Vi et animo

水晶公のことが大好き過ぎるので特別なチョコをあげることにした。

 闇の戦士と人々から尊敬されるアオイは悩んでいた。唸るくらいに悩んでいた。
「どっちにすればいいんだ……」
 クリスタリウムの自室でぽつりと呟く。原因は、明日に控えた『ヴァレンティオンデー』当日の行動だ。愛する水晶公の為に自分がチョコレートを贈るべきか、それとも彼から貰うべきか。男女のカップルではない為、こういう時どうするかというのは曖昧だった。自分が愛情込めて作ったものを彼に贈って喜んでもらうのも良いし、想いが込められたチョコレートを貰うのも良い。アオイにとってどちらも嬉しいことなので、判断に迷っていた。
 ふと、チョコレートに媚薬を仕込んで、水晶公からお強請りされるのもいいなと考えてしまう。普段、彼から求められることはない。求めることに恥じらいを感じているようで、こちらからお願いしないとお強請りなんてしてもらえない。男として、恋人から欲しがられたいなと思うが、なかなか難しいのが現状だった。卑猥な欲望がアオイの方針を決定づける。彼はよし、と言って立ち上がると、チョコレートの材料を買いにリムサ・ロミンサにテレポした。
 たくさんの冒険者、商人、この町に住まう人々でマーケットは賑わいを見せている。チョコレートに使うククルマスを買い、その中に入れるのにちょうど良い果物を探していると、見知った仲間に声を掛けられた。
「あれ? もしかしてアオイくん?」
 声に反応して視線を向ける。そこには、時々ともに遺跡探索に出掛けた、金髪のミコッテ族の冒険者がいた。彼はアオイであることを認識し、嬉しそうにはにかむ。アオイは久しぶりの再会に心高鳴らせ、耳をぴん、と立てた。
「久しぶり。君も買い物?」
「うん。裁縫に必要な材料をね」
 買い物袋に詰め込まれた布を見せて、彼は答える。冒険者をしながら、裁縫師としても活躍しているという話を思い出した。色とりどりの布を使って、どんな衣服を作るのだろう。冒険者としての一面しか知らないアオイは、いつか自分の服を作って欲しいなと思った。
「洋服を作れるなんてすごいなぁ……俺なんて主に戦うことしか出来ないし」
「でも、お菓子作りは出来るんでしょ? それってチョコレートの材料だよね」
 きらきらした笑顔で彼は指し示す。アオイが手にしている袋からククルマスが見えていた。
「ん……まぁね。これくらいは……」
「チョコ、誰かにあげるの? アオイくん、好きな人いるんだ?」
 好奇心旺盛な彼は、アオイの顔を覗き込んで尋ねる。そう言えば、彼と恋愛について話したことはない。知りたそうに自分を見つめる彼に対し、アオイは真実をはぐらかして答えた。
「ちょっとね、うん、腐れ縁みたいな……人がいて」
 意味としては間違っていない。水晶公―――ラハとは原初世界で初めて出会い、ともに冒険したのだから。それがあれやこれやで今に繋がっているのだから、腐れ縁という表現は正しいはずだ。同性間の恋愛というのはあまり表に出してはいけない、とアオイは認識している為、やんわりと誤魔化した。彼はふーん、と頷き、アオイくんが選んだ人だから、素敵な人なんだろうなぁと感想を口にする。
「すごい奴だよ。ほんと……」
 水晶公との記憶を思い出すようにアオイは呟いた。第一世界で初めて会った時、ともにホルミンスターで罪喰い相手に戦った時、コルシア島での冒険、光から自分を救おうとしてくれた時、ハーデスから彼を助け出そうとした時。思い起こされる記憶の中どれでも、水晶公は凛として輝いていた。憧れの英雄である、自分を運命から救うために、たった一人で戦っていた彼は。記憶の欠片を呼び起こすと、胸が熱くなる。水晶公が好きなんだと認識させられた。
 急に自分の世界に入ったアオイを見つめ、彼は頬を指で突く。
「ねぇ、大丈夫?」
「あっ、ごめん。ちょっと色々思い出してた」
「ふふふっ。それくらいアオイくんの心を掴んでるんだね。大切にしてあげるんだぞ」
 親指を立て、ウィンクをして彼は言う。その言葉にアオイは頷き、愛情たっぷりのチョコレートを渡そうと決意した。
 仲間と別れ、ちょうど良い果物も買ったアオイは、クリスタリウムの自室に戻る。ここにはキッチンも用意されているので、お菓子作りも可能だ。アオイは購入した材料を近くのテーブルに並べて、チョコレート作りを始めた。
