晴れ渡る空。トライヨラの町を散策していると、ヒナナは珍しい人物に声を掛けられた。
「よぉ」
「あっ、バクージャジャ」
それは王位継承レースやその後のアレクサンドリア連王国との問題で戦ったり力を貸してもらったりした、双頭の剣士・バクージャジャ。勇連隊の一員となった彼は、訓練終わりなのか非番なのか、散歩中の彼女に声を掛けた。
「何か用?」
ヒナナが小首を傾げて尋ねると、バクージャジャの二つの顔は、どこか照れくさそうに話し始めた。
「いや、重要な用件ってわけでもないんだがよ。お前のことが気になって……」
「オイラ達よりちーっちゃくてか弱そうなのに、あのウクラマトより強いって聞いたからさ。キミを観察させてほしいんだ」
「観察……!?」
突拍子もない要望にヒナナは驚く。内容は驚くものだったが、その背景には彼の『守るために強くなりたい』という思いがあるのだろうと感じたため、共に行動することを許可した。
「わたしから教えられることはあまりないかもしれないけれど、今日一日、一緒にいる?」
「いいのか?」
「うん、わたしもバクージャジャがどういう人か知りたいし」
そう言ってヒナナはにっこりと微笑む。その笑みに、彼が知らないむずがゆさを覚えたのは、本人しか分からなかった。
その後、ヒナナがシャバーブチェでタコスを三つ買い、二人は海岸に腰を下ろしてランチタイムとなった。本当はお店でいただきたかったが、バクージャジャから『二人で一緒に食事だなんて、店主に勘違いされそうだ』と言われたため、この形となった。彼が言いたいことも理解できなくないので、ヒナナは同意している。
買ってきたタコスを二つ渡すと、それぞれ片手で受け取って、兄の方と弟の方が各々食べ始めた。珍しそうにヒナナが見つめていると、弟が気付く。
「不思議そうな顔で見てるね、ヒナナ」
「えっ、あ、ごめんなさい……器用にそれぞれ片手で食事するんだなって思って」
「まあ、顔と心は二つだが、体は一つだからな。手は片方ずつ使うしかねぇ」
「そうだよね。けど、なんていうか……バクージャジャはがさつなイメージがあったから、器用なところもあるんだなって感心したの」
素直にヒナナは物を言う。バクージャジャは笑い、あんたは遠慮がないんだなと返した。
「はわっ、傷付けていたら謝るわ」
「いいや、オレサマたちはハッキリ言う奴のの方が好きだからな。それでいい」
「こそこそしてるヤツは嫌いだからねぇ」
彼の意外性を知れたところで、ヒナナもタコスを食べ始める。自分よりも小さな口でもぐもぐと食事をしている彼女が視界に入り、バクージャジャは『可愛い』という感情を人生でほぼ初めて抱いた。胸がドキドキする。弟は困った顔で兄を見て、兄は首を横に振った。
「いやいやいやいや、確かにこいつのことが気になってはいるが、そういう意味じゃねぇだろ」
「でも、オイラ達、心がきゅうってなってるよ」
「だとしても……うぐぐぐぐ」
小声で彼らは会話する。何やら兄弟で話し合っているのを見て、ヒナナは疑問を抱いた。
「どうしたの?」
「あ? いや、なんでもねぇ」
「そうそう、気にしないで」
誤魔化すバクージャジャに、ヒナナは懐疑の目を向ける。これは話題を変えた方が良いと判断したバクージャジャの弟は、ぱっと浮かんだことをヒナナに尋ねた。
「そう言えば、ヒナナはきょうだいがいるのかい?」
「え、きょうだい?」
「うん。オイラと兄者とか、ウクラマトとコーナみたいにさ」
振られた問いを無下にすることは出来ず、ヒナナは真面目に答える。
「いるわよ。血は繋がってないけど、両親が施設から引き取ったお兄様が」
「へぇ、じゃ、まさにウクラマトとコーナみたいに、血縁関係のないきょうだいってことか」
「そうだね。血は繋がってないけど、あの二人みたいに仲が良いし、信頼しあっているわ。わたしに槍術を教えてくれたのも、お兄様だし」
家族のことを紹介するのが嬉しいのか、ヒナナは笑顔で話す。彼女の話を聞いて、バクージャジャは疑問を持った。
「槍術? だがお前、ここでは大剣を使ってたよな?」
王位継承レースの時、彼女が戦いの場で使っていたのは黄緑の光を帯びた大きな剣だ。小さな体に似合わない武器を使っていたため、よく覚えている。
「うん、今は『暗黒騎士』のジョブを主に使っているからね。けれど、冒険者を始めたばかりの頃は、槍を振るう『竜騎士』だったのよ。色々あって、強くなるために武器を変えたの」
