それは、突然のことだった。モーグリとアバラシア雲海で攻撃的な邪竜の眷属の討伐をしていた時、竜の放つ魔法に当たってしまったヒナナは、一瞬にして―――
「ひ、ヒナナさんが小さくなっちゃったくぽー!!」
そう、ミコッテ族の彼女の身長は、ララフェル族のそれと同じになってしまったのだった。当の本人は急に視界が変わったことに驚き、あたふたしている。これは危険だと判断したモーグリは、けむり玉を放ち、混乱するヒナナを連れて逃走した。
「やばいくぽやばいくぽー! モグリン様に……いや、イシュガルドの偉い人に何とかしてもらうしかないくぽー!」
自分達の長が極度の面倒臭がりであることを思い出した彼は、その足でイシュガルドへ向かうことにした。
「……そんな、ヒナナが……」
ララフェルサイズになったヒナナを見て、イシュガルド貴族院議長であり、彼女の恋人であるアイメリクは驚きと悲しみが入り混じった、複雑な表情をした。
「邪竜様の眷属が使った魔法のせいくぽ……生き物の大きさを変えてしまう魔法くぽ……」
モーグリはつぶらな両目から涙をぽろぽろと零しながら語った。頭のぽんぽんは下を向き、全身で哀しみを表している。モーグリ好きのヒナナは彼を抱き締めて、泣かないで、と宥めた。
「あなたのせいじゃないし、きっと元に戻る方法はあるわ」
「ヒナナさん……」
被害にあっているのは自分なのに、それを顧みず彼女は小さな友達の頭を撫でる。それは親が子にするような優しい行為で、モーグリは頑張って涙を我慢した。
「本当に君は心優しい女性だね。自分よりも他人を気に掛けるなんて」
「わたしは、大好きな存在が辛い顔をしているのが嫌なだけよ。だからアイメリクさんも、そんな顔しないで」
何も出来ないことを悔やんでいるような恋人の表情に、ヒナナは言葉を投げかける。海のように広い心を持つ彼女に対し、アイメリクは必ず、元に戻すという強い決意を抱いた。
「ああ、分かったよ。それで、モーグリくん。元に戻す方法は、どうやって探そうか」
「モグはモグモンって名前くぽ」
「失礼、モグモン殿。何か知恵を持っていそうな人の心辺りはないかい?」
アイメリクは脳内で作戦を組み立てながら、モグモンに尋ねる。彼は左右にぽんぽんを動かして思案し、何か思いついたようにぽんぽんを立たせた。
「ヴィゾーヴニル様なら何か知ってるかもしれないくぽ!」
以前、出会ったことのあるドラゴン族の名前を聞き、アイメリクは深く頷く。長い時を生きる彼女なら、何か知っている可能性が高い。
「そうだな。ヴィゾーヴニル殿なら……モグモン殿、聞き取り調査の方、君に任せても構わないかな?」
恋人の腕の中にいる小さな友人を彼は真っすぐに見つめる。モグモンはくぽぽ!と同意し、自分に任せて欲しいと返した。
「元はと言えば、モグが力不足なせいでヒナナさんが被害にあったくぽ。ヴィゾーヴニル様に聞いてきて、汚名返上くぽ!」
そう言って彼は、ヒナナの腕からぽん、と飛び出す。黒い小さな羽をぱたぱたと動かし、窓から外へ飛んで行った。
「モグモンだけで大丈夫かしら……」
ちらちらと雪が降る外を見つめ、ヒナナは不安を吐露した。いくら戦う術を身に付けているモーグリ族だとしても、ヴィゾーヴニルが住まう不浄の三塔までは危険が多い。ここに来るまで自分が一緒だったから何とかなった部分もあるが、今は彼一人だ。何かに巻き込まれ、最悪命を落とす可能性もある。
心配する恋人を見て、アイメリクは扉の向こうで控えていたルキアを呼んだ。
「如何いたしました? アイメリク様」
「先程、不浄の三塔に向かって旅立ったモーグリ族の護衛に、二人程兵を配置してくれ。モーグリ族には気付かれぬように彼を守って欲しい」
唐突な指令にも関わらず、ルキアは首を縦に振り、承知しました、と返す。そして椅子にちょこんと座るイシュガルドの英雄に目を向け、優しく微笑んだ。
「ご安心ください。モーグリ族のことは我々が責任を持って守ります」
「ルキアさん……ありがとうございます」
アイメリクとルキアの気遣いに、ヒナナは安堵する。自分がいつ元の大きさに戻れるかは分からない。けれども、こうして支えてくれる人達がいる。彼らは自分が『英雄』だから親切にしてくれるのではなく、『ヒナナ・オリヴィア』という人物が好きだから手を差し伸べてくれている。自分を自分として見てくれている彼らの存在に、ヒナナは支えられていた。
