誕生日―――それは人類にとってとても大切なものだったと、にぃちゃんは話してくれた。当日は友達や家族から祝われ、プレゼントをもらうんだと。俺はいいなと思って、今度にぃちゃんの誕生日をお祝いするねと言った。そうしたらにぃちゃんは苦笑いした。
「私達の誕生日は決まっていないから……難しいな」
どこか諦めるようににぃちゃんは零す。俺はどうしてもお祝いをしたくて、「なら今日にしよう」と勝手に決めた。
「今日? イヴは、今日が何月何日なのか知ってるのか?」
「うっ……」
知らない。知る術がないから。俺達が生まれて何日経ったか、くらいしか分からない。
「……知らないけど、生まれて何日目かは分かるよ。今日でちょうど、100日目!」
「ああ、そうだな。しかし誕生日は固定の日付でないといけない。もし今日祝うとして、次はどうするんだい?」
にぃちゃんは自信たっぷりに、どこか楽し気に笑って問うた。
俺は思考回路をフルに動かして、にぃちゃんに納得してもらえる答えを探す。必死に考えて、絞り出した答えを伝えた。
「また次の100日目にお祝いしよう。次の次はまた100日経った時にして、100日毎に誕生日のお祝いをしようよ」
ね? いい考えでしょう?
名案が浮かんだと思って、にっこり笑ってにぃちゃんを見つめる。
彼は意外だとでも言いたげな顔をして、「お前は本当に興味深いね」と言った。
「え?」
「面白い考えだ。そうしよう。今日は私達の誕生日だ」
「へへっ、ありがと、にぃちゃん」
考えを受け入れてくれたことが嬉しくて、ぎゅっと抱き付く。
にぃちゃんはそっと抱き締め返して、頭をぽんぽんと叩いた。
「さて、準備をしよう、イヴ。誕生日にはプレゼントが必要だ。それぞれ別れて探しに行こう」
「うん!」
元気よく立ち上がって、俺は遊園地の方へ向かう。にぃちゃんが笑顔になるものが見つかりますようにと、願いながら。
遊園地ではいつものように機械生命体達がわいわい騒いでいた。花火が上がり、紙吹雪が舞い、わくわくした気持ちになる。遊びたいという思いを我慢して、何かプレゼントになるものはないか探した。
メイン通りを抜けて裏通りに入る。珍しい物を売っている商人の機械生命体に声を掛けた。
「よっ、元気か?」
「アッ、イヴ。ゲンキダゾ。キョウモ イロンナモノ トリソエテルゾ。ミルカ?」
「ああ。誕生日プレゼントを探しててさ。なんか良いのない?」
店先に出している綺麗な石や花、何かの部品を物色しながら尋ねる。
彼は「タンジョウビプレゼント?」と逆に質問してきた。
「生まれた日をお祝いする、大切な人にあげる贈り物だよ。にぃちゃんに渡したいんだ」
「タイセツナヒト……オクリモノ……オイワイ……」
俺の言葉を反芻する。何度かそれを繰り返して、「アッ」と短く叫んだ。
「良いものがあるのか?」
期待を胸に、彼を見る。『表情』という機能があれば、きっと満面の笑みなんだろうなと感じられる雰囲気で、問いに答えた。
「オモシロイモノ アル。『テジナ』ッテヤツ」
「手品ってあの……人間がやってた、帽子から白い鳩を出したり、ハンカチを薔薇に変えるやつか?」
「ソウ、ソレ。オレノトモダチデ トクイナヤツイル。ショウカイスル。テジナオボエテ ニィチャンニミセタライイ キットヨロコブ」
「それだ! 案内してくれ」
嬉しさを感じながら、俺は機械生命体と一緒に見世物小屋に向かう。
手品を披露したら、にぃちゃんきっと驚くだろうなぁ。良い子だって褒めてくれるんだろうなぁ。心の中はそんな思いでいっぱいだった。
外に出た時、辺りはすっかり暗くなっていた。手品を覚えるのに意外と時間が掛かってしまった。
「遅くなっちゃった……にぃちゃん心配してるだろうな……」
俺達はネットワークで繋がっているから、互いの状況を把握することが出来る。けれど、一人で行動する時は日が落ちる前に家に帰るというのが約束だ。それを破ってしまった今、俺が帰って来ないことを不安に思ってるはずだ。
「急がなきゃ」
普段より脚部を動かすスピードを上げて、帰り道を走った。
森を出て、都市に入ったところで、誰かに後ろを取られる。
「なっ……」
ヨルハのアンドロイドかと思い、振り向きざまに蹴りを加えると、足を掴れた。
「イヴ。私だ。探したぞ」
聞こえてきた声に緊張が解ける。俺が蹴ろうとしていたのはにぃちゃんだった。
「にぃちゃん!」
急いで足を下ろして抱き付く。数時間ぶりに感じたその温もりは、俺を安心させてくれた。
俺の背中に手を回して、にぃちゃんは問う。
「何故こんなに遅くなった? 遊園地にいたことは把握しているが……」
その声からは焦りが察せられた。
「にぃちゃんへの誕生日プレゼントで、手品を教えてもらってたんだ」
「手品……?」
「うん。上手く出来るまで時間が掛かっちゃって……遅くなってごめんなさい」
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら謝る。
にぃちゃんは小さく笑って、「お前は世話を焼かせるな……」と呟いた。
「ごめんなさい……」
「いいんだ。私を思ってのことなのだろう?」
その言葉に頷く。
「にぃちゃんに喜んで欲しくて……」
「なら、今回は許そう。折角の私達の誕生日だ。楽しまなければな?」
「にぃちゃん……」
顔を上げて、表情を見る。にぃちゃんは優しく微笑んでいた。
「さあ、家に帰るぞ。早くお前の手品が見たいしね」
「はーい」
俺はにぃちゃんと手を繋いで家路を歩く。星空がとても綺麗で、本で読んだ『恋人』みたいだなと思った。
ちなみに、覚えた手品は一発で成功することが出来た。赤い布を花に変えてプレゼントすると、にぃちゃんは『上手だね』って褒めてくれた。
にぃちゃんからは綺麗な石がついたブレスレットと……
「誕生日おめでとう、イヴ」
嬉しい言葉を貰った。
「にぃちゃんも、誕生日おめでとう。また100日後もお祝いしようね」
俺の言う事に、にぃちゃんは「そうだな」と、幸せそうな笑みを浮かべて頷いた。