世話になっているメーガドゥーダ宮の割り当てられた自室に戻ると、何故か星を救った英雄が桃色の可愛らしいエプロンをつけてテーブルに配膳していた。予想していなかった光景にエスティニアンは驚き、思わず「は?」と声を上げる。
「あ、おかえり、エスティニアン!」
当の英雄――今はただの冒険者である彼女は、太陽のように明るい笑顔で帰りを喜んでいる。状況が掴めないエスティニアンは疑問の表情を深め、どういうことだと尋ねた。
「星戦士団の訓練に付き合っている竜騎士さんのために一肌脱ぎました! ……というのは冗談で、ゼロにいろんなもの食べて欲しくて作ったんだけど余っちゃって……お疲れの仲間にお裾分けってところ」
照れ笑いを含めながら冒険者は訳を話す。一瞬自分の為に作ってくれたのかと期待を持ってしまったが、そうではなかったことに内心がっくりする。共に星を救ってから始まった恋愛関係であってまだ日は浅いが、『恋人が思いを込めて尽くしてくれる』ということがあってもいいのではないかとどこかで思っていたせいだ。いずれ、また、そういう日が訪れてくれるだろうと未来に希望を残し、エスティニアンはテーブルに置かれた料理に目を向ける。茄子にハンサの肉を詰め、トマトを乗せて焼いたカルヌヤルク。レンズ豆と香辛料をココナッツミルクで煮込んだレンティルカレー。サベネアンカラマリを程好く炙ったもの。ロランベリーラッシー。サベネアの名物料理を取り揃えました、といった雰囲気の食卓に、ゼロも大変だなとエスティニアンは思った。
「ほぅ、そういうわけか。で、あいつは食べてくれたのか?」
「ある程度は……でも、刺激が強いものばかりで疲れるって途中で飽きられちゃった」
冒険者は悲しげな表情をする。この世界に来て初めて、食物を経口摂取して人間に香辛料満載のサベネアの料理フルコースは辛いだろう。冒険者も善意でやったことなので、責められるいわれはない。仲間に対して真っ直ぐな彼女に対し、エスティニアンはぽんぽんと頭を撫でた。
「お前の気持ちはあいつに伝わっているはずだ。が、食事を楽しんで欲しいのなら、刺激が少ない料理から始めた方がいいと思うぞ」
「うん……次からはそうする」
やる気を取り戻し、希望が瞳に戻る。本当に真っ直ぐで美しいとエスティニアンは思った。
「というわけで、一緒に食べよう。味見してくれたヤ・シュトラいわく、おいしさは問題ないみたいだから」
「ああ。体動かして腹減ってるからな。ちょうどいい」
エスティニアンは冒険者と向かい合わせになるように座り、炙られたサベネアンカラマリを口にする。もしゃもしゃと咀嚼して飲み込み、炙りが甘いなと言った。
「えぇっ、ちゃんとやったのにぃ」
「程好く全体に炙りが行き届いてない。もう少しだな」
まるで炙りイカ専門家のように評価するエスティニアンに対し、冒険者は口を尖らせる。子どものような彼女を可愛らしいと思い、そんな口してるとキスするぞ、とからかった。
「きゃー! すぐそうやって手を出そうとするー! エッチニアン!」
「はぁ? なんだそれ」
自分よりも年下で、まだ純情な部分が多い冒険者が騒ぐと、エスティニアンは眉間に皺を寄せる。変な呼び方で言い返され、少しいらついた。
「そのまんまの意味だもん。キスするのだって、雰囲気とか段取りとか大事なんだから……」
段々と冒険者の頬が赤くなる。彼女は照れているのだと察し、ふーっと息を吐いた。
「わかったわかった。本当に今すぐキスしたりしねぇよ。お前が作った飯食って、シャワー浴びてからな」
冒険者に笑い掛け、エスティニアンはレンティルカレーを食べ始める。そんな彼を見つめ、今晩何があるかを察した冒険者は、頬の火照りを感じながらロランベリーラッシーを飲んだ。