Vi et animo

甘いイタズラ

 かたかたとキーボードを打つ音が聞こえる。時々顎に手を当てて、何かを考え、またキーボードを叩く。それを繰り返しているアイメリク先輩を、わたしは眺めていた。整った顔立ちで、勉強も運動も得意で分け隔てなく優しくて、家柄もしっかりしているスーパー美男子。そんなアイメリク先輩が自分の恋人だなんて、未だに信じられない。けれども、事実、彼はわたしの彼氏だ。しかも彼はわたしを溺愛していて、日々気に掛けてくれる。時々それが過剰で困ることもあるんだけれども……。
 自分を見つめるわたしに視線を向けて、アイメリク先輩は苦笑した。
「ヒナナ、私をずっと見ているけど、つまらなくないかい?」
「えぇ、その……アイメリク先輩、す、素敵、だから……見ていて飽きないと言いますか……」
 構ってもらえないわたしを案じて言ってくれたのだと思うけれど、答えるのが恥ずかしくなる。彼を見ていて飽きないほど素敵だと思うのは、恋をしているからだし、わたしの言葉はあからさまにそれを示している。胸の内がドキドキして、頬が火照った。
 それを聞いたアイメリク先輩も、ほんのり頬を朱に染める。パソコンをぱたんと閉じて、隣の椅子に移動した。
「アイメリク先輩……?」
「君が可愛らしいことを言うから、作業は一時中断だ」
 そう言って頬を撫で、唇をふにふにと押す。その指で自分の唇に触れて、ちゅっと音を立たせた。意地悪な、からかうような目でわたしを見る。どきっとして、体が熱くなった。
「ふふっ、ヒナナは素直な子だね。ちょっと誘っただけで、顕著な反応を示すなんて」
「い、意地悪しないでください……」
「すまない、でも、ヒナナの反応が可愛いからいけないんだよ」
 アイメリク先輩はにっこりと微笑んで返す。きっと、わたしが本気で嫌がってないからだと思う。本気で嫌だと伝えれば、アイメリク先輩は意地悪なんてしない。軽く拒否しつつ、彼の意地悪を嬉しいと思ってしまっているから、やめないんだ。やめて欲しくもないのだけれど。
 わたしは楽しんでいる彼に向けてぷぅっと頬を膨らませる。アイメリク先輩は小さく笑い、ちょっと遊ぼうか、と言った。
「遊ぶ……?」
「ああ。今朝、エスティニアンに聞いたのだが、今日はポッキーの日なんだそうだね」
「はい。昼休みにアリゼーやタタルとポッキーを交換して一緒に食べました!」
「君らしいね。私とも、ポッキーを食べてくれるかな?」
 アイメリク先輩は鞄からスタンダードなポッキーの箱を取り出す。一緒にお菓子の時間にしようってことなのかな、と考え、彼の言葉に頷いた。
「勿論。一緒に食べましょう」
「ありがとう」
 爽やかな笑顔で箱からポッキーを一本取り出し、チョコの付いている方をわたしの口に咥えさせる。食べさせてくれたと嬉しく思っていると、彼はチョコの付いていない方を口に含んだ。
「!?」
 そしてゆっくりと食べ進める。アイメリク先輩の綺麗な顔が近付いて来る。逃げれば良かったのだけれど、ドキドキして体が動かなかった。そのまま彼が距離を詰めてきて、唇同士が触れ合う。音を立てて軽くキスをし、アイメリク先輩はくすりと笑った。
「ポッキーも君の唇も甘いな」
「ど、どうしてぽ、ポッキーゲームなんか……!」
「これもエスティニアンに教えられたんだ。恋人同士なら、ポッキーゲームをするべきだと」
 彼は羞恥など見せずに色っぽい話題を話す。嫌じゃないけど、自分から望むことが苦手なわたしは、高鳴る心音を感じながらそれを聞いていた。それにしても、エスティニアン先輩も余計なことを……いや、アイメリク先輩とポッキーゲーム出来たのは嬉しいけれど……。
「そう、なんですね……」
「もしかしてヒナナは、嫌だったかい?」
「え?」
「ちょっと険しい顔してたから……」
 アイメリク先輩はしょんぼりした様子で尋ねる。わたしは首を横に振り、嬉しかったと伝えた。
「ちょっとびっくりしたけど、アイメリク先輩とき、キス出来て……嬉しかったです」
「ああ……本当にヒナナは純粋で愛らしい……もっと、シてもいいかな?」
「へ……!? な、何を、ですか?」
 アイメリク先輩はわたしを抱き寄せ、耳に何度も唇を落とす。柔らかな触れ合いにときめきが大きくなっていく。
「決まっているだろう? ヒナナ……もっと君の甘さを、味あわせてくれ」
 そう言ってアイメリク先輩はにやりと微笑んで、深く口付けてくる。チョコより甘いキスはわたしをゆっくりと蕩けさせ、夢見心地にした。