Vi et animo

貴方に捧げる贈り物

 久しぶりの石の家。第一世界から一時的に帰還していたヒナナは、椅子に座って考え事をしていた。タタルが淹れてくれたお茶を飲みながら、時折、んー、と困惑の声を漏らす。思考回路をフル回転させる彼女に、タタルが声を掛けた。
「ヒナナさん、大丈夫でっすか?」
 視線を移せば、暁の金庫番は不安そうに彼女を見つめていた。戦勝祝賀会の事件から逃げ、雪の家に匿われてた時の事を思い出す。大きな瞳は揺れ、心からヒナナを案じていた。
「あっ……ごめんなさい、ちょっと考え事してて……」
 大切な仲間に心配を掛けてしまった、とヒナナは申し訳なくなる。小さく笑みを浮かべ、謝った。
「考え事でっすか? 何か、あちらにいる皆さんに関わる問題でも?」
 第一世界から戻って来られない面々に何かあったのではないか。そう思ったタタルは慌てた様子で口に手を当てる。予想外の方向に話が進みそうになる予感を察し、ヒナナは首を横に振った。
「ち、違う違う! ヴァレンティオンデーのことで悩んでて……」
「あっ……恋のお悩みでっすね! もしかして、アイメリクさんにお渡しするのでっすか?」
 途端にタタルは目を輝かせる。ヒナナとアイメリクが付き合っていることは、暁の面々には知られている。ヒナナ達が口外したわけではないのだが、いつの間にか周知の事実となっていた。
タタルの言葉にヒナナは頷き、溜め息を吐く。彼女は耳をへにょんと垂らし、眉尻を下げた。
「そうなんだけど……何を渡したらいいのかなって。アイメリクさんは皆の人気者だから色んなもの貰うだろうし、被ったら申し訳ないし、わたし、ヴァレンティオンデーに贈り物したことなくて……!!」
 捲し立てるように時の英雄は悩みをぶちまけた。その勢いにタタルは慌てて、思わず尻もちをつきそうになる。なんとか耐えて、驚きの表情を見せた。
「ヒナナさん、アイメリクさんにチョコレートとかお渡ししたことないんでっすか!?」
「今まで、色々とお互い忙しかったし……」
「確かに、イシュガルドが平和になってからはドマやアラミゴのことでバタバタしてまっしたし、その後はあちらの世界へ向かわれてまっしたし……お会いする機会も少なかったでっすもんね……」
 ヒナナの多忙さを思い出し、タタルはうんうんと頷く。当の彼女は萎んだ様子で、同じく忙しそうに働いているタタルが頼りだと話した。
「そういうことならお任せくださいでっす! このタタルが良い案をご提供致しまっす」
「ありがとう! お礼は特製のケーキでいいかしら?」
 調理師でもあるヒナナは、手作りスイーツの謝礼を提示する。その報酬にタタルは同意し、ヒナナは少し安心した様子で石の家を後にした。

 数日後。タタルから、とびきりの案が浮かんだとリンクシェルを介して連絡があった。ヒナナは緊張と期待を胸に石の家を訪れる。そこでタタルから聞かされたアイディアを耳にして、ヒナナは魂が第一世界に飛びそうなくらい驚いた。
「そ、そそそ、そんなことしなきゃいけないの!? それでアイメリクさんは喜ぶの!?」
「アイメリクさんも一人の男でっす! 確実に喜んでもらえると思いまっす!」
 タタルは両手を腰に当て、自信満々の様子で断言する。一方ヒナナは困惑しきった表情で小さな仲間を見つめた。
「た、確かに、アイメリクさんに見せたいなって思ってこの衣装を第一世界でもらったけれど、自分がプレゼントなんて……はしたないわ……」
「ヒナナさんは純情過ぎまっす。女も時には攻めていかなきゃいけまっせん。さあ、勇気を出すのでっす!」
 ぐいっと背を伸ばして、ヒナナとの距離を詰める。強気な様子のタタルに若干押され、ヒナナはおずおずと頷いた。いや、頷くしかなかった。お断りは許さないでっすとでも言いそうな空気が、彼女にはあった。
「わ、分かったわ。アイメリクさんの為に、頑張ってみる!」
「その意気でっす!」
 右手を突き上げ、励ますようにタタルは動く。仲間の後押しもあり、ヒナナのヴァレンティオンデーのプレゼントは無事決定した。

