窓の外。正方形に切り取られたそこには、ちらちらと舞う雪が映っていた。まだ12月なのに早いなぁと思いつつ、彼は時計を見た。時刻は17時。これから作り始めれば、あいつが帰ってくる頃には色々出来上がってるだろう。彼は恋人の喜ぶ様子を想像しながら、キッチンに足を運んだ。
ぐつぐつ、と優しい音を立てる鍋。そこからはチーズの美味しそうな香りが漂っていた。彼が作るクリームシチューはひと手間加えられていて、市販のシチュールーとともにカマンベールチーズも一緒に溶かしてあるのである。鍋の蓋をどけて、お玉で掻き混ぜなざら、料理の出来に満足する。我ながら完璧だな、と思っていると、家の扉が開く音がした。
「ただいま」
大好きな透き通るような声が聞こえてきて、彼はすぐに笑顔になる。火を止めて出迎えに行けば、玄関には仕事から帰ってきたスーツ姿のラハがいた。
「おかえり」
「ああ。……ん? この香りは……シチューかい?」
「そーだよ。今日はクリスマスだからね」
エプロン姿の彼は、えへんと腰に両手を当てて答える。
「では、ケーキもあるのかな?」
「勿論! そっちも昼間に作っておいた」
自宅で仕事をしている小説家の彼は、一日の大半を家で過ごしている。打ち合わせで外に出ることも時々あるものの、7割は自宅での作業だった。だから、こうして行事がある日は、仕事を休んで昼間からせこせこ準備しているのである。
「さすが、あなたは抜かりないな。ケーキも楽しみにしているよ」
器用に何でも出来てしまう彼に対して、ラハは尊敬の念を抱いていた。社会的には、エリートサラリーマン、という立場にある自分の方が上かもしれない。けれども、お金で勘定出来ない素晴らしい才能を自分の恋人は持っていると思うのだった。
そうして、二人は手作りの料理とケーキを頂く。彼の作るものは優しさに溢れていて、ラハは胃袋も心も満たされた。
「とても美味しかったよ、ありがとう」
「どういたしまして。ラハは本当美味しそうに食べるから、作りがいがあるよ」
彼はにこにこしながら話す。幸せに溢れた表情に、ラハも嬉しくなった。
「そうかい?」
「うん。あ、そうだ。ラハにクリスマスプレゼント用意したんだ」
頭上に電球マークを浮かべたような表情をして、彼はツリーの下に置いてあった小さな紙袋を手にする。いつもありがとな、と言いながら、それをラハに渡した。
「ありがとう……でも、申し訳ない。私はプレゼントを用意し忘れてしまって……何も返せないんだ」
非常に申し訳なさそうな顔をして、ラハは言葉を返す。そんな気にしなくていいよ、と彼は宥めたが、ラハは居た堪らないといった様子で紙袋を抱き締めた。
「ラハ……」
どうしたものか、と彼は困る。ラハは責任感が強いのだ。それは長所でもあり、短所とも言える。んー、と短く唸ると、ラハは何か思い付いたような顔をし、紙袋を机に置いた。
「どした? ラハ」
不思議に思う彼の前でラハは立ち上がる。そして、目の前にいた彼の顎に手を添えて、ちゅっと唇を奪った。
「っ……!?」
「ありきたりな展開ですまない。プレゼントは私自身、ということでどうだろうか?」
恥ずかしそうに頬を染めて、ラハは話す。その言動に対して彼の中の『ラハ大好きゲージ』は急上昇し、振り切りそうになった。
「めちゃくちゃ嬉しいプレゼントなんだけど! 今夜は寝かせないよ、ラハ」
にっこり笑って、彼はラハをひょいっと横抱きにする。行動の早い彼に苦笑しつつ、年上なんだから労わってくれよ、と忠告した。
「ぜ、善処します!」
彼はそう言ってどこか緊張した面持ちでベッドルームに向かった。