家に帰ると、イヴは一人だった。少し年の離れた兄は、まだ仕事から帰っていない。時刻は夜の7時。いつも8時くらいには帰ってくるから、少し待てば兄に会える。
けれども、夏から秋へ移ろう季節の変わり目というのは、無性に寂しくて、イヴの心に空虚を生み出した。
「にいちゃん……」
ただの我儘だと分かっていつつも、早く兄に会いたいと思ってしまう。それは、彼らがただの兄弟ではないことに起因しているのかもしれないが。胸が熱くなって、涙が湧き上がるのを我慢しながら、イヴは兄の部屋に入った。
窓から差し込む夜の光に照らされた部屋は、綺麗に整えられている。少し散らかり気味のイヴの部屋とは違う。その中で、ベッドの上に放られたTシャツがとても目立っていた。洗濯し忘れたのか、律儀な兄にしては珍しいとイヴは感じる。
彼が洗濯機に入れようとそれを掴んだ時、愛しい匂いが鼻孔を擽った。
「あっ……」
『にいちゃんの匂いだ』と彼は思う。大好きな、大好きな匂い。
それはイヴの寂しさを増長させ、彼はTシャツを抱き締めた。
「にいちゃん……にいちゃん……」
会いたい人を繰り返し呼ぶ。我慢していた涙もいつしか零れて、頬を濡らした。
「にいちゃん、会いたいよ……」
暗い部屋で、イヴは静かに泣いた。
どれくらい孤独の中にいただろう。知らぬ間に時間が経過し、イヴは突然部屋の灯りが点いたことによって現実に引き戻された。
「そこで何をしてるんだ? イヴ」
反射的に振り返れば、そこには待ち焦がれていた人がいた。
「にいちゃん!」
イヴの顔は一瞬にして明るくなり、部屋の入口にいるアダムに抱きつく。自分のTシャツを握りしめた弟が抱きついてきたことに少し戸惑いながら、アダムは彼の頭を撫でた。
「どうしたんだ? 私の服を握りしめて」
「すっごく寂しくてっ、にいちゃんの部屋に行ったら、服があったから、洗濯機に入れようと思ったら、その……にいちゃんの匂いがして……余計に寂しくなって……一人で泣いてたんだ」
赤く充血した瞳で、イヴは兄に話す。
それを聞いてアダムは、弟を可愛いと思いながら、それだけかい?と尋ねた。
「え?」
「泣いてただけなのか? 私の服を使って、何かしなかったのか?」
兄の問いに、イヴはぽかんとする。しかしすぐに意味を察し、顔を赤く染めた。
「何もしてないよ」
「会いたくて泣いてしまうほど、私のことが好きなのに?」
「本当だよ、何もしていない」
首をぶんぶん振りながらイヴは答える。
必死に否定する弟をますます愛おしいと感じながら、アダムはからかうのをやめた。
「ふふっ、そうか。さて、まずは食事にしよう。それから……一緒に遊ぼうか」
「うん」
優しく微笑む兄の言葉にイヴは頷く。
アダムは弟の額に口付けて、「ただいま」と言った。