内容がバレていたことに驚き、アオイは耳と尻尾をぴんと立たせる。そんな彼を見て、水晶公は小さく笑った。
「私とあなたの仲だ。これくらい当然さ」
「すごい……なんか俺、めちゃくちゃ愛されてるなぁ」
 ぴん、と真っ直ぐだった耳と尻尾がへにょっと下がり、恥ずかしさと喜びが入り混じった顔になる。すぐに尻尾はゆらゆらと揺れ動き、彼の感情を表した。
「それで、今度は何をしようとしているんだい?」
「ラハは、プリンセスデーって知ってる?」
 腕に抱えたまま、アオイは問う。彼より少し身長の小さい水晶公は頷き、ソーン王朝の逸話が元になった行事だね、と答えた。さすがは歴史に詳しい賢人だ。自分の研究外のことでも、しっかりと理解していた。
「うん。そのプリンセスデーが今度あるんだけどさ、ラハに……俺だけのお姫様になって欲しいなって思って」
「なっ……」
 アオイの言葉に、次は水晶公が驚いた。自分だけのプリンセスなんて、まるでプロポーズのようだと感じ、胸が熱くなった。水晶公は耳をぱたぱたと動かし、恥ずかしそうにアオイを見る。
「わ、私が……あなたの姫に?」
「そう、ラハが。俺、君の執事になるから、何でも言ってよ」
「気持ちは嬉しいが、私なんかで良いのだろうか……元々は、女性の為の行事だし」
 真面目な水晶公は、申し訳無さそうな表情も見せ、消極的な意見を述べる。アオイは溜め息を吐き、恋人の頬を摘んだ。
「いっ……! 何をするんだ」
 顔の一部も水晶で覆われているが、まだそうではない部分は当然、刺激を与えられれば痛い。文句を言う水晶公に対し、アオイは小さな怒りを見せた。
「また君はそうやって自分を卑下する……いくらクリスタルタワーの末端でも、長い時を生きてきたおじいちゃんでも、俺の大切な恋人なんだよ? もっと、自分を大切にして」
 強い瞳で自分を見つめ、鋭い口調で思いをぶつけてくるアオイに、水晶公は困惑する。大好きな彼を怒らせてしまった、もしかして嫌われたのでは……と感じながら、ぎゅっと抱きついた。
「すまない……! また後ろ向きなことを言ってしまって……これからは気を付けるから……怒りを鎮めてくれ」
 尻尾も耳も力無く垂れ下がっている水晶公を見て、アオイは仕方なさそうに笑う。優しく髪を撫でながら、親が子どもに語りかけるように話した。
「じゃあ、俺と約束して」
「約束……?」
「うん。もう無理はしないって。俺と一緒に未来を歩いていくって」
 彼の言葉を聞いて、水晶公は顔を上げた。真っ直ぐで純朴な瞳が、がっちりと捉える。誰よりも自分を大切に思い、愛してくれている人の言葉が心に染み、水晶公は頷いた。
「ああ、約束する。自分と、あなたとの未来を大切にすると」
 にこりと微笑む彼を、アオイは安堵した表情で見つめる。ありがとうと礼を言って、瑞々しい唇に自分のそれを重ねた。驚いて、水晶公は離れようとするが、アオイはそれを防ぐように頭に手を回す。逃げ道を奪った彼は、ぺろりと恋人の唇を舐め、舌を侵入させた。戸惑う水晶公の舌を絡め取り、愛を伝えるように翻弄する。時折、彼の口から溢れる声に満足感を抱きながら、アオイはキスを続けた。
 蕩けるような甘い思いが互いの心に広がった時、彼は水晶公の唇を解放する。濡れた瞳で自分を見上げる恋人に笑いかけた。
「明日も明後日もまたその明日も、こうやって抱き合って、キスしよう」
「ん……ああ、堂々と言われると恥ずかしいな」
「ふふ、可愛い」
 愛おしい水晶公の耳を撫でて、額に口付ける。当の本人は恥じらいを見せつつも、嬉しそうにされるがままになっていた。
「プリンセスデーまでに、願い事を考えておいてね」
「実は……もう、何をお願いするかは決まってるんだ」
 羞恥の色を濃くして、水晶公は答える。アオイは小さく驚き、どんな願い事だろう、と興味を示した。
「それは、当日のお楽しみだ」
「うん。君の口から聞くのを、わくわくしながら待ってるよ」
 二人は互いを見つめ合い、満面の笑みを浮かべる。水晶公は願い事を心に秘めて、愛しい人と過ごす当日を心待ちにした。