Vi et animo

シアワセノカタチ、アイノカタチ

 ふわり、ふわりと様々なエーテルが舞う星海。どこか幻想的な空間を、わたしはある場所に向かって歩く。ハイデリンに会う為に、ラハ達と突入した時とは違い、現状は少し落ち着いていた。悪意を持って攻撃してくる魂はいないし、緩やかに時が流れている。星海に浮かぶ、円形の土地まで足を運ぶと、彼はそこにいた。
「こんにちは、ファダニエ……じゃない、アモン」
「ふふっ、どちらでも構いませんよ」
 特徴的な帽子を被った彼は、優しい声で笑って振り向く。その瞬間、きらきらと何かが光り、その姿は黒いローブを纏ったアシエン・ファダニエルの姿となった。
「え……?」
「こちらの姿の方があなたに触れやすいし、あなたの顔を見やすいので」
 本当にその感情が篭っているのか分からない、綿菓子のような笑みを浮かべて疑問に答える。あれほどに光の戦士であるわたしを憎んでいたのに、世界には絶望しかないのだと言っていたのに、わたしという希望の光に気付いた彼は、『次は一緒に探す』という約束を信じて大きて少し歪んだ愛情を向けてくれるようになった。アシエンとして会っていた頃から、死を望む彼に希望を見つけてあげたいと思っていたわたしとしては、その光を掴んでくれたのは嬉しかったけれど。
「それ、どんな原理で姿を変えてるの?」
 目の前にいる彼は、鬼才の科学者の姿ではなく、アシエンの姿だ。何か魔法を使ったのは確かだが、そもそもエーテル体となった彼にそんなこと可能なのだろうか。
「これは、あなた方人間が使う、ミラージュプリズムと同じ原理ですよ。それを魔法で再現しています」
「やっぱり魔法なの?」
「あなた、魂だけになった存在は魔法を使えないと思ってます? エメトセルクだってあなたの呼び掛けに答えて現れ、魔法で仲間を復活させてくれたんでしょう? それと同じですよ」
「あ、そっか……」
 自分の中ですとんと腑に落ちる。魂だけとなっても、アシエンという特殊な存在の魂はやはり何かが違うのだなと思った。
 彼―――ファダニエルはすーっとわたしに近付き、そっと抱き締める。鼻が髪に触れて、一息呼吸した。
「あなたの匂い……良い香りがします。甘い気持ちになりますね」
「んっ……ドキドキしちゃうから……」
 ファダニエルはいつもわたしより上手だ。すぐに翻弄して、自分が良いようにわたしを踊らせる。戦いの場面では抗えたけど、そうでないと簡単に転がされてしまう。
「だめ、ですか? 好きでしょう、私の事」
「好きだけど……! 今日はそういうことしに来たんじゃなくて」
「じゃあ何をしに来たんですか?」
 言葉を返しながら、次に彼は耳に触れる。やわやわと揉んだり擦ったり、敏感な耳をいじめた。
「んっ……あなたに、見せたい場所のこととか、話したり、もっと、ファダニエルのことっ……ぁ、知りたい、の……」
「そうですか……あなたはどこまでも純朴で可愛らしいですね……壊してあげたくなる」
 ファダニエルはわたしの耳をかぷっと甘噛みする。強い刺激が体を走り、あられもない声が出た。
「ふぁっ……!」
「あなたのことは好きです。その気持ちは認めます。けれども……希望の光に満ちた清いあなたを、どす黒い絶望の色に染めたい気持ちは消えません。以前程ではありませんが、あなたの前向きさにイライラしなくなったわけではないので」
 楽しそうに笑って、頬に口付ける。このままじゃ流されると思ったわたしは、体を振って彼の拘束から逃れた。小さな怒りを右手に込めて、ファダニエルの頬を叩く。乾いた音がした後、彼は驚いた様子でわたしを見つめた。
「お淑やかそうなのに……案外乱暴なんですね」
「あなたがすぐそういう方向に持っていこうとするからよ……好きだと思う者同士は、会う度に繋がりあってるわけじゃないの。一緒にいられる、ただそれだけで幸せなものなのよ」
 恋人とはなんなのか。わたしもきちんと知っているわけじゃないけれど、自分の考えを伝える。ファダニエルは顎に手を当てて考えて、恋愛とは難しい、と言った。
「快楽や甘い言葉、そう言った性欲を満たすものを与えていれば良いのだと思っていましたが、傍にいるだけで幸せだと感じるのですね」
「ファダニエルは、わたしの隣にいるだけで幸せって思わない?」
「幸せ……というものかどうかは分かりませんが、そうですね……前に言ったように、あなたには希望の光を感じます。だから、触れられる範囲にいると安堵しますし、あなたがいないと……寂しいと思います」
 生まれでた感情を噛み締め、確かめるように彼は答える。それは一緒にいられることを幸せだと感じているのだと指摘すると、ファダニエルは再び驚き、小さく笑った。
「ああ……これが、幸せ、というものなのですね。長らく触れていなかった感情なので、忘れていました」
 その笑みは自嘲のような部分もあり、彼が抱えてきた絶望の重さを垣間見た気がした。
 わたしは彼に近付き、包むように抱き締める。背中を摩り、こういう幸せもあるんだと覚えておいて、と伝えた。
「世の中には色んな幸せの形があるの……生まれ変わってまた出会ったら、一緒にそれも見つけようね」
「そうですね、あなたと共に……」
 ファダニエルはそう言って、わたしの腕の中で体の向きを変える。わたしに対して背を向け、軽く寄りかかった。
「色々話を聞かせてくれるんでしょう? 私を抱き締めてここに座って、教えて下さい」
「あ、うん……」
 まるでわたしに甘えるような体勢になったため、母性本能が擽られてどきっとしてしまう。何だかんだで、やはり彼の方が上手だと思いながら、腰を下ろした。
 ファダニエルは寄りかかり、わたしの手に自分の手を重ねる。やわやわと撫でて、指と指を絡めるように握った。
「っ……」
「ほら、早く聞かせて下さい。あなたが知る、世界のことを」
 いつもの調子を取り戻したファダニエルは、からかうかのようにわたしを促す。この人にはどこか負けてしまうなと思いながら、彼に見せたいドラヴァニア雲海の景色を語った。

 この魂が星海に還り、また世に生まれた時、きっと……いや、絶対に巡り会う。その時は、生きる意味を、幸せの形を、二人で探そう。たくさんの景色を見て、たくさんの冒険をしよう。あなたが幸福だと思える瞬間を、一緒に過ごせますように。