空に暗闇が広がり、小さな星々が瞬く夜。一隻の船から、賑やかな声が響いた。終末の災厄が英雄によって退けられ、明るい未来に向かって歩む世界に似つかわしい声。複数人で楽しげに騒ぐのは、船で海を駆ける海賊たち――そう、断罪党の面々だった。
人々に恐怖を与えるでなく、新たなビジネスに乗り出した彼らは、ある商談をクガネで行なったその帰り道で、手こずるかと思っていた相手との話がそれほど苦なく終わり、非常に安堵していた。
そんな中で盛り上がる宴の注目の的は、シカルドだけでは心配だから――本音としては、共に仕事がしたかっただけだが――とくっついて来たエマネランだ。今回は彼の相手の懐に違和感なく踏み込む社交力で、商談が成功した。部下達はシカルドの力を称えつつも、今日エマネランがいなければ苦い思いで帰路に着いていたかもしれないと口にした。
貴族の世界で培った社交力はすごい、とか、自分ではあんな上手く相手を丸め込ませられない、など、普段は『シカルドにくっついてる貴族の恋人』としか思っていなかった者達も褒め称える。賞賛の言葉を受けてエマネランはにこにことご満悦な様子で、オレに任せればこれくらい簡単だと、鼻高々だった。
それを見て、シカルドは自分の好いた男が褒められて嬉しい気持ちと、ビジネスを仕切っているのは自分なのに話題の中心が別の人物であることへの不満に挟まれていた。
エマネランのことを賞賛されるのは嬉しいし、彼のコミュニケーション能力についてはシカルドも認めている。何も出来ないお貴族様かと思っていたが、不快感なく相手の懐に入り、絆を結ぶその力は、海賊の世界に生きてきた自分にはない。彼しか持っていない、特別な力だ。だが、この断罪党のビジネスを取り仕切っているのは自分であり、本来であれば己が今回の商談でも活躍すべきだった。すべきだったが、相手の商人はシカルドが苦手なタイプで、話を上手く持って行ったのはエマネランであった。彼が我儘を言ってついてこなければ、商談は呆気なく終わっていた可能性が高い。
事実を頭の中で反芻し、シカルドは少し強めの酒を煽った。モヤモヤを払拭するには、酒の力に頼るしかなかった。
――その結果が、気分を悪くして恋人に介抱される未来だとしても。
顔を真っ青にし、机に突っ伏すシカルドを見て、部下達は心配したり、そわそわと落ち着かない。彼は酒に強く、今までこんなことなかったからだ。エマネランからしても驚きだった。今まで何度か一緒に盃を酌み交わしたことがあるが、潰れたことは一度もないし、逆に寝落ちしてしまった自分の面倒を見てくれた覚えがある。
もしや体調が悪かったのだろうか、無理をさせていたのだろうかと不安に思っていると、シカルドの隣で飲んでいた部下が泣きそうな顔で話した。
「いつもより強い酒飲んだり、飲むペースも早かったんスよね……まるで、何かを忘れたいような雰囲気で」
隣にいたのに気遣えなかったことを悔やんでいるのだろう。エマネランは彼の肩を叩き、あとは自分に任せろ、と言った。
「酔い潰れた奴の介抱はしたことあるし、ここはパートナーであるオレの出番だろ。任せとけ、ついでに飲み過ぎた理由も聞いて説教しとくわ」
白い歯を見せてにかぁっと笑う。屈託の無い笑みに、シカルドの部下達は恐らくこの人なら大丈夫だろうという考えに至った。
いつもの威勢すらないシカルドの腕を自分の肩に回し、ゆっくりと立ち上がらせる。そのまま彼の居室に移動するエマネランを見送り、一部の部下は顔を見合わせた。
「二人とも、大丈夫かな」
「いや、体調が回復したら、自分が介抱されたことを恥ずかしがって喧嘩になるんじゃ……」
「有り得る……ものすごく有り得る……」
最悪の事態を想像し、彼らは頷き合い、エマネラン達のあとをこっそりと追った。
