Vi et animo

いつかその願いが叶いますように。

 終末の災厄に打ち勝ったエオルゼア。その立役者たる英雄――ヒナナは、星芒祭を手伝うためにグリダニアに来ていた。不思議な力を持つ鹿のブリッツェンと、それを研究するシャーレアンの教授・ローレンセンとともに子ども達の笑顔のために幻想を見せていると、聖人の従者として想い人が現れた。
 イシュガルドの議長であり、彼女の恋人である――アイメリクは、子ども達へ贈り物を渡していた。中身がイシュガルディアンコートであることに若干の疑問を抱いたが、それも彼の優しさなのだとひとまず納得しておく。
 久しぶりね、と挨拶をしたヒナナは、アイメリクがカ・ヌエとの話し合いで少し長くグリダニアに滞在することを知り、それならばラベンダーベッドにある持ち家に来ないかとお茶に誘った。多忙な身である彼であるが故に、断られるかと思ったが、アイメリクは嬉しそうに目を細めて、ヒナナの誘いを受けてくれた――
 次の日の夜。月が顔を見せた頃、静寂に包まれるラベンダーベッドの一軒家に、アイメリクは足を運んだ。少し大きな紙袋を抱えて、家のベルを鳴らす。
 すると、澄んだ声が聞こえ、目の前の扉が開いた。
「遅くなってすまない」
「ううん、こちらこそ忙しい中ありがとう。イシュガルドよりは暖かいけれど、夜は冷えるから入って」
 穏やかな笑顔で彼を受け入れ、ヒナナは室内に誘う。アイメリクは小さくお辞儀をし、恋人の家に足を踏み入れた。初めて来た場所なのに、そこは懐かしく優しかった。ヒナナが選んだであろう、木の家具やドライフラワーが温かく向かえ入れてくれる。好きな人が住む場所だからそう思うのだろうかと考えつつ、奥のリビングへ移動した。
 そこには彼女が作った手料理が並んでいて、どれも美味しそうな香りと湯気が立っていた。
「これは、君が一人で?」
「そうよ。こう見えても、調理師ギルドで修行したことがあるんだから」
 蒼天街の復興にも顔を見せていたため、クラフターやギャザラー職も極めているのだろうと思っていたが、調理師だとは知らなかったために驚いた。テーブルに乗っている料理はイシュガルドの家庭料理もあり、グリダニア出身の彼女には馴染みの無いものだ。それをわざわざ何種類も作ってくれたことに、心から感謝した。
「ありがとう。君の優しさを感じて嬉しいよ」
 アイメリクは微笑み、ヒナナの耳にキスをする。彼女はポッと赤くなり、冷めないうちに食べましょう、と慌ただしく席に向かった。そんな彼女を可愛らしいと思いつつ、コートを脱いで洋服掛けに掛ける。ヒナナの向かいに座ると、遠慮がちにアイメリクを見つめ、先に食べて欲しいと言った。
「イシュガルドで育ったあなたの口に合うか不安だから……」
「私はヒナナの作ったものならなんでも食べるけれどね」
 そう答えて、彼はオニオングラタンスープをスプーンで掬って口にする。味わうように咀嚼して飲み込み、幸せな笑みを浮かべた。
「すごく美味しいよ。君は料理の天才でもあるんだな……」
「えっ、本当!? 良かった……」
 ヒナナは安堵した様子で息を吐き、同じものを食す。おいしい、と感想を零し、別の料理も食べた。
「君が傍にいれば、毎日美味しい手料理が食べられるのに……」
 食事を進めながら、アイメリクは願いを吐露する。ヒナナは申し訳ない気持ちになり、何と返したらいいか迷った。
「すまない、困らせるようなことを言って……ヒナナが冒険者である限り、共に暮らすことは叶わないものな」
「ごめんね、アイメリクさん……」
「いいんだ、そんな顔しないでくれ……いつか、その時が来たら、私と共にボーレル邸で暮らして欲しい。雪の降るイシュガルドを、君の第二の故郷にしたい」
