Vi et animo

正しくこれは恋の始まり。

 その日、バクージャジャは定期的な報告のためにトライヨラの王宮にある王の間を訪れていた。同室には報告相手である理王・コーナ、そしてタイミングが合ったため報告を聞きに来た、武王ウクラマトがいる。マムークの現状や必要な支援はあるかどうかなど、バクージャジャが見て、住民達から聞いたことを滞りなく話終えると、コーナは農業・経済対策として、マムーク周辺で新しい作物が育てられるよう、品種改良した種や栄養剤を提供する必要があると判断した。マムークに住む者達も、新しい一歩を踏み出している。その中で、農作物が育ちにくい環境への対策は以前から問題となっていたことであり、漸く実用可能な種を作ることが出来たので、実際の環境での使用を理王は決めた。
 そのように話が綺麗にまとまると、ふと何かを思い出したウクラマトが口を開いた。
「そう言えば、町を回ってる時に聞いたんだけどよ。お前、ヒナナと海辺でランチしてたんだって?」
 彼女の言葉にバクージャジャ――戦の方も、魔の方も――驚きの表情を見せる。コーナはなるほど、と言った顔を見せた。
「な、ま、まあ、その……強いあいつに興味があったからよ……話がしたいって言ったら、一緒に飯食うことになって……」
「そ、そう、別にやましいことはないからね!」
 バクージャジャは焦る。内に秘めた気持ちを悟られたくなかったからだ、ある意味天敵である、理王に。しかし当の本人はその賢さから見抜き、バクージャジャの本音を引き出すように尋ねた。
「やましいことがなければ、そこまで焦る必要はないと思いますが? もしかして、ヒナナのことが好きなのですか?」
「な、何言ってんだコーナ様よォ! オレサマは別にあいつのこと可愛いだとか胸がドキドキするとか思ってな……」
「ほぅ、それは恋ですね」
「うぐっ!」
「恋!? バクージャジャ、ヒナナに恋してんのか?」
 思わず口走ってしまった哀れな双頭は、困惑の表情を浮かべる。特に弟は、素直過ぎる兄に対して少し呆れた顔をしていた。
「兄者ぁ、乗せられ過ぎだよ……」
「あなたはヒナナに恋をしている。しかしその気持ちを認められず、伝えることすら出来ていない」
 真剣な眼差しでバクージャジャを見つめ、ゴールに追い詰めていく。コーナ王の理詰めは恐ろしいと勇連隊の間で話題になっており、バクージャジャもその被害に何度か合っているが、その時より厳しかったと彼は覚えている。
「こ、これが恋かどうかさえ分からねぇんだ。あいつと話して、かわいいと思ったり、胸がきゅってなったり……忙しなくて……」
「それは正しく恋だと思いますよ。僕が魔法大学に留学していた時にも、学生の間で恋愛の話が上がることはありました。あなたの状態は、異性に恋をしている学生と同じです」
「恋……これが……」
 バクージャジャの双頭は、自身の心情を理解しようと、コーナの言葉を脳内で反芻した。彼女と話していた時に感じたときめきのような苦しさ、可愛らしいと思う愛おしさ。それは恋というものなのだと知り、ヒナナを好きなのだと認めざるを得なくなった。
「やっぱりあのドキドキは、恋だったんだねぇ」
「オレサマはヒナナのことが、好き……」
 納得するようにつぶやく彼に、様子を見守っていたウクラマトが口を開いた。
「お前はこのままでいいのか? 好きなら、好きってヒナナに伝えた方が幸せになれるんじゃねぇか?」
「好きと伝える……」
「アタシは、お前とヒナナが恋人になることを応援したい。互いに強くて優しいやつだし、似合ってると思う」
 彼女は心から力になりたいと思い、提案する。恋心を認めたバクージャジャは、決意の表情を見せた。
「決めた、告白する」
「お前ならやり遂げられるさ、アタシもコーナ兄さんも信じてるぜ」
「そうですね……共にトライヨラを守った勇気あるあなたなら、彼女に想いを伝えられるでしょう。成功することを祈っていますよ」
 二人の王に背中を押され、バクージャジャは意思を確固なものとする。心に生まれた甘酸っぱい感情を、言葉にしてヒナナに伝えるのだと。戦の方も魔の方も気合いを入れて、ヒナナがいるというフォルアード・キャビンズに足を運んだ。
 フォルアード・キャビンズの受付でヒナナに用があることを伝えると、彼女がいる部屋番号を教えられる。バクージャジャは該当の部屋の前まで行き、扉をノックした。
 コンコン、という音の後、すぐに彼女の声が聞こえる。
「はーい、どなた?」
「オレサマだ」「バクージャジャだよ」
 扉の向こうのヒナナはバクージャジャの来訪を知ると、珍しいと思いつつ、どうしたの?と言って扉を開いた。
 バクージャジャの目に映る彼女は、可憐で美しい。好きだから、というフィルターが掛かっているにしても、ヒナナという存在の輝かしさは、バクージャジャの心を恋の病に陥れていた。
