Vi et animo

目に見えない幸福

 会いたい、と思った。けれどもそれを直接的な言い回しで伝えることは出来ず、竜の眼を触媒にして産み落とされた神龍について聞かせて欲しいといかにもな目的を提示してあいつと会う約束を作った。我ながら女々しい。会いたいなら、触れたいのならそう言えばいい。なのにどうして、あいつには簡単にそれが出来ないのだろう。これが本気の恋だからか? 答えの見えない疑問を頭の中で回しつつ、忘れられた騎士亭で彼女を待った。
「お待たせ。ちょっと、ルキアさんに依頼物の納品してたら偶然アイメリクさんに会って声掛けられて、立ち話しちゃって……」
「おせぇよ」
 待ち合わせ時間より10分程遅くなったヒナナの口から、腐れ縁の旧友の名前が出てきていらっとする。偶然会っただぁ? どうせあの野郎、ヒナナが俺と約束してると睨んでちょっかい出てきただけだろ。顔も性格も良いからって人の女に……って、こんなことでイラついてる場合じゃない。こいつの前では、冷静でいなければ。
 不貞腐れた言葉を発した俺に対し、ヒナナはしょんぼりと耳を下げ、「ごめんなさい」と謝った。
「んな顔すんなって。ひとまずそっちに座れ。何飲む?」
 俺は自分の向かいの席を手で指し示す。ヒナナは腰掛けてから、レモネードがいい、と伝えてきた。俺はそのオーダーをカウンターのジブリオンにぶん投げる。彼ははいよ、と受け取り、数分してからウェイトレスがそれを運んできた。
 ヒナナは彼女に礼を言い、一口含む。口内を潤してから、本題に入った。
「神龍について知りたいなんて、あなたから言われるなんて思わなかった……あれは色んな人の憎しみや野望が渦巻いた、あっちゃいけないものだから……」
 ヒナナの声色は沈んだものになる。あいつが何を見てきたかは、伝え聞いた情報からしか想像出来ないが、きっと純粋で真っ直ぐな心には大きく刺さるものがあったのだろう。英雄や冒険者に向いてない性格だとつくづく思う。けれどもこいつは華奢な体に似合わぬ槍でニーズヘッグを討ち、このイシュガルドを色々な意味で救ったのだ。俺のことも……。
「竜の眼を使ったってところが気になってな。実際に目にして戦ったお前の話を聞きたくて」
「そっか……エスティニアンにとって、あの眼は切っても切れない関係だもんね」
「まぁな」
 ヒナナの言葉に頷く。内心、どうやって二人きりになろうとか、告った時みたいに騙し討ちはかっこ悪いよなとか様々な考えを渦巻かせながら。そんな俺の気持ちも知らずに、あいつは真面目にどんな戦いだったかを話す。真剣に聞く気持ちと考えを巡らす気持ち半々で中途半端に耳にしていると、ヒナナは不服そうな表情を見せた。
「ちゃんと聞いてる? なんか、心ここにあらずって感じだよ」
「あっ、いや……」
「もしかして、他に悩みがあるの? だから適当な理由作って、わたしのことを呼んだの?」
 8割正解だ。ヒナナに会いたいと思い悩み、正当そうな理由をでっちあげて呼び出したのだから。ただ、恋愛的な悩みだとは、初心な恋人様は気付いてなさそうだが。中途半端に勘がいいヒナナに対してフッと笑みを零した。
「エスティニアン……?」
「なあ、あの時と同じだって言ったら……どうする?」
 意味深な言い方で気持ちを察してもらおうとする。どういう意味か考えたヒナナは、ぽんっと頬を赤くした。
「えっ、えと、その……宿屋、行く……?」
  林檎のように赤くなり、そわそわした様子で俺を見つめるヒナナはとても可愛らしく、俺の心の奥にある欲望をダイレクトに刺激した。
「くくっ、勿論。お前と二人きりになりたいからな」
 暴れそうな熱を抑えて彼女の手に触れる。誘うように撫でて目を見ると、少し潤んだ瞳が視線を返した。ヒナナは小さく頷く。俺は薄く笑って、彼女とともに急ごしらえで手配した部屋に入った。

 翌朝。俺は太陽の光で目を覚ました。視界には、愛らしい寝顔を見せているヒナナがいる。首筋にちらりといくつか見えるキスマークを見て、激しく抱き過ぎたかもなと少し後悔した。それでも、こいつは俺に惚れていて、文句なんて言わないんだけれど。
 そっと頭を撫でてやると、ヒナナはゆっくりと意識を覚醒させた。
「ん……おはよう、エスティニアン」
「ああ、おはよう」
 優しく、壊れ物を扱うように撫で続ける。あいつはうっとりとした表情で微笑み、「幸せだなぁ」と呟いた。
「こうして好きな人に会って、優しく触れ合って愛されて……幸福以外の何物でもないわ」
 穏やかな声で綴られた言葉に、俺は胸中が温かくなる。こいつに出会い、こいつに恋するまで忘れていた、感情の動きだった。
「そうだな……じゃ、もっと幸せにしてやろうか?」
 俺はにやりと笑みを浮かべる。ヒナナは不思議そうな顔をして、どういうこと?と尋ねた。本当に純朴で、何も知らないお姫様だなと思いながら、彼女の唇をそっと奪った。
 互いの柔らかな部分が触れ合って、あいつの唇は微かに震える。俺は構わず深く口付け、舌を絡め取った。艷やかな声が聞こえる。啼きながら体を離そうとするあいつを抱き寄せて、「逃げんなよ」と囁いた。
「き、昨日、シたのに……」
「別に朝からヤろうとは思ってねぇよ。ただ……お前と幸せを感じたいだけだ」
 そう言うと、ヒナナは安堵したように微笑を漏らす。彼女の笑みは俺の心を穏やかにし、幸福をもたらしてくれた。