クリームマシマシチョコレートイチゴ・カフェオレ――まるで呪文のような飲み物が駅前のカフェにあり、クラスの女子達の間で話題になっていた。それをスマホを弄りながら小耳に挟んでいたイヴは、ふと思いつく。
(にいちゃん、甘いもの好きだから帰りに奢ってあげたら喜ぶかな?)
女子達が話すカフェの名前を覚え、彼は小さく微笑む。イヴにとって兄・アダムは大切な兄弟であり、恋人だった。
放課後。通学用のバイクを走らせ、兄が通う進学校の前に到着したイヴは、正門近くにバイクを止めて兄が出てくるのを待った。スマフォでブロック同士を繋げて消すゲームをしながら待っていたが、時折兄と同じ学校の生徒の視線を感じた。
他校の、それもあまり素行の良くない噂が立っている学校の生徒で、品行方正そうな見た目をしていないからだとイヴは知っている。知っているが、もう慣れたものだ。自分は何故か喧嘩を売られやすい。売られた喧嘩を無視することも出来ないので買っていくうちに腕っぷしが強くなり、安易に吹っ掛けてはいけない相手と色々な人に認識されるようになった。イヴ本人としては、誰かを傷付けることはあまりしたくないので、非常に不本意ではあるのだが……そうなってしまったからには仕方ないと諦めている。
早く兄に会いたいと思っていると、待ち望んでいた声が聞こえて来た。
「イヴ、待たせてしまったな」
ぱっと顔を上げれば、穏やかな笑顔を浮かべる兄がいた。イヴはぱぁっと明るい表情になり、ぎゅっと抱き付く。
「にいちゃん! お疲れ様!」
親に甘える子どものように抱きつく彼の髪を撫ぜ、頑張ったのはお前もだろうと返す。二人は『人前』であることなど微塵も気にせず、いちゃこら二人だけの世界を作っていた。
「あ、うん……俺もべんきょー頑張った」
ほとんで寝ていて聞いていないことは黙って『勉強した』ことを伝える。良い子だと褒める兄にドキドキしつつも、イヴは本題を切り出した。
「……っていう、甘くておいしい飲み物が駅前のカフェにあるんだって。兄ちゃんに奢ってあげたいなって思って」
目を輝かせて提案する弟を可愛らしいと思い、アダムは頷く。
「ああ、行こう。連れていってくれるかい?」
「うん! じゃあ今日はカフェに寄り道して帰ろうね」
そう言ってイヴはヘルメットを兄に渡し、自分の分を装着する。バイクに跨ると、同じようにヘルメットを付けた兄が後ろに跨った。
「準備いい? 俺にぎゅって捕まっててね」
「いいよ、イヴ」
安全のために、兄はイヴに腕を回す。体と体が密着するこの行為は、通学時に毎度行なっていることだが、多感なイヴはいまだに慣れずに胸が熱くなった。
(にいちゃんの体、あったかい……それに良い匂いする……)
命を預かって運転するのだから、余計なことを考えてはいけないのだが、思考があらぬ方向に行ってしまいそうになる。そういうことは家に帰ってから、と自分を律し、イヴはバイクを走らせた。
駅前のカフェは彼らと同じような学生、そして買い物帰りの女性達で賑わっていた。お目当てのものを注文し、兄が確保してくれている席に向かう。その途中、イヴは見知った顔を見かけて思わず声を掛けた。
「あ、9Sと2B」
名前を呼ばれた高校生にしては幼い顔つきの少年と、クールな印象の少女はイヴに視線を向けた。
「イヴ」「なんでお前もここに」
彼女達はイヴと同じ学校の生徒で、9Sに至ってはクラスも同じだった。親友、というわけではなく、意見が合わないことが多くありつつも互いのことに協力する機会が多い腐れ縁、といった関係だ。自分は兄にクリームマシマシチョコレートイチゴ・カフェオレを奢るために来たことを伝えると、9Sは眉を顰めた。
「あの何考えてるか分かんない兄貴もいるのか……ていうか僕の発想はイヴと同レベルなのか……」
喋りながら彼は落ち込む。急に空気が暗くなった9Sを案じ、2Bは声を掛けた。
「どうしたの、9S」
「俺と同レベルってどういうことだよ」
「いやまあ……クリームマシマシチョコレートイチゴ・カフェオレを大切な人に飲んで欲しいと思って奢る行為は、僕以外の人も考えていたんだなと思っただけです……」
不服そうに彼は話す。9Sも自分と同じ考えで2Bとここに来たことを知り、イヴはちょっと嬉しくなった。
「俺達共通点もあるんだな」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ。僕は喜ばしくないぞ」
めちゃくちゃ不満気な彼を見て、この状態の9Sと話しを続けるとオチがつくまで時間がかかると過去の経験から思い出したイヴは、にいちゃんが待ってるからとその場をあとにした。
予定外の再会後、イヴは兄が待つ席へ向かう。難しそうな本を読んでいる彼の前に、クリームマシマシチョコレートイチゴ・カフェオレを置いた。
「おまたせ」
「おかえり。友達との話はもういいのか?」
兄に9S達とのやり取りを見られていたことに気付き、イヴは恥ずかしくなる。適当に肯定し、向かいの席に座る。
「そ、それより、これがクリームマシマシチョコレートイチゴ・カフェオレってやつ。甘くておいしいってクラスの女子が言ってたんだ。甘党なにいちゃんに、俺からのプレゼント」
話を商品に移し、どうぞどうぞと視線を送る。アダムは微笑んで、ストローに口を付けた。その所作は美しく、どこか色気もある。イヴは胸の高鳴りを覚えながら兄を見つめ、頬が熱くなるのを感じた。
「うむ……チョコレートといちごの甘さ、そしてコーヒーの苦みが合わさって美味だな」
「ほんと? 良かったぁ、にいちゃんが嬉しいと俺も嬉しい」
にこにこするイヴに対し、アダムは察したように笑って、頬杖をつく。心を見抜くような視線が、彼に当たった。
「イヴ、少し頬が赤いな。何を考えていたんだ?」
「へ!? え、ううん、なんでもな」
「理由は予想がつく。家に帰ったら、お前の望むことをしてやろう、それまで、ちゃんと我慢するんだよ」
イヴの心をわざと刺激するように唇を舐めて、彼は不敵に微笑む。ドキドキと鼓動を刻む心臓の音を強く意識しながら、イヴは兄の言葉に頷いた。