月の光が降り注ぐ魔導城のテラス。鎌を構えた男に、黒衣の男は特に興味がない、他愛ない疑問をぶつけた。
「何故あなたは、かの英雄にご執心なのです?」
彼の計画に然程必要ではない情報だったが、何となく知りたいと思ってしまった。鎌を手にした男は、美しい金髪を月光に輝かせ、口元に笑みを浮かべた。
「あやつが唯一、俺の魂を震わせる存在だからだ……それ以外は、何もかもがつまらぬ」
男の笑みはすーっと消えて、色無き世界への憂いを表す。まるで、自身と英雄だけが輝きを持ち、それ以外の存在は取るに足らないものだと判断しているかのようだ。黒衣の男は、一瞬彼が敬愛するかつての主に被って見えた。
生とは無へ続く道なのだと、すべてを諦めていたあの男に。古代人であるヘルメスの魂が繰り返され、巡り巡って自分にやって来たように、主の魂も繰り返されているのだとしたら……それが目の前にいる、この男に受け継がれているのだとしたら……我が身とともに生を終わらせてやるのが、従者としての情なのではないか……そう思って、胸がざわつく。彼を己の計画に引きずり込んだのは、魂同士が惹かれ合った結果だったのではないかと思った。
しかし、そんな考えも思い上がりだと気付く。鎌を試すように振るう金髪の男の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。
この男は主とは違う。彼は、人が命を燃やす理由を知っている。自分が理解出来ない、答えを知らないことの答えを知っている。そういう顔だ。無を求める自分や主とは違う……ああ、憎らしい。
黒衣の男は胸の内に浮かんだ苛立ちを噛み締め、金髪の男に背を向ける。準備することがあるので、と一言声を掛けてテラスを後にした。
残された男は鎌を下ろし、月を見上げた。美しく、力強く輝くそれは、彼が再戦を望む男に似ていた。
確かにこの世界は生きる価値などないに等しい。面白味など一切ない。
しかし、この世界にはあの男がいる。あの男と命の削り合いを行ない、熾烈な戦いをすることこそ、至極の幸せ。
それを叶える為なら、生きていて良いと思える。
己の命は、再びあの男と仕合うために動いているのだ。
その為に祖国や世界が消えたっていい。他のことはどうでもいい。
彼もまたそれを、魂の奥底で望んでいるはずだから。
彼との因縁は、魂が記憶していて、ずっと繰り返しているように思える。
遠い昔からずっと、古代の時代からそうであったかのように。
男は思い、鎌の刃を月に向ける。再戦を待ち侘びる気持ちを馳せらせて。