 出来上がったチョコレートを紙の箱に梱包し、自分の髪の色と同じ水色のリボンを付ける。結びながら、水晶公の水晶と同じ色だなと思いつつ、嬉しくなった。気分はまるで恋する女子のようだ。浮き足立った気持ちで箱を氷の魔法が掛かった装置の中に入れ、溶けないように保管した。
 翌日。アオイはチョコの入った箱を手にして、水晶公の待つクリスタルタワーへ向かう。衛兵に挨拶して中に入ると、彼はいつものように星見の間で待っていた。
「おはよう、アオイ」
 優しい笑みを浮かべ、水晶公はアオイを出迎える。普段と変わらず包み込むような穏やかさを見せる彼に、アオイは挨拶を返した。
「おはよ。実は、ラハにプレゼントがあるんだ。だから……奥の部屋、行ってもいい?」
 二人きりの時間を過ごしたい時、アオイ達は水晶公の私室に移動する。そこは選ばれた人物、つまり水晶公以外はアオイしか入室を許されていない部屋だからだ。私室で二人は愛を紡ぎ、甘く蕩けるような時を過ごしてきた。
 アオイの意図を察した水晶公は頷き、私室へと歩を進める。その足はどこか軽やかで、これから起きる何かを期待しているように見えた。
 思慮の間よりは少ないが、本が雑多に置かれた私室に入ると、二人はベッドに腰を下ろす。アオイは水晶公の赤い瞳を見つめて、作ってきたチョコの入った箱を渡した。
「今日、原初世界ではヴァレンティオンデーだからさ。ラハの為に作ってきたんだ」
「あなたが、私の為に……?」
「大切な恋人なんだから当然だろ」
 少し驚いた様子の水晶公に、アオイは断言する。水晶公は喜びと恥ずかしさが入り混じった表情をして、ありがとう、と言葉を返した。
「実は、私もプレゼントを用意していたんだ。机の上にあるのだが……まず先に、あなたからの贈り物を味わっても良いかな?」
 期待を秘めた瞳で、水晶公はアオイを見る。子どものように輝く純粋なものではなく、それはまるで恋の甘さを願う女子のようなものだった。開封することを許可すると、水晶公は丁寧にリボンを解き、箱を開いた。中には3つのハート型チョコが入っていて、可愛らしくちょこんと食べられるのを待っている。水晶公は頬を緩ませ、一つ手にした。
「なんだか可愛らしいデザインだね。頂きます」
 はむ、とチョコを口内に含ませる。もぐもぐと口を動かし、食べる様子をアオイは見守った。チョコを嚥下した水晶公は、満面の笑みを見せる。
「美味しい……! 中にはフェアリーアップルが入っているのか」
「うん。ただチョコだけじゃ甘すぎるかなって思って、果物の酸味を利用してみたんだ」
「さすがはアオイだ。絶妙なおいしさになっているよ」
 彼はアオイを絶賛し、2つ目のチョコを口にする。褒められたことに喜びを感じながら、アオイは自身が仕掛けた罠の発動を待った。彼にとって恋人を大切にするというのは、とことん愛して自分の色に染めていくこと。美味しそうにチョコを食べる水晶公を、別の意味でドキドキしながら見つめる。すると、水晶公はびくっと体を震わせ、泣きそうな顔でアオイに視線を向けた。
「っ……アオイ……あなた、まさか……」
「ラハの予想通りだよ。折角のヴァレンティオンデーだもん。とびっきりのあまーいお返しが欲しいからさ」
 不敵に微笑み、アオイは水晶公の頬に触れる。それだけで彼は熱い吐息を零し、箱を手にしていない手でアオイの服を掴んだ。瞳はすっかり濡れて、息が荒くなる。何かに耐えるように短く声を漏らし、訴えるようにアオイを見上げた。
「なに? ラハ。言わないと分からないよ?」
「ぅ……はぁ……」
 水晶公は、湧き上がる衝動と戦っているようで、何かを伝えようと口を開いたり、駄目だと首を横に降ったりした。理性で欲望を抑えようとしている姿は、やはり可愛らしい。アオイは愛おしむようにその様子を見つめ、彼が落ちてくるのを待った。自分の方へ手招きするように、首筋や腕、脇腹に手を這わせる。水晶公はそれに反応するように体を震わせて、涙を零した。
「アオイ……」
 手にしていた箱をベッドに置き、彼はアオイに抱きつく。乱れた呼吸が耳元で聞こえて、アオイの中の熱に火を灯した。
「なぁに?」
「あの……あの、だな……私を……私を、抱いてくれ……この欲望を、吐き出させてくれ……」
 そう強請る水晶公の顔は赤く、アオイの加虐心を強く刺激した。体が熱くなっていくのを感じながら、恋人の耳に口付ける。甘い喘ぎ声とともに水晶公は身動ぎ、熱っぽい声でアオイの名前を呼んだ。
「いいよ、ラハ。たくさん気持ち良くしてあげるね」
 可愛らしい恋人の願いを了承し、アオイはその唇を奪う。二人のヴァレンティオンデーは、朝からとても濃厚な始まりとなった。