ルキアは二人に一礼すると、部屋を出ていく。残されたヒナナは恋人を見上げ、あなたはどうするの?と尋ねた。
「やらなければならない仕事が残っているから、それに取り掛からねばならないのだけれど……君のことも心配だ」
「アイメリクさん……」
「だから、もし君が良ければ、元に戻るまでの間、私の傍にいないかい?」
「へ?」
予想外の申し出に、ヒナナは目を大きく見開く。小さくなれども残っている猫耳はぴん、と真っ直ぐに立った。
「そ、そんなことしていいの? 仕事の邪魔じゃない?」
「私はこのイシュガルドの議長だよ。ちょっとした仕事のルール変更なんてすぐに出来るさ。それに、そのサイズなら、執務机に乗っても問題ないからね。君が傍にいれば、仕事も捗る」
職権乱用と思しき発言をして、アイメリクは微笑む。さすがは様々な困難を乗り越えてきた人だな、とヒナナは思いながら、彼の言葉に頷いた。元より、大きさが戻るまではイシュガルド内で出来る仕事をしようと考えていたため、恋人に声を掛けてもらえたことは嬉しい。好きな人と共に過ごす時間が出来たことを喜んでいると、アイメリクはヒナナを抱えた。
「さあ、小さなお姫様。執務室へ向かいましょうか」
心を撫でるような穏やかな声で、アイメリクはからかうように言う。ヒナナは姫扱いされたことに頬を赤らめ、もう、気障なんだから……と文句を言った。
モグモンが聞き取り調査をして戻ってくるまでの三日間、ヒナナはほとんどの時間をアイメリクと過ごした。彼が書類に目を通している隣で、調理師や園芸師の腕を磨く為の本を読んだり、簡単な作業を手伝ったり。こんな長い時間一緒にいたのは、共に聖竜フレースヴェルグに会いに行く為、旅をした時以来だ。恋人を傍で見つめ、ヒナナは改めて、彼の事が好きだと感じた。
民の為を思い、真剣に考えを巡らせる顔は勿論格好いいし、空色の瞳と長い睫毛が美しく、ヒナナは読書そっちのけで見惚れてしまうことがあった。見た目だけで好きになったわけではない。優しい性格や決して諦めない強い心に惹かれたという部分もある。けれども、彼の外見は心奪われるほど美しく、英雄であるヒナナの心をしっかりと奪っていた。
本よりも自分を見つめる彼女に気付き、アイメリクはにこりと微笑む。ヒナナはハッとして頬を染め、視線を本に戻した。
「どうしたんだい、ヒナナ」
「い、いえ、何でもないの……」
「じゃあ、何故顔を赤くしてるのかな?」
書類を端に避け、アイメリクは机に身を乗り出す。そうすることで机上にいるヒナナとの距離は縮まり、アイメリクの視界には彼女だけが捉えられた。
「こ、これは、その……」
美しい顔が迫り、ヒナナは余計胸を高鳴らせる。理由を分かっているのに尋ねて来るのは意地悪だと思いながら、意を決してアイメリクを見た。
「アイメリクさんが……かっこいいから……」
「ドキドキしちゃった?」
「うん……」
「ああ、君は可愛いね」
嬉しそうに微笑んで、彼はヒナナの小さな耳を撫でる。ヒナナはリラックスした表情を浮かべ、もっと……と呟いた。
「触って欲しい?」
「アイメリクさんに撫でられると、落ち着くの」
「そうか……なら、もう少し近くにおいで」
彼の言葉に頷いて、ヒナナは恋人の傍に寄る。目の前にちょこん、と座ったララフェルサイズのヒナナを見て、アイメリクの胸中に愛しいという熱い感情が芽生えた。可愛い、愛らしい、大切に愛でたい。膨らむ思いを感じながら、彼はヒナナの耳を撫でる。ヒナナ自身は気持ち良さそうに目を閉じ、されるがままになっていた。
「ヒナナ……可愛いよ」
柔らかく微笑んで、今度は頬を撫でる。時折、ぷにっと頬を突くと、彼女は苦笑した。
「ふふっ、もう……いたずらしないで」
「君が可愛らしいからだよ。いじめたくなる」
指で白い肌を撫ぜながら、アイメリクは答えた。その解答にヒナナは困惑しつつも、触れられているそこを赤くする。
「アイメリクさんって意外とSよね」
「ヒナナにだけだ。こんな感情を抱くのは」
「ま、益々恥ずかしいからやめて」
ヒナナは恋人から目を逸らし、羞恥を感じる。恥じらう小さなお姫様を見つめ、アイメリクは楽しそうに微笑んだ。
その後。不浄の三塔から戻って来たモグモンの情報により、元に戻すにはとある薬草が必要だということが判明。それを神殿騎士団の兵達が採集し、ヒナナは元のサイズに戻る事が出来た。いつもの姿に戻った彼女だが、ララフェルの身長になるのも、恋人に普段以上に触れてもらえるから悪くないと思ったそうだ。