「ちょっと……お前に話したいことがあってよ。今、時間いいか?」
「うん、王宮の書庫で借りた歴史の本を読んでただけだから、大丈夫だよ」
 彼女はバクージャジャの要望を受け入れ、中に入ってと招く。バクージャジャはヒナナに案内されるまま室内に入り、ラタンチェアに腰掛けた。ヒナナは部屋のミニキッチンに向かい、コップにお茶を注ぐ。マーケットで買った、ハイビスカスのお茶だと言って、バクージャジャに差し出した。
「さっぱりしてて美味しかったよ。エオルゼアにはないお茶だから、新鮮だった」
 彼女がトラル大陸のものを気に入ってくれたことが嬉しいという気持ちと同時に、突然訪れた自分に対してそつなくお茶を用意し、差し出した気遣いの良さにバクージャジャは感動する。ヒナナは本当に優しく、自分とは違って天使のような存在なのだと思い、その白い羽を汚してしまわないか少し不安に感じた。けれども、二人は似合ってると思う、と言うウクラマトの言葉を思い出し、想いを伝えようと心に決める。
「ありがとな、いただくぜ」
 バクージャジャは答え、一口飲む。しっかりとした酸味が口に広がり、気持ちをさっぱりさせてくれた。
「美味いな」
「でしょ? トラル大陸には、まだ見ぬ文化がたくさんあって、勉強になるわ。それで、お話ってなに?」
 向かいの椅子に腰掛けたヒナナは、小首を傾げて尋ねる。バクージャジャは真剣な面持ちとなり、一先ず深呼吸をした。
「あのよ……」
「うん」
「オレサマ……」「ボクね……」
「ヒナナのことが、好きなんだ」
「うん……ええ!?」
 自然と頷きかけていた彼女は、予想しなかった言葉に驚く。耳を忙しなくぱたぱたと動かした。
「す、好きって、そういうこと?」
「ああ……お前のことが可愛いって思って」
「胸がきゅうってなって、切なくなるんだ」
 つぶらで綺麗な瞳でヒナナを見つめる。彼女は桃色の耳を動かしながら考え、次第に尻尾もふよふよと動き始める。体の一部を忙しなくする彼女を真っ直ぐに見つめて、答えを待った。
「好きって伝えてくれてありがとう。わたし、あなたの想いを受け止める……バクージャジャの、恋人になる」
 温かな瞳で見つめ返し、ヒナナは告げる。その言葉にバクージャジャの胸は熱くなり、恋の成就という新たな幸せを知った。
「本当? ボクたちでいいの?」
 少し不安そうに魔の方は尋ねる。ヒナナは小さく笑った。
「あなたから告白してきたのにおかしなこと言うのね。わたしは、バクージャジャの素直な気持ちを感じたのと、これからをちゃんと生きたいって頑張ってることを知ってるから、受け止めたの。一緒に前へ進んでいきましょ」
 黙っていた戦の方は、感情が溢れ出したのか、いきなり椅子から立ち、ヒナナを抱き上げた。
「きゃっ」
「ありがとな……オレサマたちの罪は消えることはねぇけれど、お前と一緒に、この先の路を歩いていくぜ」
 そう言って、彼はヒナナに口付ける。突然のキスに彼女は頬を赤くし、魔の方は兄者だけズルい!と文句を言った。
「ヒナナ、ボクともキスしてよ」
「え!? あ、うん」
 急な展開に戸惑いつつも、なんとか状況を飲み込んで、ヒナナは同意した。それを確認すると、魔のバクージャジャはヒナナと唇を重ねる。嬉しそうに、キスってこんな幸せなんだね、と呟いた。
「わたしも、胸がドキドキして幸せだよ。バクージャジャ、優しいキスするんだね」
「あ? なんだ? 激しいのがお好みか?」
 彼女の何気ない発言に、戦のバクージャジャは不敵に微笑む。ヒナナは全力で首を振り、初めてのキスだったから優しいのでいいの!と返した。
「初めて……? 今までキスしたことないの?」
「うん。恋人だって、バクージャジャが初めてだよ」
 さらっと爆弾を落としてくるヒナナに、バクージャジャは頭を抱える。自分は好きになった人の初めてを奪ったわけで、これからも事あるごとにそうなるわけで。初めてを自分が犯していくという未知の喜びに興奮し、交合う時はちゃんと優しくしてやらないとと決意した。
「そう、か、初めて、か……なら、今日は恋人になって初めてのデートもしちまおうぜ」
「デート?」
「ああ、タコスのチーちゃんに飯食いに行くぞ」
「ボクたちが奢ってあげる」
「ふふっ、ありがとう」
 ヒナナはお礼を言い、バクージャジャの腕の中から降りようとする。しかしそれを彼は阻み、彼女なんだからオレサマに運ばれとけと言って、左腕に座らせた。
「は、恥ずかしいよ……」
「別にいいんじゃない? ヒナナがボクたちの恋人だって、見せつけられるしね」
 魔のバクージャジャまで意地悪なことを言い出し、彼は部屋の外に出る。その後、ヒナナとバクージャジャの恋愛について、瞬く間にトライヨラ中の噂となった。