Vi et animo

着替えと恥じらい

 ある日突然、アダムが見慣れない衣服を持ってきた。林檎の芯で遊んでいたイヴはそれを訝しげな様子で見つめる。
「おかえりにいちゃん。それ、なに?」
 アダムは智謀を巡らせているかのような笑みを浮かべ、運んできた衣服をイヴに見せる。彼が手にしているのは、黒の上着みたいなものと体に巻くような紐が付いている布だった。どう使うのかイヴには見当がつかない。ただ、紐ついている布は鮮やかな柄で、綺麗だなと思った。
「これは、袴というものだ。前に教えた、正月に男子が着るらしい」
「はかま? それって窮屈じゃない?」
 衣服を身に付ける行為が嫌だと感じているイヴは、嫌悪の表情を浮かべる。
 アダムは相変わらずだなとでも言うように小さく笑い、大丈夫だと答えた。
「初めはきついと感じるかもしれないが、慣れてくれば気にならないそうだ。本に書いてあったぞ」
「そうなんだ。にいちゃんがそう言うなら、頑張って着てみる」
 イヴはニコリと微笑む。良い子だとアダムは弟の頭を撫でた。
「じゃあ、着替えるぞ。イヴ、こっちに来なさい」
「うん」
 アダムに誘われ、イヴは隠れ家にしているビルの奥へ一緒に向かう。『着替え』は人目についてはいけない、というアダムの方針の為、そこには簡易的な仕切りがされていた。白いカーテンの中で、イヴはアダムと二人きりになる。身に付けている衣服を脱いで裸になったところで、彼は赤面した。ただの着替えだが、好きな人の前で体を見せているということを意識してしまったからだ。
「イヴ、どうした?」
「あっ……うぅん、なんでも、ない」
 慌てて本音を誤魔化す。けれど、些細な変化をアダムは見逃さず、ぐっと壁に追い詰める。
「何でもないわけないだろう。顔が赤い、林檎のようだ」
 宝石のように美しい瞳がイヴを捉える。逃げられず、小さな声で否定することしか出来なかった。
「違う、違うから」
「私に嘘を吐くのか? イヴは悪い子だな」
 吐息を含んだ色気のある声がイヴの耳元で紡がれる。その瞬間、ぞくぞくと快感が走った。
 好きな人の声だけで、体が熱くなってしまう。恋の熱が急速に膨れ上がり、胸をきゅっと締め付けた。アダムに触れて欲しいとイヴは思ったが、それを自分で言うのは『恥ずかしい』と感じ、出来なかった。
 それをアダムは察しているのか、腰を撫でながら耳朶に口付ける。イヴは短く声を漏らし、兄を見つめた。
「何してんの、にいちゃん。着替えるんじゃないの?」
「お前が誘惑的だったし、何かを隠しているようだったからな。予定変更だ」
「えっ……」
 戸惑うイヴに構わず、唇同士を重ねるアダム。彼は愛情を注ぐようにキスを繰り返し、イヴを抱きしめた。イヴの熱さが布越しに伝わる。自分に体を見られ、煽られて興奮しているのだと知っているアダムは、翻弄されている弟を見て喜びを感じた。
「イヴ、良い子でいたいなら、私の言う事を聞きなさい」
「うん、聞く。なんでも、する」
「それじゃあ……」
 口元に悪い笑みを浮かべて、アダムはイヴに命じる。その内容に対し、イヴはさらに顔を火照らせながら、おずおずと頷いた。
「にいちゃんの為に、一生懸命するね」