「なるほどな……お前にも挫折みたいのがあったのか」
バクージャジャは何度か首を縦に振る。
「勿論よ。わたしは生まれながらに完璧な人間じゃないもの。それに、多くの挫折を味わい、乗り越えてきたのはみんなそうよ。アルフィノもアリゼーも、ラハもエスティニアンも、仲間達はみんなね」
「みんな、か……」
つぶやくように零し、彼は海を見つめる。その瞳には、過去に対する悲しみと未来に対するわずかばかりの憂いが見えた。
「……オレサマは最強だと思ってた。最強であり、王にならなきゃいけねぇと。その強さを保つためには、どんな汚い真似をしてもいいと平気で考えてた。だからお前やウクラマトには申し訳ねぇこともたくさんした」
「でも、本当の強さっていうのは、ウクラマトが持っているような、『優しさ』や『信じて一緒に頑張る心』、『真っ直ぐな思い』を言うんだって気付いて、一緒にこの国を守って、これからは勇連隊の一員ということになったけど……オイラ達、不安なんだ」
「不安?」
「完全に挫折を乗り越えられたわけじぇねぇ。これから『みんなの笑顔を守る強さ』をしっかりと手にしなきゃならねぇ。それにはどうしたらいいのか、わかんなくてよ」
「それで、キミを見ていれば答えがわかるかなって思ったのさ」
「バクージャジャ……」
今までの、大人が敷いてきたレールではなく、未知のルートを進んでいくことへの恐怖。過去の挫折をどう乗り越えていけばいいのか分からない心配。それらが、『自分は強い』と思ってきたバクージャジャを苦しめている。それに気付いたヒナナは、優しく微笑んだ。
「バクージャジャが守りたい、みんなを信頼して、優しさを持って接して、勇連隊の仲間やラマチと一緒に守るぞって思っていれば大丈夫。思いは、必ず答えてくれるから。わたしやアルフィノ達が強くなったのも、『守りたい』『助けたい』って思いが前へ突き動かしてくれたからだから」
「思いは必ず答えてくれる……?」
「そう、信じられないかもしれないけれど、人の思いは星の命運を動かすほどの力になるのよ。だから、バクージャジャの中に『みんなを守りたい』って思いがあれば、自ずと強くなっていくと思う、この国のヒーローとしてね」
真っ直ぐに彼を見つめて、彼女は語る。話している内容に不確定要素は多いが、ヒナナがそう言うのなら実際そうなるのではないか、という気持ちがバクージャジャにはあった。
「ヒーローかぁ……なってみたいな」
「なってみたいじゃねぇだろ、弟よ。オレサマ達ならなれる。新しい双頭のヒーローにな」
そう言って兄は特徴的な笑い声を上げる。前へ進む気持ちが固まった彼を見て、ヒナナは頷いた。
「あなたなら大丈夫。ラマチと並んで、武のヒーローになれるわ」
「へへっ、ありがとな、ヒナナ。やる気が湧いてきたぜ!」
未来の希望を見据えることが出来たバクージャジャはにかっと笑う。アドバイス出来たヒナナは、安堵と喜びを覚えた。
その後、エオルゼアの文化の話をして、二人のランチタイムは終わった。やる気が出てきたバクージャジャは、特訓も兼ねて町の近くを巡回すると言った。
「まだ、野盗や害獣は多いからな。商人達が被害に合わねぇように締めときつつ、剣の訓練もするつもりだ」
「ふふっ、頑張ってね」
ヒナナの穏やかな笑みに、彼の心はまたそわそわしだす。今はそれどころじゃないと、兄も弟も思い、彼女に尋ねた。
「なぁ……また、こうやって会ってくれるか?」
「うん、いいよ」
すぐに返って来た答えに、バクージャジャはホッとする。ありがとな、と言い、そっと彼女の頬に指で触れた。
「ん?」
そのまま指を動かして、ハートを描く。ただそれだけで頬から指を離した彼に、ヒナナは首を傾げた。
「今のは……?」
「オイラ達の故郷に伝わる、おまじないさ。怪我なく過ごせますようにって……よく昔、母さんがやってくれたんだ」
「へぇ、マムークでは親が子にそうするのね」
ヒナナの言葉にバクージャジャは頷く。本当はただ、彼女に触れておきたかっただけなのだが。弟の即興の嘘に兄は乗じ、色々アドバイスをもらった礼だと合わせた。
「それじゃあまたな」
「しばらくはこっちにいるから、いつでも声を掛けてね」
立ち上がり、去っていくバクージャジャに手を振る。自分も『冒険者としての夢』のため、負けてはいられないと気持ちを新たにするのだった。