シカルドの居室に到着すると、彼をベッドに座らせた。ヘッドボードに背を預けるようにさせて、テーブルにあった水差しからコップに水を注ぐ。それをシカルドの口に近付け、少しずつ飲ませた。暫くすると、顔色が良くなる。水分によってアルコールが抜けたようで、気力も戻っているように見えた。
「……ったく、まさか、お前に介抱されるとはな」
回復して開口一番、シカルドは不満を口にした。しかしエマネランはそれを不満とは受け取らず、恋人がいつも通りの状態に戻って良かったと思った。
「お、元気になったみたいだな。オレが優しくて出来る男で良かったっしょ?」
「うるせー、頭に響く……けど、まあ……親切だとは思う」
エマネランの明るい声は、まだアルコールの影響が残っているシカルドに頭痛という攻撃を与える。察した彼は隣に腰掛け、抑えた声量で会話を続けた。
「昔、よくオレが悪酔いして、オノロワが介抱してくれてさ。その時に、色々教わったんだ」
自分を大切に思い、支えてくれる従者のことを思い出しながら語る。そしてシカルドを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「それが好きなやつの役に立って良かった」
裏表のない、透き通った笑顔にシカルドは胸が高鳴る。アルコールとは別に何かが胸中を熱くし、この笑顔が好きだと思った。
「……お前は本当に馬鹿だし真っ直ぐだな」
「え、それ褒めてるの?」
「馬鹿なほどポジティブですげぇなって、一応褒めてる。オレ達海賊も互いに支え合うが、どうしようもなかったら切り捨てるからな……でもお前はそうじゃねぇだろ」
海の世界は厳しい。非情な判断が必要な場面は何度もあったし、その数だけ仲間の命を捨てて来た。もしかしたら、死人に恨まれているかもしれない。けれど、未来がある仲間のために必要な判断だったし、こうするしかないのだと、ずっと海で生きてきたシカルドは思っていた。
しかし、彼は、エマネランは違う。そこで絶対に諦めない。一緒にそういう場面に遭遇したわけではないが、この男ならすべて救うと言いそうだと感じていた。
「ああ、仲間を捨てるなんてことは出来ないな。それがシカルドなら尚更だし!」
案の定、強い意思を瞳に宿して彼は答える。想いの籠った回答に、シカルドは耳が熱くなった。
「ばか、はずいんだよ」
「けど、オレが海賊にないものを持っているのなら、パートーナーとして最高の存在じゃね? ビジネスの面でも、プライベートの面でも」
「自分で言うか? それ」
「シカルドが認めてくれなさそうだったから、自分からアピールしました!」
どうだ、とでも言いたげな表情でエマネランは宣言する。本当に明るくて自由なやつだと思い、こいつと一緒なら、新しい景色をたくさん見れるのだろうと心が踊った。恋人としても全力で支えてようとしてくれているため、本人の言う通り、『最高の存在』であるのだが、自分の口から認めたくなかったので、曖昧な言葉を返した。
「……まあ、認めてないわけじゃねぇけど」
「え?」
「あーもう、こっちはまだ全快したわけじゃねぇんだよ。体力を消耗させんな」
「はーい、なるべく大人しくしてまーす」
そう言ってエマネランは、シカルドの肩を抱き寄せて彼の体温を感じる。急に恋人らしいスキンシップをされてシカルドは驚いたが、相手の口から零れた言葉を聞いてそのまま抱き締められることにした。
「お前が酔い潰れた時、めちゃくちゃ心配だったんだからな……みんなの前だから耐えたけど……罰として、こうやってオレに抱き締められとけ」
ごめん、と謝るのがたぶん正解なのだろう。けれど、素直ではないシカルドには、エマネランの要求に従うことしか出来なかった。もう、こいつを悲しませてはいけないと、心の中で誓って。
その様子を薄く開いた扉越しに見聞きしていた部下達は、これなら大丈夫だ、と安堵した。シカルドとエマネランなら、新しい海賊の道を切り開き、自分達を良き未来に連れて行ってくれる。彼らはそう確信し、仲間達が待つ部屋へ戻った。