 迎えたヴァレンティオンデー当日。なんとか夜だけ予定を空けてもらい、ヒナナはアイメリクが住むボーレル邸を訪れていた。約束の時間より早めに来て、準備をしてアイメリクの私室で待つ。タタルの作戦通りに身に付けた衣服を見て、こんな露出の多い服を着て良かったのだろうかとヒナナは思った。男性は『露出の多い衣装』と『女性からのおねだり』に弱い、とタタルは言っていた。聡明なアイメリクも例外ではない、と。確かに彼は、少し肌が多く見える服を着ていると積極的に可愛いと言って褒めてくれるし、そういうことをしている時、頑張って自分から強請ると嬉しそうに応えてくれる。タタルの考え通りかもしれないと思い、ヒナナは自信を持つように努めた。
 少しして、廊下を歩く足音が聞こえてくる。今日までの経験からそれがアイメリクのものだと察したヒナナは、高鳴る胸を押さえ、深呼吸をした。
 扉をノックする音が響く。
「ヒナナ。待たせてしまってすまない。入るよ」
 優しい声がして、扉が開く。そこから入室してきたアイメリクに対し、ヒナナはありったけの色気を使って、甘えるようなポーズを見せた。
「おかえりなさい、アイメリクさん。今日はヴァレンティオンデーだから……その……わたしを、受け取ってください」
 胸の前で手を組み、きゅっと押し付ける。元々、身に付けている衣装のせいで谷間が見えているため、それがより強調された。さらに上目遣いでアイメリクを見つめて、可愛さを増幅させる。それを見たアイメリクは一瞬固まっていたが、主旨を理解すると、小さく微笑んだ。
「ああ、今日はヴァレンティオンデーだったね。それにしても、君らしくない贈り物だ。誰かの入れ知恵かな?」
 コートを脱ぎ捨て、その下の上着も脱ぎ捨てて、シャツのボタンを外しながら彼はヒナナに近付く。ヒナナはアイメリクの雰囲気と晒される肌に恋のときめきを感じながら、距離がゼロになっていくのを待った。
 アイメリクは、ベッドに腰掛けるヒナナの前に立ち、彼女を押し倒す。そのまま馬乗りになり、愛おしそうにヒナナを見つめた。
「君からはチョコレートか何かがもらえると思っていたんだが、まさか自分自身を贈り物にするなんて……自分で考えたのかい?」
 指で頬をなぞりながら、彼は問う。ヒナナは頬を朱に染めて、首を横に振った。
「暁のタタルさんに相談したら、こうするのがいいって……男性は『露出の多い衣装』と『女性からのおねだり』に弱いからって……」
 恥ずかしそうに説明するヒナナにえも言われぬ感情を抱く。アイメリクは彼女の行動に心の至る所を刺激され、とめどない欲求の存在を認識した。
「そうか、あの小さな受付嬢が……ふふっ、過激なヒナナも普段と違って良い物だ。何より、私のことを考えて頑張ってくれたその気持ちが嬉しいよ」
「アイメリクさん……きゃっ」
 恋人の努力を褒めつつ、アイメリクは見せつけられている胸の谷間に指を這わせる。くすぐったいような、気持ち良いような感覚がヒナナを襲った。
「あと、この衣装は私以外の人の前で着てはいけないよ」
「ぁ……うん……」
「君の綺麗な肌と、羞恥に染まった顔と、甘えてくる淫らな姿は、私だけのものだ」
 乳房と乳房の間に指を二本入れて、抜き差しを繰り返す。まるで違う場所を犯しているようで、ヒナナはどきりとした。そのことを考えてしまい、体が熱を持つ。
「っあ……やっ……」
「肌を撫ぜているだけなのに、そんな声が出てしまうのかい?」
「だ、だって……その……」
 自分でもはしたないと思った。まだ脱がされてもいないのに、感じる場所を攻められたわけでもないのに。自分の中の記憶が違う行為を呼び起こさせたせいで、その場所を弄られている時のような喘ぎ声が零れてしまった。
「何か別のことを想像してしまった? 例えば……」
 アイメリクは意地悪い笑みを口元に浮かべて、手をヒナナの太ももに移動させる。そこからそっと撫で上げて、下着の上から入口に触れた。
「ここ、とか」
「ぁッ……」
 濡れていないそこを、下着越しに指で何度か押す。ヒナナの体はそれを快感と認識し、艶めいた声が零れた。止まらなくなりそうな声を抑えようと、ヒナナは口に手の甲を当てる。その仕草も可愛らしくて、アイメリクの欲を刺激した。
「図星、かな? 普段はおしとやかなのに、行為になると君は本当に淫靡になるね」
「あっ、やっ、ごめんなさいっ……」
「謝ることはない。ヒナナは何も悪くないのだから」
 そう言ってアイメリクは、手を退けてヒナナに口付ける。啄むように軽いものを何度か繰り返し、優しく舌を挿入した。互いの舌が絡まり合い、快感が高まっていく。チョコレートよりも甘いキスは、ヒナナの心を蕩けさせた。
「アイメリクさん……」
「今夜はたっぷり、君を味合わせてもらうよ。会えなかった分も含めてね」
 色っぽい笑みを浮かべて、アイメリクはヒナナを見つめる。彼女のことが愛おしくて仕方ないという思いが、瞳から溢れていた。