死が存在しない世界で生きてきた孤独な戦士は、仲睦まじい二人を見て、自分の疑問を口にした。
「ゼノスが言っていた『友』と、ヒナナの言っている『恋人』はどう違うのだ?」
その始まりは、何とも単純なものだった。第十三世界から帰還したヒナナから話を聞き、死を迎えることがないゼロにラハが興味を持った。原初世界に来て初めてエーテルを経口摂取したという点も彼の研究的探究心を刺激したらしく、会って話を聞きたいとヒナナに依頼した。第十三世界での旅は一旦休憩状態であったし、ゼロに原初世界のことを知って欲しいと思っていたヒナナはそれを受け入れ、ラザハンのメリードズメイハネで懇親会のようなものを開いた。自分のこと、第十三世界のことを話した代わりに、ラハのことを知りたいと対価を求められたため、彼は自身の出生やこれまでのヒナナとの冒険を語った。そこで、ヒナナとラハが『恋人』という関係であると知ったゼロは、その意味を追求した。
「恋人……それは、ゼノスが言っていた『友』とどう違うのだ?」
「ふえっ!? え、えっと……その……」
突然、最果ての地で当人しか知らない決闘をした相手の名前を出され、ヒナナは戸惑う。自分の恋人に対して異様な執着を見せていた男の名前が出てきて、ラハも驚いた。
「恋人と友達の違い……んー……友達っていうのは、一緒に『楽しさ』を共有する仲で、恋人っていうのは世界でたった一人の特別な人……目には見えない特別な糸で魂が結ばれている関係、だと思う」
驚きつつも、彼の意見を述べる。それを聞いてゼロは首を傾げ、ゼノスもヒナナのことを唯一無二の特別な存在だと言っていたと返した。
「お前の意見が正しいとすると、ゼノスとヒナナも恋人ということになる」
「わっ、わたしとゼノスは、そ、そうじゃなくて……!」
恋愛に関していつまでも初心なヒナナは、頬を赤くして慌てた。自分とゼノスはそんな甘い関係ではない。しかしゼノスという男の執着は、傍から見れば恋愛の愛情と嫉妬によく似ていた。人との関係性についてまだ勉強中のゼロが似ていると感じるのも無理はないだろう。彼女はゼノスの傍で、その『感情』に触れていたのだから。
「そうじゃない……なら、恋人とはなんなのだ? お前とゼノスを表す『友』とはなんなのだ?」
彼女は眉を顰め、沸き上がる疑問をぶつける。ヒナナはどう答えたらいいのか分からなくなって、ラハを見た。女子二人から回答を求められた彼は一瞬困った顔をして、ちょっと待て、と時間の猶予を要求した。
「恋人っていうのは……ええっと……」
賢人として多くの知識を修めてきたラハだったが、こういったある意味学問とは直結しない少し下世話な話題については経験が浅かった。ヒナナが初めての恋人だし、彼女をリードしているが慣れているわけではない。同じ元暁ならば、サンクレッドの方がスマートに答えられるだろう。しかし彼は今ここにはいない。自分が回答しなければと思い、考えを巡らせた。
ゼロとヒナナは固唾を呑んで見守る。その間、ラハの耳や尻尾は上下左右に動き、かなり悩んでいることを外部に伝えていた。その動作を見ていたゼロは、小さく笑って、ヒナナにしか聞こえない声で話す。
「お前やグ・ラハ・ティアのように、耳と尻尾を持つ種族は面白いな。まるで生きているように双方が動いている」
「ラハは特に、感情表現が豊かだから……可愛いって思うわ」
「可愛い……愛らしいということか。うむ、そう言われると……そうかもしれない」
他人を呼称する形容詞など使うのは久しぶりだと感じながら、ゼロは感想を述べる。女子二人の間でそんな会話がされているなど気付いていないラハは、答えに辿り着いて耳と尻尾をぴんと立てた。
「ふふんっ、オレの考えが纏まったぞ」
「本当?」
「聞かせてくれ」
期待を込めた瞳で彼女達はラハを見つめる。彼は咳ばらいをしてから、自分の考えを発表した。
「恋人っていうのは、自分にとって特別な存在であり、命を懸けてでも守りたい存在、心の支えになる存在だってオレは思う。ゼノスが言っている友っていうのも、あいつにとって特別な存在ってことなんだろうけど、愉しさを共有するだけの存在と恋人は懸けているものが違うんだよな」
「命を懸けて守る……心の支えになる……」
ゼロはラハの言葉を繰り返す。彼の説明から、自分への大きな愛情を感じたヒナナは、静かに胸を熱くした。
「あんたからしたら、命を代償にして誰かを守るとか理解に難しい行為かもしれないけれど、原初世界や彼女が救ったもう一つの鏡像世界……第一世界ではそれが『恋愛』っていう感情を抱いた者同士、恋人の意味なんだ」
出来るだけ分かりやすく、齟齬なく伝えようとラハは丁寧に伝える。ゼロは顎に手を添えて、一定時間思考した後、頷いた。
「遠い……遠い昔に、そんな感情を抱いたことがあるかもしれない。メモリア戦争が加速する中で、この人だけは生きていて欲しいと願い、守ろうとした相手が……一緒にいると、平穏を感じる相手が……いたような、気がする……あれは、恋人というものだったのか……」
「ゼロ……」
「数え切れないくらい遥かな過去だ。それに……生存のため、致し方なく摂取した誰かのエーテルの記憶かもしれない」
ゼロは自嘲するように笑った。脳内に持つ記憶さえも、自分のものなのか他者のものなのか曖昧になっている彼女を見て、ヒナナは心を痛めた。
「これからは、『ゼロ』としての記憶をたくさん作っていきましょう。わたしやヤ・シュトラ達はもちろん、ラハもあなたの仲間だから」
「おう。林檎以外のうまい食い物とか、この世界の面白い文化とか、いろいろ教えるぜ」
ラハはニカッと笑って親指を立てる。ヒナナは優しく微笑んで頷いた。
「お前達は本当に変わっている……いや、日々誰かに命を狙われるような世界ではないからそう思えるのか……まぁいい。何か知りたいと思えば私から要求する。必要以上に干渉しなくてもいいからな」
お人好しの塊のような二人を、ゼロは少し呆れた様子で見る。完全には縮まらないものの、ほんのちょっとだけ心の距離が縮まったかもしれない、とヒナナは思い、新しい仲間とのこれからの日々に心を躍らせた。