英雄と称され、気を抜いていたわけではない。純粋に力になって欲しいのかと思って、酒場で声を掛けられたミコッテの青年たちに着いて行ったら路地裏に連れ込まれた。にたにたと笑って、わたしより年下っぽい彼は言う。
「お姉さん、英雄さんでしょ? 前にメルウィブ総督と一緒にいるところ見たことある……こんなちょろく引っかかる女だとは思わなかったけど」
可愛げの残る顔を近付けて、指で耳を弄る。やわやわと触られて、微かな快感を覚えてしまう。短く声を発すると、耳に触れている青年の仲間がけらけらと笑った。
「それだけで感じてんのかよ? いやらしい英雄サマだなァ?」
元々、感覚が敏感なのだから仕方ない。反抗する意志を込めて二人を睨むと、耳に爪を立てられた。
「いたっ」
「そんな顔するなよ。これから僕達と気持ち良くなるんだから……お姉さんもきっと楽しいよ」
そう言って彼が懐から取り出したのは、桃色の怪しい液体だった。小さな瓶に入ったそれは、あからさまに『何か良くない』効果があると見て分かった。
「やだっ……」
青年二人はわたしの逃げ道を塞ぎ、瓶を持った子はうっとりとした様子でわたしを見た。
「僕が飲ませてあげる。これ、すっごくイイから……ね?」
さすがにまずいと思った。恐らく彼が持ってるのは非合法の媚薬で、麻薬的な効果もあるんだろう。飲まされるわけにもいかないし、犯されるわけにもいかない。わたしには……大切な彼がいるのだから。でも、どうやって抜け出す?武器は奪われてしまって手が届かない。赤魔法を使うにも詠唱に時間が掛かる。作戦を思考していたその時。
青白い光が遠くから飛んできて、二人のミコッテを吹き飛ばした。
「これって……ドシス……」
それは賢者しか使えない技だ。もしかして、と思った瞬間、知っている手がわたしを抱き締め、そのまま横抱きにされた。
「逃げるぞ!」
聞こえてきたのは、『もしかして』の対象で、わたしは彼にぎゅっと抱きついた。
走って走って、彼はブルワークホールまで来た。ここまで来れば人通りもあり、安全だと判断したのだろう。優しくわたしを下ろし、身なりを整える。お礼を言おうと顔を上げると、デコピンされた。
「っ!」
「お前は警戒心というものがないのか!? ほいほい知らない男についていって……あのままじゃお前……!」
ヴィエラ族特有の長い耳を震わせて、憤りと悲しみが混じった表情でわたしを見つめる。彼に大きな不安を抱かせてしまったことと自分の甘さに後悔し、ごめんなさい、と謝った。
「……分かったならそれでいい。だが、僕が研究の材料を回収してイディルシャイアに戻るまで、そばに居てもらうからな」
「へっ……?」
「当然だろう。お前は自分が狙われやすいことを理解しろ……ただでさえ、英雄と謳われ人の目を引きやすいのだから」
悲しみは消えたものの、怒りがまだ見える様子で彼は言う。気を抜いていないつもりだったけど、実際には気が抜けていて騙されてしまい、彼に迷惑を掛けたのだから、言う通りにした方が懸命だ。わたしは頷いた。
「わかった、ロイファくんと一緒にいる」
「それでいい……とりあえず、黒渦団に言ってお前の奪われた武器を回収する」
「ん、ありがとう」
なんだかんだ言って、優しいなと思う。言葉に棘があるのは変わらないけれど、付き合い始めて、ちょっとずつ温かさを見せてくれるようになった気がする。嬉しくて、手を恋人繋ぎで握ると、ロイファくんはぽんっと赤くなった。
「は?? 人前だぞ」
「いいじゃない、お付き合いしてるんだから」
「……あとでただじゃおかないからな」
その言葉がどういうことなのか分からなかったわたしは不思議に思いながら頷く。それを見てロイファくんは溜め息を吐き、歩き出した。