 今すぐには無理だと分かっていても、彼女を愛するがために望んでしまう。いつでも触れる範囲にいて欲しい、と。アイメリクは願う度にヒナナの悲しげな表情を見て、自分の欲深さを悔やんだ。
「いつか必ず、あなたと生きる人生を歩むわ。それまでは、こうして時々会う時間を大切にしましょう」
 彼女の言葉に彼は頷く。以降は、ヒナナが作った手料理を楽しむことに集中した。
 食事を終えた後、二人はソファに座りつつ暖炉で暖まった。柔らかな火の温もりは、心を癒してくれる。見た目だけでなく、ぱちぱちという小粋な音も、長閑さをより演出していた。
 アイメリクに肩を抱かれつつ、ヒナナは昼間の星芒祭での話をする。子ども達にイシュガルディアンコートを渡すのは、間違ってないけどなんだか違和感を覚える……と話すと、彼は困った顔をした。
「グリダニアでは違うのかい?」
「ここではっていうか……イシュガルドは寒さや貧しさがあるからあれが正解なのかもしれないけれど、それ以外の温暖な気候の国では、コートよりおもちゃや本の方がいいと思うわ」
 話を受けて、彼は顎に手を添えて考える。
「ふむ、空気を読み間違えたか……」
「綺麗な模様を見て喜んでる子もいたし、イシュガルドの文化を知る良い機会になったと思うから大丈夫よ」
「そうか、君は優しいね」
 ふわりと微笑んで、彼女の頭を撫でる。ヒナナは照れて、頬を赤くした。
「温かな心を持つヒナナに、私から星芒祭の贈り物だ」
 そう言って彼は、ヒナナから離れて洋服掛けの傍に置いておいた紙袋を手に取る。抱えてソファに戻り、中からあるものを取り出した。
「わあっ! かわいい!」
 アイメリクの手にあったのは、モーグリのぬいぐるみだ。黒衣森に住む者とは違い、ポンポンが桃色になっている。
「イシュガルド限定のモーグリ族のぬいぐるみだ。復興の一環で裁縫師達が作り、子ども達に配っているものさ」
「わたしがもらっていいの?」
「国を救った英雄が大のモーグリ好きだと話したら、二つ返事で了承してくれたよ」
 なんだか悪いことをしてしまったのではないか、そう思いつつもぬいぐるみを受け取る。ふわふわとしていて柔らかで、本物には劣るが愛らしい。もらったぬいぐるみを満足そうに抱き締めていると、贈り物はもう一つあるんだ、と彼は言った。
「もう一つ?」
 疑問に感じつつ、顔を上げる。アイメリクは自然と彼女の首筋に手を伸ばし、何かを吹き掛けた。
 すると、甘く穏やかな香りが広がる。花の香りと思われるそれは、ヒナナの首筋からふわりと香った。
「君をイメージして調合してもらった香水だ。女性に贈るのなら香水が良いと、エマネランが言っていてね」
 園芸師でもあるヒナナは、恐らくコスモスの香りだろうと推測する。優しく包み込むような匂いは、彼女の心を癒してくれる。自分のことを考えて、調合師に彼が依頼してくれたのだと思うと、とても嬉しかった。
「ありがとう、アイメリクさん。ぬいぐるみも香水も大切にするわ」
 満面の笑みでヒナナは言葉を返す。アイメリクは少し頬を朱に染めて、なんだか照れるなと言った。
「君に贈り物をしたのは初めてではないのに……素直に礼を伝えられると、胸が熱くなる」
 そして彼は求めるように手を伸ばす。ヒナナは急いで贈り物をソファ近くのテーブルに置いて、大きな手に誘われた。そっと抱き締められ、触れるようなキスが与えられる。視線を合わせれば、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「好きだ。今は傍に居られなくても、いつか常に隣に居られるようになると、信じているよ」
「うん……アイメリクさんとも冒険に行きたいしね」
 恋人の言葉に夢を返す。その話に頷いて、再度口付けた。
「……っ、ヒナナ……ずっと、愛している」
 彼女が答える前に三度口を塞ぐ。甘い刺激はヒナナの心を蕩けさせて、夜の夢へと連れてっていった。