もぐもぐと口を動かすアンセルとマホードを見つめ、ヒューラン族の女性は不安そうな表情をした。
「どうかな? 片方にはチョコレートとナッツ、もう一つにはレーズンを入れてみたんだけど……」
女性が手作りしてきた、というクッキーを試食した二人は、嚥下し、小さく微笑んだ。
「美味しい」「うまいぞ、これ」
前向きな感想に女性は笑顔になり、やったぁと喜ぶ。
「初めて作ったから心配だったんだ……調理師ギルドで修業したわけでもないから、お菓子作りなんて自己流だし」
生まれて初めて書物を見つつ作った、チョコナッツクッキーとレーズンクッキーを褒められ、幸せに満ちた表情をする。研究やらなんやらで忙しくしている彼らに差し入れをと思って持ってきたお菓子が評価されたことが嬉しかった。
それをどこか不機嫌そうな顔でロイファは見つめ、短く息を吐く。
「僕はいらない。甘い物は苦手だ」
「えっ……ロイファ……」
悲しそうな表情になる女性を無視して席を立つ。少し外に出ている、と言って崖っぷち亭を出ていく彼を見つめて、アンセルとマホードは苦笑した。
「なーに意地張ってるんだか……」
「甘い物、好きなのにな」
「そ、そうなの!?」
彼が言ったことを事実として受け止めていた女性は目を丸くする。聞けば、彼女がやって来る日が近付くと機嫌が良くなるし、帰ったあとに会えたことをとても喜んでいるらしい。本人の前では意地なのかなんなのか素っ気ない態度を取っているが。
「ロイファはお前のことが好きなのだと思う……友人、という意味ではない。恋人という意味でだ」
これは女の勘だが、と前置きをしてからアンセルは言う。俺もそう思うというマホードの言葉も受け、女性はさらに驚いた。
「気付かなかった……」
「お前はどう思っているんだ? よく顔を出してくれるのは、友人や仲間として慕っているからか?」
アンセルの言葉に、女性はんー、と考える素振りを見せる。暫く間が合って、困った表情でわからない、と答えた。
「ロイファのことは良い人だなって思うし、目的に向かって頑張って欲しいし、一緒にいて嫌じゃないよ。でも、恋愛って考えると……そういう意味で好きかどうかは分からないんだ」
「そうか……まあ、時間はたっぷりある。すぐに答えを出す必要はないさ」
「うん……」
「とりあえず、今はクッキーを持って行ってやってくれないか? あんなこと言ってたけど、本当は食べたがってると思うからな」
マホードに背を押され、女性は一人分のクッキーが入っている瓶を手に外に出る。店から少し離れた場所にあるベンチにロイファは腰掛けて、町の様子を眺めていた。
「ロイファ」
女性が声を掛けると、彼はハッとして視線を向ける。彼女がクッキーの瓶を手にしていることに気付き、甘い物は苦手だと言っただろうと文句を口にした。
「本当は好きだってマホードから聞いたよ」
「なっ……! あいつ、余計なことを……」
「もしかしたらあなたの口には合わないかもしれないけれど、食べてみて欲しいな」
恋愛はしたことがないからよく分からない。深く考えるのは苦手なので悩むのは今度にしようと思い、女性はクッキーを味見して欲しいと提案する。恋人とか関係なく、彼女はロイファが些細でも笑みを浮かべてくれる瞬間が好きだった。
ロイファ自身は、断る逃げ道を失ってしまったため、仕方なさそうに瓶からクッキーを取る。それを一口食し、思わず「おいしい」と呟いた。
「本当? 良かったー」
女性は安堵した様子で微笑む。彼女の表情を見て、ロイファは少し頬を赤らめた。
「どしたの?」
「何でもないっ。気にするな! それより……その……」
「ん?」
恥ずかしさを隠すように視線を背けた彼は、何かを口籠る。純粋な彼女が気になって言葉を待っていると、ロイファは少し小さな声で言葉を続けた。
「……また菓子を持ってきてくれ。今度は……チョコレートがいい」
「うん、もちろん! 頑張って作るね!」
次回のリクエストをもらった女性は目を輝かせて喜び、また会う約束をなんとか取り付けたロイファは心の中で嬉しく思う。ちょっと鈍感な彼女と素直じゃない彼の恋路が交わるのは、もう少し……少し先のお話。